05 拒絶
「あ……」
扉の先には、真っ黒な髪と制服をたなびかせて佇む美少女、結城さんが待ち構えていた。
髪をかき上げ、爽やかな空気を心地よく感じながらこちらを横目で見る彼女に、私ですら目を奪われた。ほんと絵になるわねこの子。
「こんにちは、諸星君」
「……あぁ、君か」
後姿からでもわかる。先程の会話での穏やかな雰囲気はどこへ行ったのか、諸星君の声のトーンが明らかに落ちていた。
「久しぶりなのに随分なごあいさつじゃない。こんにちはって挨拶されたらこんにちはって返すのよ?」
「ああ、そうだったね。こんにちは。これでいいか?」
ぶっきらぼうに返す諸星君。どうやら結城さんに対しては、比較的塩対応気味なようだ。
「諸星君、その……この前のことなんだけど――」
「悪いんだけど校長先生に呼ばれてるんだ。君と話してる時間はないよ」
「校長先生は今日学校にいないよ」
踵を返して屋内に戻ろうとする諸星君だが、私の言葉を聞いて足を止める。
校長先生は今日用事で学校を開けていることはリサーチ済みだ。そう、校長先生に呼び出されたというのは真っ赤なウソなのである。
「だから校内を探し回っても見つからないんじゃないかな」
「阿澄崎さん……友達が待ってるんじゃないのか?」
「うん、会えたよ。結城さんにね。諸星君せっかく退院できたんだもん。あの事故に居合わせてた三人でお話ししたいなーなんて」
「三人?」
諸星君が訝し気に首を傾けた。
「あの時、阿澄崎さんも事故の現場にいたの。救急車を呼んでくれたり、一緒に病院まで付き添ってくれたのよ」
「ああ、そういう感じ……で、阿澄崎さんを使って俺をここに呼んだわけか」
「人聞きが悪いなぁ。使われた、なんて思ってないよ? 頼ってくれるのはうれしいし、力になれたらもっと嬉しいもん」
「……噂に違わず人がいいんだね」
「やだなぁ、諸星君がそれ言う?」
自分の命を顧みずに他人の命を救う、そのことに対して涙が溢れてしまう、なんて人の好さは流石に私も持ち合わせてはいない。
「……はは、そうだな。お人よしは俺の方かもしれないな」
「諸星君、私、あなたに謝りたいの」
諦めたような顔でごちる諸星君に、結城さんは真摯な思いで訴えにかかる。
「謝る? 君が? 俺に?」
「私、ずっと考えていた。あの時諸星君がどうしてあんなことを言ったのか、どうして私を拒絶したのか」
諸星君は押し黙って結城さんの言葉を待っている。
「私が諸星君に何かしてしまったから……気に障るようなことをしたから、こうなってしまったのよね?」
心底申し訳なさそうな、子供が親に許しを請うような顔をしている結城さんの顔を見て、私はいたたまれなくなってしまった。
「だからきっと私が悪いの。あなたを不快にさせてしまった。ううん、もしかしたら傷つけてしまったかもしれない……だからご――」
「すまなかった」
諸星君は結城さんの謝罪を遮り、先に頭を下げた。
「あの時、君にひどいことを言ってしまった。君に辛い思いをさせてしまった。あんなに世話になったというのにな。本当は感謝しているんだ。なんというか、少し照れていたんだ」
「諸星君……」
結城さんは嬉しそうに眉を八の字に曲げる。感極まっていた。
「本当にありがとう、結城さん。君にはずいぶん助けられた」
お互いに笑いあう二人。結城さんはほっとしたのか、目元にほんのり涙を浮かべていた。
なによなによ、よかったじゃない。照れ隠しで心にもないこと言うなんて小学生か。無味無臭な人だと思っていたけど、案外かわいいところあるじゃないの諸星君。
ていうかこの二人もしかしてキテる? 女の子のピンチに颯爽と駆けつける主人公と、それを支えるヒロインみたいでめっちゃエモいじゃないの!
よし! なにはともあれ、これで一件落着ね。私も豊満な胸を撫で下ろす。流石私、我ながら完璧な手腕ね。
「よし、それじゃあこれでお互いチャラってことにしよう」
うむ。
「君との関係もね」
ん?
「事故が起きる前の関係に戻るんだ」
「え?」
ん? ん? んん~????
「これで君も俺なんかに関わることもないだろう。お互い自分の時間を大切にしよう。それじゃあ」
「あの、諸星君――」
「ちょちょちょ待って待って、待ってよぉ!」
堪らず私も割って入る。踵を返してしれっとこの場を立ち去ろうとするんじゃないわよ。
「はぁ……まだ何かあるのか」
気だるげにこちらを振り返る諸星君。さっきまでの真摯な態度はどこへ行ったどこへ。
「もういいだろう? 謝ったんだからさ、勘弁してくれよ。早く戻って昼飯を食べたいんだ」
マジかこの男。面倒な話を早々に切り上げて、場を納めるために謝りやがったんだ。
「あ、あのね諸星君。多分だけど結城さんはこれからも諸星君と仲良くしたいんだと思うな。関係を終わらせるとかそういうのじゃなくて」
「わかってるよそれくらい。でも悪いけどさ、それはできない」
「えぇ!? そ、それは……どうして?」
これ以上ないくらいきっぱりと断られる。ここまでバッサリ切られるのは、私の人生でもそう多くはない。何だっていうのだ。
「何も結城さんだから仲良くできないわけじゃないさ。俺は誰とも一定以上の関係になるつもりはないんだ」
「……それはその……恋愛関係的な意味で?」
「それももちろんだけど、友人関係も含めて」
「そんな! どうして友人関係もダメなの?」
「どうしてって言われてもなぁ……」
困ったように頭をかきながら諸星君は答える。
「なんというか、生き方が違うんだと思うんだ。君達とは」
そんなわけだからと言い残して、もう用はないからと言わんばかりに、諸星君は再び踵を返してドアノブを回す。
「じゃあな、結城さん。俺よりマシな奴なんていくらでもいるからさ、そいつらと仲良くしておいたほうがいいぜ。その方が君の為だ。俺にとってもな」
そう言い残して階段を降り去っていった。
風の音が止み、静寂だけが支配したこの屋上で、口を半開きにして唖然としている私と捨てられた子猫のように寂しい顔をして扉を見つめる結城さんだけが残された。
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