epilogue 茜降る秋空の下で
「お兄さん、変わりましたね」
九月も、もう終わりを告げる。残暑も少しずつ落ち着きを見せ、あかとんぼが番になって宙を泳ぎ回っている。
キャスケット帽にあかとんぼを乗せながら隣に立つ少女、二条花織は俺にそう言った。
「あの時は私より少し大きいくらいだったのに、いつの間にか背も伸びて逞しくなりました」
花織ちゃんは左手を俺の頭に伸ばし、右手の人差し指で俺の二の腕当たりをトストスと突つく。
「……君にそう言われるとはな」
彼女の出で立ちは、厚底のサンダル、金色の髪にベーシックなキャスケット帽を被り、長くゆったりとした淡い色のデニムパンツを履いていた。
手首にフリルがついており、腕部にオリエンタルな刺繍が控えめに編み込まれた白いシャツを着ている、所謂自然なギャルコーデといったところだ。
そう、ギャルなのである。
「その……随分垢抜けたじゃないか……正直、言われるまで全く気付かなかった」
以前の彼女は、黒髪で地味目な出で立ちだった。
男子三日会わざれば刮目して見よとは言ったものだが、多感な女の子と七年間合わないとなるとここまで変化するものなのか。
「はい、変えようとして変わりましたから」
花織ちゃんは片目をバチンと閉じてピースサインを向ける。
「私、燈ちゃんとお揃いにしたくて髪伸ばしていたので」
こがね色の前髪から毛束を少しとり、クルクルとねじってみせて花織ちゃんは語る。
「同じ髪型にしてたら燈ちゃんを思い出して辛くなっちゃうので……でも忘れちゃうのは違うかなと思いまして。やや長めで色は全然違うようにして気持ちに折り合いをつけたんです」
「そっか……」
折り合いをつける、か。
俺にはそれができなくて負の坩堝に嵌っていた。彼女だって辛いだろうに。
俺より花織ちゃんの方がよっぽど大人びている。何より――
「君なりに覚えていようとしてくれたんだな」
「はい。これでも親友だったので」
花織ちゃんは天を仰ぎ、青空に向かって「ね!」と言うように軽くウィンクをした。
気持ちのいい子だ。垢抜けて明るくなった。オシャレというものは女性をここまで大きく変えるんだな。
「今だってあの子は親友だって思ってくれているよ」
「そうだといいですけどね」
「その手に持っている花束、見覚えがある。ここを片づける時によく見かける」
「バレちゃいましたか」
「ずっと来てくれていたんだな。本当にありがとう」
「いえ、親友ですので」
「俺はまだ行けていないというのにな」
「え?」
花織ちゃんはきょとんとした顔でこちらを見る。
「あれ、私、お兄さんと鉢合わせしそうになって、慌てて隠れたりしましたよ? 来るたびにお墓はきれいにされてましたし」
「掃除しているのはいつも俺さ。でも墓参りとなるとちょっとな。なんていうか、面と向かって話すことができなかったんだ。合わせる顔がないって言うか、向き合うのが怖くてさ」
自嘲気味に笑う俺を見て、花織ちゃんも言葉を返せなくなってしまった。
「でもそれもやめだ。逃げることはもうやめたんだ」
真正面に向き直り「諸星家」と刻まれた墓標を真っ直ぐと見つめる。
「やっと話せる。今日はゆっくり話すよ」
「そうですか。じゃ、お先に」
そう言って花織ちゃんは、黄色い花を墓の前において目を閉じる。
しばらくすると、よりすっきりした表情でこちらに戻ってくる。
「何か言ってたか?」
「怒られちゃいました。私のお兄ちゃんになんてこと言ってくれたんだーって」
二人して苦笑するようにはにかみ合う。
「じゃあ、俺も怒られてくるかな」
長くなりそうだと肩と首をゴリゴリと回してみせる。それを見た花織ちゃんは満足そうに俺を見つめていた。
「それじゃあお兄さん、さようなら」
「ああ、また」
気を利かせてくれたのだろう。
そう言って去っていく花織ちゃんを見届けた後、今一度墓標の前に向き直る。
目を閉じ、手を合わせて中にいる先立った人達と心を通わす。
燈。
燈を死なせてしまった傷は、負い目は、きっと一生かけても癒えないだろう。
ずっとずっと、俺の心に深く刻み付けられ、何度も何度も思い出して苦しみ続けるのだろう。
だから俺、たくさん、たくさん悲しむよ。
燈の分まで生きて、苦しんで、最後まであがき続けることだけが俺がお前にできる唯一の贖罪なんだと思う。
だらしない兄貴でごめん。
生かしてくれてありがとう。
兄ちゃんもう、大丈夫だから。
母さん。
俺、母さんの分まで、ばあちゃんとじいちゃんを大事にするよ。
きっと二人は俺よりずっと早くに亡くなってしまうんだろうけど。
母さんの分まで、俺がじいちゃんとばあちゃんの死を悲しむよ。
そして二人を皆の元に送り出すんだ。いい人生だったって必ず言わせてやる。
だから安心してくれ。
父さん。
俺、ずっと逃げてきたけど、もう逃げない。人と別れる悲しさから目を逸らさない。
父さんのように誰かを愛して、育んで、抱きしめて、護れる男になるよ。
その果てにきっと、すごく辛い思いをしたり、させたりすると思うけど――
それでも、やってみせる。
俺達はきっと、最後に苦しむために、悲しむために、人と交わるんだと思う。
それこそが、その人を大切に思ってきた証になるんだと思うんだ。
その大きさだけ、幸せを共に分かち合えたことになる。
『あなたはどうして生きてるの?』
これが、ようやく絞り出すことのできた答えなんだ。
だから俺は生きる。
生きて、たくさん苦しんで、たくさん悲む。
最後に皆に会えた時、笑顔で言ってやるんだ。
俺はたくさん、たくさん、苦しんだぞって。
それに負けないくらい幸せに生きたんだって。
だから、もうしばらくそっちには行けない。
それでも待っていてほしい。
俺がそっちに行くまで、俺や、俺の大事な人たちのことを見守っていてくれ。
またね、父さん、母さん、
燈。
もうじき夏が終わる。
アキアカネが夕日の光を腹部の甲殻で乱反射させながら宙を舞い、鮮やかで煌びやかな赤い軌跡を描き回る。
まだ少し暖かい日差しに吹く涼しい風を全身で受けながら、俺は皆が安らかに眠る地を後にした。
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