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アヒ  作者: ゲントク
―第七章― 声なき叫び
37/44

32 cry and pray

 パンッ


 乾いた音が聞こえた。手の平に熱を感じる。初めて人を引っ叩いた。


「諸星君聞いて」


 私は立ち上がり、頬を赤く腫らす諸星君の顔を両手で包み込み、無理やりにでも目線を合わせた。


「あなたはどうして生きてるの?」


 私の目を凝視しながら、諸星君は食いしばった歯を震わせながら答える。


「俺の……俺の所為で結城が――」

「そんなことを聞いているんじゃない!!」


 しんしんと、雪のように積もった静寂がこの場を包みこんだ。


「どうして逢ちゃんはあなたを、いえ、逢ちゃんだけじゃない。妹さんも、どうして彼女たちはあなたを助けたの?」


 困惑と悲哀が入り混じった諸星君の瞳を見据えて私は答える。


「みんな……みんな、あなたのことを大事に思っていたからよ! あなたのことが大切で、大好きで、あなたのことを心から大事に思ってきたからよ! あなたにとって、妹さんが愛する人だからこそ、逢ちゃんが大切だからこそ苦しむように!」


 ぎゅっと、諸星君の唇が強く嚙み締められる。傷を抉られ、痛みを堪えるかのように強く結ばれる。


「だから言わないで! 死んでいればよかった、死ぬべきだったなんて言わないで! 彼女たちが護りたかった、命にかけても手放そうとしなかった大事なものを、あなたが否定しないで!」

「そういうのが嫌なんだよ!!」


 痛みに耐え切れず、悲鳴を上げるかのように諸星君は叫ぶ。


「大事だとか、大切だとか、そんな風に想われたくなかった! こんな思いをするなら! こんなに苦しくなるなら! だってそうだろ!? 想いが強くなるほど痛くなる! 深くなるほど傷が深くなる!」


 言葉を紡ぐ度に、痛くなる。諸星君の顔は、痛みによって歪められる。


「だったらいらない……。誰かを好きになるのも、好かれるのも、全部いらない……。もう、失って傷つくのは嫌なんだ、誰かが俺の所為で、こんな痛みを背負うのは嫌なんだ……」


 だから人と関わらないようにしていたのに。と諸星君は続ける。


 ああ、なんて――


 なんて不器用な人なんだろう。


「それでも、あなたは彩ちゃんを救ってしまった。誰かを助けたいが為に、手を伸ばしてしまった。誰とも関わりたくないのに誰かの為に手を伸ばしてしまうなんて。助けられた側はたまったもんじゃないわよ。そんな人、放っておけるわけがない」


 ギリッと歯を食いしばる音と共に、諸星君は哀願するように私に問う。


「なら、俺はどうすればいい? どうすればよかった!? 彩を見捨てればよかったか? 開き直って、恥知らずにのうのうと普通に生きていればよかったのか? それとも……お前達を受け入れればよかったのか? ……人を失う怖さを覚えておきながら、必ず失うことがわかっておきながら、それでも関係を紡ごうなんて……馬鹿みたいじゃないか……」


 そう言い終わると、諸星君は充血しきった目を力なく伏せる。


「馬鹿ね、そんなの簡単よ」


 諸星君の赤くはれた頬を優しくそっと撫でる。


 ごめんね、痛かったでしょう?


「助けてやったんだからヤらせろ。これさえ言えば女の子は、あなたに興味なんてなくしてたわよ」


 私はあっけらかんと、そう答える。


 どう? できる? あなたに言える? 馬鹿で不器用で子供っぽいあなたに。

 できないわよね。あなた、根が真面目だもの。


「……んだよ……なんだよそれ……」


 目の焦点がガタガタに揺れ、諸星君の目からお湯が沸騰するように大粒の雫が湧き出る。


「なんだよそれえ!!!」


 耐え切れず、抑えきれずに子供みたいに泣きじゃくる。


「馬鹿みたいだ! バカみたいだ! 俺も! お前も! 俺なんかを助けた結城も!」

「馬鹿なんて一言で片づけないで」


 彼の頬に当てた手を伸ばし、後頭部を包み込んで自分の胸に抱きよせる。


「みんな一言では表せない沢山の想いを抱えて生きているわ。私も。逢ちゃんも」


 子供をあやす母親のように頭を撫でる。


「あなた、彩ちゃんを助けたことを自己満足なんて一言で片づけたわね。あなたがそう言うなら間違いじゃないのかもしれないけど、多分それだけじゃない」


 きっと、母親という生き物はわが子にこういう風に声をかけるのだろうと、心の底で思いながら私は優しい声色で続ける。 


「だってあなたが彩ちゃんに向ける笑顔を、眼差しを見ればわかるわ。とても慈愛に満ちた顔。優しいお兄さんの顔。それだけで十分」


だから、と私は続ける――


「あなたの想いは、信念は、やってきたことは、全て本物よ」


「……ぅ」


 胸の中が呟くような声で揺れる。


「うぅ……」


 次第にその声は大きくなり、くぐもったような音が私の耳に届く。


「ゔっ……ゔゔっ……!」

「ね、もう一度、聞かせて?」


「あなたはどうして生きているの?」

「ゔゔゔ……ゔゔゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」


 愛していた。愛されていた。


 積み重なった全てが乗せられた心の叫びは、私の胸では到底全て受け止められず外に漏れ出たが、私以外に聞き遂げられることはなかった。


     












―――諸星Side




 泣きつかれた俺の頭は、何故だか知らんが、阿澄崎の膝の上に乗せられていた。


 我ながら、みっともなくこいつの胸で泣き喚いていたが、「あ、ちょっと疲れたから体勢変えるわね」と言われ、されるがまま強引にこの形になったのだ。こうなりゃどんなに泣いていても涙は引くものだ。


 思えば、クラスの女子の前で泣き散らした挙句、膝枕で落ち着かされるなんて無様極まりない。

 恥ずかしすぎる。穴が開いていたら入りたい。なんだこれは罰ゲームか?


「私もね」


 そんなことを考えていると、上方から声が聞こえる。横目で声の方を向くが、顔が全然見えない。

 どんなプロポーションしてるんだこいつは。


「後悔してるんだ。校門前で諸星君に詰め寄り過ぎたこと。駆け出す諸星君を見て、逢ちゃんはあなたを追いかけたんだから」


 先ほどとは打って変わって、弱々しい声を出す阿澄崎。


「だから、どうしても思っちゃうの。私があの時諸星君を追い詰めなければ、こんなことにはならなかったんじゃないかって」


 ……違う。全部俺が悪い。そう言いたかった。

 だが俺如きの言葉など、きっと慰めにもならない。俺が何を言ってもこいつは自分を責めてしまうのだろう。 


「馬鹿よね私。二条さんから色々聞いて、自分で全部勝手に納得しちゃって。それで早く諸星君を止めないと諸星君が死んじゃうー、なんて思い込んで。ばっかみたい」


 ……ああ、やっぱり違う。俺が悪い。こいつに心配なんてものをさせた俺が悪い。


 だが――


「馬鹿なんて一言で括るなよ」


 相も変わらずぶっきらぼうに言う。生憎これしか出てこない。


「一言で言い表せないくらいの大馬鹿野郎は俺一人で十分だ」


 そう俺が言うと、阿澄崎はたまらず吹き出してしまう。

 ひとしきり笑ったら、ねえ諸星君、と言って真剣な声色で俺に伝える。


「どんなに辛くても苦しくても、私たちは生きて行かなきゃいけない。でも生きていくには人とのつながりを避けて通ることはできないの。だから、すぅっっっっごく苦しい思いをするのがわかっていても、それでも人と交わって行かなきゃいけないのよ」

「……しんどいな。それ」

「ええ、めっちゃしんどい。だから、いつお別れが来ても後悔しないように、その人と幸せな時間をできるだけ過ごして、その思い出をお土産に送っていくしかないんだよ」

「……それ、もっと早く知りたかった」

「そうね、私もあなたと知り合って辿り着いた」


 にかっと笑うような音が聞こえた気がする。顔が見えなくても段々こいつの声色としゃべり方でどんな表情をしているのかわかってきた。


「諸星君、これだけは心に入れといて」


 阿澄崎は俺の頭に手を乗せながら続ける。


「どんな結果になっても、あなただけの所為じゃない。私もちゃんと背負うから。だから独りで思い悩まないで」


 …………………………


 ああ、こいつに背負わせてしまった。俺の罪を。


 俺は答えることもできずに瞳を閉じ、昔通っていた幼稚園に祀られていた神様の像のようなものを思い返すのだった。










 きっとこれは罰だ。

 神とやらが俺に与えた罰なんだ。


 家族を、妹の死を言い訳に、自らの命を蔑ろにした罪。

 罪悪感から逃れる為にどこかで彼女のいるところに逃げたいと思っていた。


 そんなことあの子が望むはずがないのに。


 祖父母に愛されているのにもかかわらず、その慈愛から目を背け続けようとした罪。

 身よりもない俺たちを打算もなく受け入れてくれた。いつも優しい微笑みで俺を照らしてくれた、育んでくれたばあちゃん。厳しくも正しい心で、俺を強くしてくれたじいちゃん。

 そんなあの人たちの気持ちに応えられなかった。自分から歩み寄ろうとしなかった。

 わかってたんだ。あの人たちが俺の居場所になってくれていたことなんて……。


 身勝手に助けた命から育まれた関係を無責任に断ち切ろうとした罪。

 どんなに拒絶しても俺とのかかわりを諦めずにいてくれた彼女。憎まれ口を叩きつつも俺に本音でぶつかってきてくれたこいつ。

 捨て去りたかった。切り捨てようとしたかった。また失うのが怖かった。自分が傷つくのも誰かの傷になることも恐れて逃げ出した。


 その全てへの報いによって、彼女をこんな目に合わせた。俺の所為で。


 だからもう祈るしかない。神によってもたらされた罰であるのなら、縋り、懇願するほかない。

 重ねた指を、自らの罪を数えるように折り曲げ、捧げるように額に押し当てる。


 お願いだ神様、どうかこれ以上俺から何も奪わないでくれ。俺から何も奪わせないでくれ。

 もう二度と俺の命なんてどうでもいいなんて思わない。だからどうか彼女を、どうか。


 静寂に包まれた部屋の中で、心臓の鼓動だけが響き渡り、頭の中では都合のいい祈りと懺悔だけが鳴り響いていた。

お読み頂きありがとうございました!




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― 新着の感想 ―
私やサウザーはこんなに苦しいのなら愛などいらん派なので阿澄崎の許しでは癒されないが、それで少しでも諸星の荷が軽くなるならそれに越したことはないよ。 * ここから余談。 阿澄崎のヒロインちからが高すぎ…
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