31 repentance
―――さくらSide
「黙れ! 知ったような口を利くな! お前に何がわかる!」
そう言って、諸星君は逃げるようにその場を走り去った。
「待って! 諸星君!」
追いかけるにしても、彼と私じゃ体力も身体能力も違いすぎる。絶対に追いつくことは不可能だろう。
出入り口のドアを出た時には、もう随分と距離を離されていた。
少し踏み入り過ぎた?
でもそれくらいしなきゃ諸星君は自分の歪みに気付かないだろうし、どうするべきだっただろうか。
そう考えていると、後ろからものすごいスピードで何かが通り過ぎた。
「逢ちゃん!?」
「事情はわかってる。私が追いかけるわ!」
だから任せて、と言いながら逢ちゃんは諸星君を追いかけるように走り去って……足早!
……流石の運動能力ね。
正直あの二人に追いつける気がしないけど、私もこうしてはいられない。そう思い、途中で出くわした友人の一人に自転車を借りながらも二人の後を追うのであった。
◇◇◇
諸星君が向かった先は、前に訪れた彼の家に続く道だ。
すっかり二人を見失った私はそこに当てを付けて最短距離で向かう。すでにちょっと息が切れかけている。
広い交差点に出ると、何やら人だかりができていた。雰囲気はあまりおだやかではない。
ぞくり、と背中に悪寒が走った。何やら嫌な予感がする。
自転車をその辺に停めて人だかりを掻い潜り、渦中へと足を踏み入れる。
そこには血まみれで倒れている逢ちゃんと呆然としながら放心している諸星君がいた。
「あなた! 何をやっているの!」
そう呼びかける私を、諸星君は虚ろな目で見る。
「阿澄……崎……」
「すぐに彼女を歩道に移動させるわよ! さあ手伝って!」
「あ……ああ」
私の呼びかけに諸星君は少しだけ正気を取り戻したようで、速やかに逢ちゃんを抱えて歩道に移した。
「逢ちゃん? 逢ちゃん!」
呼びかけても返事がない。意識を失ってるんだ。
「諸星君、近くのコンビニに確かAEDがあったはずだわ! 持ってこれる!?」
「あ、ああ!」
そう言って、諸星君は足がもつれて転びそうになりながらも走って行った。
「そこのあなた! すぐに救急車を呼んで! 119番よ! 女性の方! 集まって! AEDを使うときのために壁を作りたいの!」
周りの野次馬に指示を飛ばしながら、逢ちゃんの呼吸を見る。
……胸もお腹も動いてない!
すぐに胸部を圧迫して心臓マッサージを行う。
三十回ほど連続で行った後、すぐさま人工呼吸に移行する。
気道を確保して二回ほど行ったら、マッサージと人工呼吸を繰り返す。
逢ちゃん、絶対に助けるから! だからお願い! 死んじゃダメ!
―――諸星Side
無我夢中だった。
何も考えずに指示された場所まで走る。先ほど全力で走った時の疲れなど感じる暇もなく、ただひたすら走る。
目的地に着いたら、予め決められた言葉を発するだけだ。他のことなどどうでもいい。
「AED! AEDありますか!?」
目的のものを手に入れたら、やることはさっきと同じだ。来た道を辿るように走る。
戻ってきたときには二人の周りを女性たちが囲むように陣取っていた。
その内の一人が、AEDを受け取るためにこちらに走ってくる。
俺はその女性にAEDを渡した途端、その場に倒れこんでしまった。
さっき全力で走り続けた後にまた走ったんだ。肺が破れそうなほど痛む。酷く気分が悪い。
その場で蹲りながら、えずく。空っぽの胃の中のモノをすべて吐き出すかのように、えずく。
最後に食べたのはもう何時間も前だろう。吐き出されるのは苦く酸味のある液体だけだ。
間もなく、救急車が到着する。その後のことは記憶にない。
俺は一体なにをしているのだろう。俺は一体なんで生きているのだろう。
そんな考えだけが頭の中を駆け巡っていた。
―――さくらSide
手術室なのか集中治療室なのか。
逢ちゃんが運び込まれた部屋の、分厚い扉のランプが赤く光っている。
あの後、私は諸星君からAEDを受け取り迅速に対応した後、救急車が到着した。
即座に逢ちゃんは担架で運び出され、諸星君とともに付き添う。
逢ちゃんは頭から出血しており、容態は軽くないとのこと。緊急で処置を行っている。
私たちはその部屋の前の長椅子に座り、処置が終わるのを待っていた。
諸星君はというと、先ほどのような虚ろな目で俯いていた。
「諸星君、大丈夫?」
「………………」
返事がない。私もそうだが、相当気が滅入っているようだ。
事故の瞬間を目撃していない私には詳細がわからない。察するに逢ちゃんは諸星君を追いかけている途中で車に撥ねられたのだと思われる。
諸星君はそのことに責任を感じているのだろう。
「諸星君、あなたはできる限りのことをやったわ。AEDだって想定よりずっと早く届いた。先生も言ってたでしょう? 応急処置が間に合わなければ危うかったって。だから――」
「違う……違うんだ……!」
私の言葉を強く否定する諸星君。
俯いたまま、今にも泣きだしそうな声で口を開く。
「本当は俺が轢かれるはずだった……。結城は……俺を庇ったんだ……」
諸星君は震える声でそう続ける。
……それでは、例の時と同じ……。
「俺の所為だ。俺の所為で、また……!」
「諸星君、それは違うわ」
引き裂かれるような声を出しながら頭に手を当てぐしゃっと爪を立てて握りこむ諸星君の手を私は取る。
「それは、あなた自身の行動を否定することになる。あなたが彩ちゃんにしてあげたことを、今度は逢ちゃんがあなたにしてくれた」
これは詭弁だ。
本当は……本当は諸星君の自己犠牲を正当化するべきではないのだけど、今の彼には縋るものが必要だ。
自分の所為で逢ちゃんをこんな目に合わせ、その上、ずっと信じてきた信念を否定することになったら、今度こそ諸星君は立ち直れなくなる。
それは、彼を守った逢ちゃん自身が望むことではないだろう。
だから、今は間違っているとわかっていながらも、彼のやってきたことを肯定するべきだ。
「あなたを大切に思うからこそ、逢ちゃんはあなたを助けたの。あなたが他の誰かの命を大切にするように」
「……俺が?」
「そう。だから逢ちゃんも同じ。あなたと同じよ。あなたは――」
「違う!」
違う違う違う! と、諸星君は歯を食いしばりながら頭を掻き毟る。
「俺は……俺は、誰かの命なんて、心の底から大事になんてしていなかった!」
「……え?」
それは、たった今私が守ろうとしていた諸星君の信念を、彼自身の手で否定する言葉だった。
「俺は……俺は赦されたかったんだ……燈を……妹を死なせてしまったことへの贖罪をしたかったんだ……」
血が出るんじゃないかと思う程、指先の爪を頭皮に食い込ませながら、諸星君は言う。
「あの時……俺の所為で……俺をかばって、燈は車に轢かれて死んだ。……だから、だからあの子が俺にしてくれたように、俺がもっと、たくさんの人の命をこの手で救わなきゃって……」
諸星君の声はより震え、吐き散らすような言葉が矢継ぎ早に続けられる。
「でも違った! そう思い込まないと生きていけなかったんだ! ……きっと、俺はあの時からずっと死にたかったんだと思う……燈を死なせてしまった自分が許せなくて……同じところに行って……謝りたくて……」
「彩の代わりに轢かれたとき、俺は……俺は安堵したんだ。やっと死ねるって……自分のやるべきことを全うできたんだって……もう罪悪感で苦しむことなんてなくなるって……」
矢継ぎ早に紡いだ言葉は彼の肺から酸素を奪い、呼吸はより荒くなる。
「だから! ……だから誰かの為なんかじゃない! 自己犠牲なんかじゃない! 俺が今までしてきたことは、俺が死ぬことで、俺を満たす為の、俺の為の自己満足でしかなかったんだよ!!」
こちらに振り返り、涙で満たされた目を見開いて諸星君はそう叫んだ。
自分を罰するように。私に罰してほしいとも思えるような目線を向ける。
私は……彼が望むように、彼を非難する言葉を浴びせるべきなのか。
はたまたそんな資格が私にあるのか。自分に問いかける。
「でも、今度はあいつが、結城が犠牲になった……俺の所為で……俺はなんだ? 疫病神か? 俺が大切に思う人から不幸な目に遭っていく……俺と関わったばっかりに……」
彼のその瞳には、もはや以前のような力強く鋭い切れ味は映っていない。
ただただ後悔と自己否定により歪められた眼光は、目も背けたくなるような悲痛さを帯びていた。
私に何ができる。どんな言葉をかけてあげられる。
彼の命を救ったように彼の悲しみを、苦しみを和らげて上げることはできないのか。
私は……どうすれば……。
「死ぬべきだったのは俺の方だった。俺が轢かれるべきだったんだ。あの時、彩を守った時に死んでいればよかったんだ!!」
私には……。
「教えてくれ……どうしてあの時俺を助けた……放っておけば死んでたかもしれないのに……どうして俺と関わった……こんなどうしようもない疫病神、構わなければよかったのに!」
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