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アヒ  作者: ゲントク
―第一章― 邂逅、私達の秘密
6/44

06 うまくいかない

「……」

「……」


 うまくいったと思った渾身の作戦が見事に失敗して途方に暮れる私たちは、空き教室に戻りお互い無言で昼食を摂っていた。


 というか、あんなことがあった後なんて声をかけたらいいかわからなくて気まずい……この沈黙さえも。


「と、とりあえず向こうも謝ってはくれたし、和解はできたのかな?」

「……」

「だ、だよねぇ……あははは……はぁ……」


 どうやら沈黙は肯定、という言葉は万能ではなかったようだ。


 途中まではうまくいくと思ったんだけどなぁ……。まさかあそこまで拒絶されるとは思わなかった。

 っていうか何よ生き方が違うって。何を格好つけたこと言ってるのよあの男は。


「……阿澄崎さん、今日は付き合ってくれてありがとう。こんなことになってしまってごめんなさい」


 結城さんは、私に向かってぺこりと頭を下げた。


「え、そんな、謝らなくていいよ。結局私、何も解決してあげられなかったし……」

「私ひとりじゃ彼と話をすることもできなかったわ。本当にありがとう」

「結城さん……」


 役立たずの自分に不甲斐なさを感じる。何が完璧な私! だろうか。


「あとは私一人でどうにかしてみるわ」

「どうにかって……どうするつもりなの?」

「具体的にはまだ決まってないけど……いつまでも誰かに頼りっぱなしにはいかないわ。それに、あなたにはあなたのやるべきことがあるもの。きっとなんとかしてみせる。だから心配しないで」


 昼食を食べ終えて、そう私に笑いかけた結城さんは席を立つ。だが、教室を去ろうとする結城さんの表情は暗く、思いつめたような顔をしていた。


 おせっかい焼きな私だけど、自力で頑張ろうとしている人に無理を言ってまで協力しようとするつもりはない。見返りを求めたり、親切の押し売りをするのは私の主義に反することだ。


 でも、私の心は、このまま彼女を行かせてはいけないと告げている。彼女の力になりたい、ということだけではなく、諸星君も気掛かりなのだ。

 もちろん、あんな男を心配しているわけでは断じてない。気になるのは今回の言動だけではなく、もっと前に覚えている彼に対する違和感だ。


 違和感。おそらく、それを抱いているのは私だけ。

 

 あくまで勘なのだがその謎が解けない限り、結城さんの望みが果たされることはおそらくない、と思う。

 それに気付いておきながらこの問題を放棄するのは余りにも無責任ではないか。それこそ完璧な私の主義に反する。


「待って! 結城さん!!」


 振り返る彼女に、私は自信満々に胸を張ってこう言い放つ。


「私に考えがあるよ!」


 余計なおせっかいかもしれないけど、もう少し付き合ってもらおう。

 ま、乗り掛かった舟だし、付き合わせるのはお互い様よね☆




◇◇◇




 放課後。午後のHRを終えて、各々が思い思いの時を過ごすべく、教室を後にする。


 ある者は部活動へと赴き、ある者は友人同士でクレープでも食べに行こうかと校門へと向かう。それに漏れず、諸星君も帰路につく為に下駄箱へと足を運ぶ。

 彼が部活といったものに所属していないことは既にリサーチ済みだ。私と結城さんはいち早く合流し、諸星君の後を追っている。


「あの……阿澄崎さん、これは一体……」

「私達は諸星君のことなーんにも知らないでしょ? 仲良くなるためには、まず彼のことを知らなくちゃいけないと思うの。題して『彼を知り己を知れば百戦殆からず大作戦』」

「そんな、戦じゃあるまいし。そもそもこれってただのストーカーなんじゃ……」

「時には多少強引な手段も必要だよ。相手が思ってた以上に頑固者っぽいし。あ、諸星君行くよ! 追いかけなきゃ」


 つかつかと、早歩きで帰路に就く諸星君を私たちは追いかける。しばらく歩いていると、諸星君は喫茶店に入って行った。ここの喫茶店は室内だけじゃなく、屋外にも席が設けられている。


 諸星君の様子を店の外で伺い、彼が注文を終えて外の席に着いたタイミングで、私たちも店内に入る。注文を済ませて、少し離れた白いプラスチックで作られた席に座る。


「結城さん、ブラック飲めるんだ。大人だ……」

「そ、そう?」


 結城さんはブラックコーヒーを、私はキャラメルラテとチョコクロワッサンを。覗き見る限り、諸星君はアイスティーと大きめのホットドックを味わいながら参考書を眺めていた。


「生意気にも喫茶店で勉強してる……意外とお洒落さんなのかな?」

「生意気って……阿澄崎さん屋上で言われたことちょっと根に持ってる?」

「ううん、そんなことないよ。やだなーもう、結城さんったら」


 根に持ってたらまるで、私が諸星君なんかを意識しちゃってるみたいじゃないですかやだー。


「でも彼は真面目よ。入院していた時も遊んだりせず熱心に問題集を解いてて、勉強に対しては私のことも積極的に頼ってくれたわ」

「へー。ところで結城さんさ、随分と諸星君にこだわるというか、拒まれてもへこたれずに構おうとしてるようだけど、諸星君のことどう思ってるの?」

「どう、とは? 大切な恩人だと思っているけれど」

「そうじゃなくて、恋バナ的な話だよ。恋愛感情はあるのかっていう話」


 これは結構気になっていたことだ。結城さんは私同様、超絶可愛い。


 普通の男子から見れば、超高根の存在だ。向こう見ずな男子が、ワンチャン狙って告白して撃沈した話はそう珍しくもない。

 その上、誰かと付き合っているといった情報もなく、男の子に対してあまり興味を抱いていない印象だ。


 家族の命を救ったという大きすぎるアドバンテージがあるとはいえ、そんな彼女が今、これだけ必死になって諸星君を追いかけている。むしろ執着してるとも見えるこの事実は、つまりそういう感情を抱いてもなにもおかしくないのだ。


「そ、そういうのじゃないわ。確かに我ながら少ししつこいかもしれないと思っていたけど、惚れた腫れたで片付けられるようなものじゃなくて……」

「ほんとかなー。随分慌ててるように見えるけど」


 頬杖をついて横目で結城さんを流し見る。普段クールな彼女がこうやって色事で慌てふためく姿は、中々どうして新鮮で可愛らしい。私、今めっちゃニヤついているんだろうなぁ。


「もう、揶揄わないで! ほら、諸星君行っちゃうわよ」

「うわ、本当だ。食べるのはやっ!」


 早々に完食した諸星君を追う為、まだ一口しか食べていないクロワッサンを口に詰め込み、キャラメルラテで流し込む。


 どうしてこう、男子ってのは食べるのが早いのかしら。もっとちゃんと味わって食べなさいよ。作ってくれた人に申し訳ないでしょう?


「行こう! 結城さん」


 むせ返りそうになりながらも、息を整えて私たちは諸星君の後を追う。


 次に彼が寄ったところは、この辺では一番大きい四階建ての本屋だった。気付かれず、見失わない程度の距離を保ちながら、エスカレーターに乗って諸星君を追う。


 参考書のコーナーに足を運び、ぺらぺらと手に取った参考書を眺める諸星君を、本棚の陰に隠れながら眺める私達。


「あの辺の棚は国語のコーナーだね。確か、古文漢文が苦手って言ってたっけ」

「そういえば古文は露骨に嫌そうな顔をしていたわ。ここは捨てるからいいって言ってたけど、無理にでもやらせたもの。結局あまり身にはつかなかったようだけど」

「無理なものはスパッと捨てるタイプなんだね。まぁ嫌なことを後回しにしたくなるのはわかるけど」


 はぁ、と深いため息をついて、諸星君は参考書を戻して立ち去る。

 その後を追うついでに諸星君が手に取ったであろう本を横目で見る。

 タイトルは「脳筋でもよくわかる古文・漢文基礎編」。

 嘆息するほど嫌なのだろうか。


「わかれば楽しいのだけどね、古文も漢文も」


 結城さんもそれに気づいたようで、ダメな子に呆れる母親のように頭に手を添える。


「……あ、あれ?」


 諸星君が通ったであろう角を曲がると、彼の姿が消えていた。うそ? 見失った? 撒かれた?


「どうしよう結城さん、諸星君いなくなっちゃ――」

「誰がいなくなったって?」


 後ろを振り返ると、いなくなったはずの諸星君が腕を組みながら人差し指で二の腕をトントンと叩いて

私たちをジトーっと見ていた。


「も、諸星君!? や、やぁー奇遇だねぇ? こんなところで」

「そうだね、偶然にも同じ喫茶店に入った」


 慌てふためく私をあざ笑うように、諸星君は口端を吊り上げて答えた。


「喫茶店? な、なんのことだかさっぱり」

「口についているぜ。うまいんだよな、あそこのクロワッサン」


 うそっ、口についてる!? 反射的に口元を押さえるように拭う。

 ――が、クロワッサンのかけらと思われるものは一欠片たりともついていなかった。


「ま、あそこに入ったのは今日が初めてなんだけどね」


 ………………………………………………


 や、やられた~~~~~。間抜けは見つかったな、とばかりにしたり顔で私を嗤う。謀りやがったなこの男!!


「家まで来られても面倒だったからね。……思わぬ出費だったよ、あの量であんな値段するんだもんな。いい商売してるよ」

「さ、最初から気付いていたの!?」


 え? あれで気付かれないと思ったの? と言わんばかりのあきれ顔を向けられる。

 待って結城さん、あなたまでそんな顔を向けるの?? うまくやってたと思ってたの私だけ??


「そんな派手な髪ちらつかせてれば誰でも……まぁ、いいや。なんのつもりかは知らないけど、時間の無駄だからさ」


 諸星君は屋上の時のように踵を返してこちらに背を向ける。そのままこちらを一瞥して


「あんまりしつこいと、嫌われるぜ」


 そう言い残して去っていった。


「…………」

「…………」


 ぽつん、とその場に残された我々二人に沈黙が流れる。気まずい。


「……ごめん」

「ううん、いいのよ。ありがとう」


 我ながらなんて情けない。完璧とは程遠い自分の無力さに打ちのめされる。


 今まで首を突っ込んできた人間関係の問題には解決の糸口が見えていた。

 いや、違うな。私の人望や好感度でその糸口を無理やり作り出してきたんだ。


 「阿澄崎さんがそう言うなら」「阿澄崎さんに言われたら仕方がない」そういうカリスマ性をフル稼働してきたから上手く行ってた節がある。


 でも諸星君にはそれが一切通用せず、結果はこのざまだ。申し開きができない。


「本当にありがとう。心配しないで。私のことは大丈夫だから」


 それじゃあね、と結城さんは手を振って諸星君とは逆方向に去っていく。

 残されたのは役立たずの私ひとり。途方に暮れる私を遮る様に、人の波が私を飲み込んでいく。


 まるで何もできない惨めな私を隠すように。

お読み頂きありがとうございました!


続きが気になる!面白い!など思って頂けたら下にある☆☆☆☆☆から、この作品への応援をお願いします。


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