04 作戦開始
ある日。HR前の喧騒の中、諸星君が登校してきた。
特に足をかばっている様子もなく、二か月ぶりの学校に緊張するわけでもなく、ぬるっと入ってきては流れるように席に着いた。
クラスの話題は退院した諸星君の話で持ち切り、というわけではない。
彼とすれ違った生徒が時折「お、久しぶり」と軽い挨拶を交わすだけだ。
普通、仲のいい友達がいるのであれば久方ぶりの再開に積もる話でもするはずだ。今まで意識すらしていなかったが、余程親しい友達がいないように見える。
私が聞く限り、結城さん以外に入院中の諸星君のもとを訪ねていたのは、担任の先生や校長先生といった一部の教育関係者、クラスを代表して一回だけお見舞いに行った我がクラスの委員長だけだったそうだ。
私も入院時に少し立ち会っただけで、意識が戻った後は顔を合わせていない。そもそも、誰かをかばってはねられたという情報も校内じゃ当事者達と一部の教師しか知らない。
そのことを諸星君は気にも留めず、次の授業の教科書を眺めていた。
まもなくHRが始まり、担任から改めて諸星君の復帰を宣言された。形式的な、社交辞令としての拍手がクラス内で鳴り響く。当の諸星君も、絵にかいたような愛想笑いを浮かべて応えていた。
◇◇◇
「久しぶりだね! 諸星君」
「ああ、久しぶり。阿澄崎さん」
四時限目が終わり、皆が昼食を食べたり友達とだべったりしている喧騒の中、私はお昼を取りに教室を出た諸星君に声をかける。
この数瞬前に諸星君の後ろの席の生徒が、他クラスの友達とランチを取る為に友人の席を見つけようとキョロキョロしているところを、諸星君が席を譲ったというくだりがあった。
昼食を取ろうと広げた、自分の弁当を一旦片付けながら。
「もう怪我の方は大丈夫なの? 丸々二か月も入院だったからさすがにびっくりしたよ」
「ああ、もう大丈夫さ。そもそも、そんなに大した怪我じゃなかったんだ。正直僕も大げさだと思ったよ」
はいダウト。
全治二か月の大腿骨骨折ってこっちは知ってんのよ。おまけに昏倒して数日は目を覚まさなかったって話じゃない。
こちらを気遣ってあえて捏造して話しているのだろうか、はたまた能天気の馬鹿野郎なのかは置いといて。
「そうなんだー。でも無事に退院できて本当によかったよ。あ、校長先生が諸星君のこと呼んでたよ。なんでも事故の件でお話があるとかって」
「話? ……ああ、わかったよ」
「うん、それじゃあ行こうか」
私たち二年生の教室は二階にある。五階の校長室に向かうために教室を出て、二人並んで向かう。
「なにも阿澄崎さんまで付いてこなくてもよかったんじゃない? 校長室だろ?」
「私も屋上に友達待たせてるの。せっかくだから途中まで一緒に行こうよ」
ちなみに私が諸星君と並んで歩いているからと言って周りが騒ぐことはない。
私は男女ともに人脈が広く、いろいろなことに首を突っ込む。だから、様々な人と関わるし、老若男女問わず連れ歩くことも多い。
例にもれず、今回も私が目を引くことがあっても、諸星君に注目が集まることはない。
「入院生活どうだった? やっぱり退屈?」
「……そうだね。スマホいじるか、勉強するくらいしかやることなかったよ。でもおかげで結構捗った。片岡先生と平田さんがお見舞いに来てくれてね、各教科二カ月で大体どこまで進むか教えてくれたんだ。教科書と問題集はその範囲に追い付いているよ」
「あはは、勉強の方は一安心だね。誰かに教えてもらってたの?」
「……いや、一人だよ。独学さ」
はい、また一つ嘘をついたわね。結城さんが勉強の面倒も見ていることは知っている。
まぁ、思春期の男子なら学校でも一、二を争う美少女につきっきりで面倒見られるというシチュエーションを言いふらしたくないのかもしれないわね。もちろん自慢したがる人もいるだろうけども。
ちなみに私が事故に居合わせたことを諸星君は知らない。結城さんにも伝えなくていいと言ってある。そもそも私、大したことはしてないからね。
「やるねー。諸星君、成績はいい方だっけ?」
「ぼちぼちかな。暗記科目は比較的得意だけど、国語がどうもなぁ。古文とか漢文って将来役に立つの? って思っちゃってあまりやる気がしなくてさ。正直捨ててる。阿澄崎さんはどれもばっちりなんだろう? クラスで一位だっけ? すごいよなぁほんと」
「そんなことないよー。学年だと一位を取ったことないし、まだまだ頑張らないと」
他愛もない会話をしつつ、校長室へと辿り着く。諸星君はそれじゃあと言ってドアノブをガチャリと回すが――
「あれ、鍵がかかってる」
「本当だ。もしかしたら屋上で一服してるのかも。行ってみよっか」
屋上につながる階段のドアノブを開けると、涼しい風が入る。その爽やかな風に似つかわず、階段の道中はじめっとしていた。
何も知らずに黙って階段を上る諸星君を、彼女のいる屋上に誘う。
階段を登り切った先にあるドアを開け放ち、清涼感のある風が吹く屋外へ、諸星君は踏み入った。
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