epilogue ”youth”
「それじゃあ逢ちゃんの退院を祝して――」
かんぱーい、と阿澄崎の音頭の後に三者それぞれの飲み物が入ったグラスをぶつけ合わせ、カキンと小気味のいい音が鳴り響く。
今日は休日、結城の退院祝いに三人でカラオケに来ていた。
結城は意識を取り戻して間もなく退院した。
俺の時とは違い脚は骨折はしておらず、病院に留まる必要がなかった。
左腕は今でも包帯で吊るされている。
彼女が自分のことをタフと言っていたことを思い出した。
それにしても頑丈過ぎではないか? と思ったが、女の子相手に言う言葉ではないので飲み込んだ。
「諸星君も逢ちゃんもサシでは来たことがあるけど、三人一緒では来たことがなかったわね! 今日は何を歌おうかしら!」
浮かれポンチよろしく阿澄崎は右手にタンバリン、左手にマスカラを携えて激しく振り回している。
相変わらず落ち着きのない。
対して、結城はグラスに注がれたミルクティーを優雅に嗜んでいる。
うーむ、同じ女子なのにえらい違いだ。
「諸星君はカラオケで何を歌うの?」
結城が小首をかしげて問いかけた。
「俺は――」
滅却戦士バーンアウトイクリプス、と言おうとしたがすんでのところで押し戻した。
阿澄崎相手なら恥ずかしげもなく言えるのだが、どうも結城にこれを言うのは恥ずかしい。
特別アニメ好きというわけではないのだが、彼女に子供っぽいと思われるのが恥ずかしく思ってしまう。
困った、どう返すべきか――
「諸星君はあれよね? 滅殺戦機バーサスデストロイみたいな奴――」
「滅却戦士バーンアウトイクリプスだ。二度と間違えるな!」
しまった、つい咄嗟に訂正してしまった。
おのれ阿澄崎、余計なことを!
「どっちでも良いわよんなこと! ささ逢ちゃん、どうぞ歌って歌って!」
阿澄崎は結城にマイクを持たせると、デンモクを彼女の前に差し出す。
結城は少し考えた後、付属のタッチペンでゆっくりと液晶パネルをつつき出した。
やがて、テレビ画面に曲名が浮かび上がる。
【デュエルウィッチ★ツインパルスwithうんでぃーね】
こ、これは……!
知っている、知っているぞ!
追っているわけではないが今もなお続いている女児向け人気アニメである、デュエルウィッチシリーズ!
その初代とも言えるツインパルスの続編、”ツインパルスwithうんでぃーね”ではないか。
この作品はバーンアウトイクリプスの直後にやっていた番組だ。燈が夢中になって見ていた記憶がある。
俺もついでに見ていた。
「これ知ってる! 最近チークタークで見た奴だ!」
私も歌っていい? と阿澄崎が尋ねると結城は快く快諾した。
この曲はダブル主人公である女の子二人組のデュエットだ。二人で歌ってこそ真価が発揮させられる。
スピーカーから軽快なイントロが流れ始め、二人は歌い出す。
結城の歌声はしっとりとした色気のある美しい音色だ。
音程に一音の狂いもなく、調律されたオルガンのように正確な音を発している。聞いていて心地がいい。
阿澄崎の歌は多少音程の狂いこそあれど、快活でパワー溢れて力強い。
何より歌っているキャラクターのイメージに合っている。聴いていて元気が湧いてくるような希望溢れる歌声だ。
懐かしさと共に楽しさが湧いてくる。音を楽しむと書いて音楽。まさにこれこそが音楽という概念を体現したものだろうと確信する。
そうか、音を楽しむのに恥ずかしさなんて感じなくていいんだ。好きな曲を歌っていいんだ。
――これが音楽か。
「逢ちゃん、よく知ってたわねこの曲。結構昔の番組のよね」
「ええ。彩ちゃんがこのシリーズをよく見てるの。今だとサブスクライブで昔の作品も観れちゃうから一緒にね」
なるほど。彩の影響でデュエルウィッチシリーズを。となれば俺よりも詳しいはずだ。
「次は俺に歌わせてもらおうか」
二人の熱い激唱のおかげで音楽というものを「心」から理解できた。
ならば俺も応えねばならない。丁度三十分前の番組の曲だ。今歌うに相応しい。
「それではご唱和ください―― 滅却戦士 バーンアウトイクリプス」
俺は歌った。
魂から叫んだ。
心の底から出し切った。
だが、周りの反応はなんともまあアレなものだった。
阿澄崎からは「あんた、こんなめでたい時にそんなネガティブな歌詞の曲歌っちゃって……」と冷ややかな目線を向けられ、結城にフォローを求めるも「個性的な曲ね」と憐れむような温かい目を向けられた。
空気を読むことがそれほど得意ではない、ペルソナ無しの俺にもわかる。
これはやった。
一進一退。成長したと思いきや、なんともうまくいかないことだ。
その場の空気に耐えられず、俺はドリンクバーのグラスを持って逃げるように部屋から出て行った。
◇◇◇
「それじゃあ諸星君、ちゃんと逢ちゃんを送ってきなさいよ」
カラオケ店を出て駅に着くと、阿澄崎が俺にそう告げた。
「言われなくてもわかってるよ」
俺がそう答えると、阿澄崎は満足したような顔をして「またね」と言ってバス停へと走って行った。
俺達も結城宅へ向かう為、電車の乗り場へと向かう。
「体の方はどうだ? 大丈夫そうか?」
「ええ、平気よ。明日が楽しみだわ」
明日から結城は復学することになる。結城は髪を耳にかけて俺の方を見た。
「諸星君こそ大変じゃない? わざわざ私の家に来てから学校に行くの」
明日から俺はしばらくの間、結城の送り迎えをすることになっている。
退院したとはいえ意識不明だった病み上がりの彼女を独りで登下校させるのはいかほどかと思い、結城母に提案したら快諾されたのだ。
朝は自転車で結城宅に行き共に登校し、帰りは結城と共に下校しながら、彼女の家に停めてある自転車に乗って家に帰る。
「なに、日課のランニングがサイクリングに変わるだけさ」
「そう、それならいいのだけど」
そうして乗り場へ着く。丁度、電車も到着した頃だ。
俺たちはそれに乗り込む。
「それ、付けてくれているんだな」
結城が頭に付けている、真っ白な蝶を模した髪飾りを見てそう言った。
「ええ。あなたがくれたものだし、大切にしまっておくのも失礼かと思って」
結城はそっと髪飾りに触れながら、俺に笑いかけた。
この髪飾りは、俺が彼女に退院祝いとして贈ったものだ。
元々は俺が入院していた時に画策していた。
彼女に世話になりっぱなしなのもよくないと思い何かプレゼントしようとスマホで調べている最中、彼女が覗き込んできたものだから困ったものだ。
結局、俺がアダルトサイトを見ていたということで事なきを得たが……。
……いや、よくない。
よく考えれば入院中にも関らず、必死にオカズを探しているエロ猿だと思われてしまったのではないか?
今思えば全く事なきを得ていない気がする。
「その……似合っているかしら?」
襟をいじりながら、上目遣いで彼女は俺におずおずと尋ねた。
「もちろん。よく似合っているよ。君に似合うと思って選んだんだ」
俺は快く肯定した。
「選ぶのに苦労したよ。君はきっとどんなものを身に着けても絵になるだろう。だから君の綺麗な黒髪を極めて際立たせる白を選んだんだ」
自慢げに力説する。実際、悩んだのだから嘘偽りなど一切ない。
「……もしかして口説いてる?」
結城は少し驚いたような顔をした後、首を傾げ目を細めながら俺を見た。
「そ、そんなつもりはない! 俺をその辺にいるナンパ師などと一緒にするな!」
何を言い出すんだと俺は反論した。
「あいつらはちょっと麗しい女性を見かけたかと思ったら、すぐに渋谷のセンター街に吸い込まれるような意志薄弱の軟派野郎どもだ! 奴らは綺麗な人なら誰にでもおべっかを使うが、俺は違う! 俺がこういうことを言うのは君だけだ!」
俺は力説する。
「君以外にこんなこと言わないし、そもそも俺はおべっかなど使うような半端な男じゃない! 俺は俺がいいと思ったものしか褒めないし、そう思わないものに対して嘘でも綺麗だなんて言うつもりはない! だから俺は本気で君のその濡羽色の黒髪を綺麗だと思っているし、それに見合う程君を美しいと――」
「も、もういい! もういいから!」
結城はグーを作って俺の鎖骨をゴンゴンとピンポイントで打ち付ける。
やめろ! そこは筋肉で守られていない! 俺に効く! やめてくれ!
「まったく、こんなところで大声で……」
結城はそっぽ向いてしまった。
褒めたつもりなのだが、怒らせてしまったのだろうか。
昨今はポジティブな意味合いでも女性の容姿に対して感想を述べることもハラスメントになってしまう、という記事を見かけたころがある。
なんだかよくわからないがそういうものなのらしい。控えよう。
ジンジンと鈍い痛みが響き渡る鎖骨をさすりながら反省する。
こちらに目を合わせてくれず、ツンと窓の方を向く結城を宥めるのに苦戦を強いられながらも、一駅一駅目的地へと着実に向かうのであった。
◇◇◇
「それじゃあ気を付けてね。諸星君」
結城宅に着く。
彩が元気にじゃれついてくるのをなんとかいなして、自転車に跨る俺に機嫌を直した結城がそう言った。
「ああ、また明日学校で」
専用のグローブを付け、ペダルに足をかける。そのまま体重を右足にかけて進みだすと――
「諸星君!」
後ろから結城の声がかかった。
いつもの彼女より大きな声量に驚いてブレーキを握ると、体がガクンとつんのめる。忘れ物でもしたかなと後ろを振り返ると――
「これからもよろしくね」
彼女の笑顔がそこにあった。
特別、笑顔が少なかったり無表情なわけではない。
でも笑うときはいつも口元を抑えて控えめに笑う。
そんな彼女が口をめいっぱい横に広げて、真っ白な歯を剥き出しにして、俺に笑顔を向けている。
大きな目は細まり、頬にはえくぼがしっかりと刻まれていた。
そんな笑顔がとても眩しくて 温かかった。
「ああ!」
彼女側から見える顔の左側、その口の端を思いっきり吊り上げ俺も笑顔を返す。
左手を握りこみ親指をどーんと立てた。
そんな慣れない俺の仕草を見て彼女はまた笑った。
ペダルをゆっくりと踏み漕ぐ。
沈む夕日が注ぐ風は爽やかで涼しく、俺の体を軽やかに通り抜けていった。
風に乗ってアカトンボが俺の前に現れる。
ついてこれるかな? と言わんばかりに俺の目の前でホバリングを決めた後、赤く燃える夕日にその身を投げ出すように向かっていく。
――悪いがまだそっちに行く気にはなれないよ。始まったばかりなんだ。
ゆっくり、ゆっくりとペダルを踏む。
読書家が一枚一枚ページを捲るように。音楽家が一本一本弦を弾く様に。
今まで溢してきたものを拾い集めるように一歩一歩ペダルを漕いでいく。
青い春を取り戻そう。
誰に咎められたわけでもない、勝手に蓋をしてきたありふれた青い春を。
茜色の太陽が落ちていく。それは絶望に血塗られた色ではなく、希望に満ち溢れた情熱の赤だ。
その余熱は、夜の冷たさで風邪をひかないように俺たちを優しく温めてくれるだろう。
また青い空が上るまで。
漕ぐ。踏み込む。進んでいく。
漕ぐ。踏み込む。進んでいく。
もう独りじゃない。
遺された者に、赦された青い春を。
残り物への青春許可証
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