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アヒ  作者: ゲントク
―第五章― 幸福を断つ
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28 生き残り

―――諸星Side




 全く酷い目にあった。


 名前は知らんが、生徒指導の教師に随分と時間を取らされたものだ。

 とはいえ、俺が一方的に絡まれたということはあの教師も知っていたらしい。


 なんでも、特別教室棟に連れて行かれる俺を見かけた生徒からの通報があったそうだ。


 俺はそれなりに素行よくやってきたのに対して向こうは随分と問題児扱いされてきたらしく、俺の言い分が比較的通しやすかった。


 奴らは今でも教師に絞られている。どこの誰かは知らないが通報した生徒には感謝したいものだな。


 だが、こうなるのも仕方がない。こうなることを覚悟して俺は外聞も捨ててあいつらを突き放したんだ。


 俺は嫌われ、孤立するだろう。

 嫌われ者の俺と違って、彼女たちは人気者だ。きっと周りが俺に近づかないように動くだろう。そうなればあいつらも俺に近づき難くなる。


 これでいい。

 こうありたい。

 こうあるべきなんだ。


 誰かに嫌われてでも誰かに好かれない。そういう生き方を選び続けるんだ。


 これまでも。これからも。


 カナカナとひぐらしの鳴く声が聞こえる。


 窓の外は青空にほんのうっすらと温かい橙色の光が混ざっている。まだ暗くはないが夕方時だ。


 すっかり遅くなってしまったな、と俺は腹の音を鳴らしながら下駄箱へと足を歩める。すると――


「遅かったじゃない」


 突き放そうと、断ち切ろうとした存在の一人が、下駄箱と出入口を繋ぐ場所に立っていた。


「こってりと絞られたのかしら」 


 ――阿澄崎さくら。


 ……知っていたさ。お前がしつこいことくらい。


 もう屋上の時のような激情は見せるつもりはない。

 あの時は結城を本気で突き放すためにわざと昂った。その時の勢いで、お前と罵り合っただけにすぎない。

 粛々と、淡々と、冷徹に対処する。もうお前などに振り回されない。


 俺は目も合わせずに下駄箱から靴を履き替え、阿澄崎の横を通り過ぎた。

 これでいい。こいつに対しては相手にするだけ時間の無駄だ。


「サバイバーズギルト」


 阿澄崎が後ろにいる俺に聞こえるよう、大きな声でその言葉を告げた。


「それがあなたの抱えるものの正体よ。もっと言えば、それによる心的外傷後ストレス障害、所謂PTSDの症状が出ているわ」


「症状?」


 阿澄崎の言葉に、俺は振り返る。


「あなたがするべきことは、私達と信頼関係を結ぶことでも、誰かを身を挺して救うことでもなかった」


 彼女の目には俺を責め立てるような怒りや憤りはない。


「心療内科、或いはメンタルクリニックに通って心の療養をすることよ」


 只々、憐れむような、悲しい視線をこちらに向けていた。


 ……………………


 ……ふざけるなよ?


「……はっ! なんだよ。待ち伏せしていたかと思えば、人を病人扱いか?」


 阿澄崎の言葉を無視できない俺は、嘲るような態度を返した。


「知らなかったぜ。お前って随分酷い奴なん――」

「まずはサバイバーズギルトについて」


 目の前の女は俺の返答など意にも介さず、勝手に話を進める。


「事故や災害などから生き残った人が感じる罪悪感のことよ。他の人が亡くなったのに自分が助かったことに対してね」

「急に何を――」

「家族四人の中で、あなた一人だけ生き残ったわけよね?」


 思わず押し黙ってしまう。一人、生き残った、罪悪感、その言葉が突き刺さる。


「そういう人は、こういった考えをしてしまうそうよ。例えば――」


 ――どうして自分だけ助かってしまったのか。


「例えば」


 ――自分なんかが助かるべきじゃなかった。


「例えば」


 ――もっと他に助かるべき人がいたはずだ。


「例えば」


 ――助かった以上、何か偉大なことを成し遂げなければいけない。


「とかね」

「……それがどうした」

「身に覚えがあるんじゃないかしら。あなたは自分の所為で妹さんが車に轢かれたと思っている。運転手が飲酒運転をしていて、向こうに過失があったにも関わらず」


 阿澄崎は表情を崩さず、俺を問い質すようにこちらを見る。


 ……なぜそのことを知っている? 話していないはずだ。


「……二条から聞いたのか」

「ええ。あの子、後悔していたわ。あなたの心情を考えずに酷いことを言ってしまったって」

「……彼女の言ってることは全て正しいさ。何も――」

「話を続けるわね」


 ……俺の話など聞く耳を持たない、というわけか。

 あくまで自分が好き勝手に話す、と。


「二条さんと再会したとき、急に体調を崩したわよね」


 彩が俺の背中の上で起きた時の話をしているのだろう。吐き出しそうになったのを、ぐっとこらえて飲み込んだ記憶がある。


「体の震え、過呼吸、吐き気、どれもPTSDの代表的な症状よ。妹さん、両親が亡くなる前はとても明るい子だったそうね。これは私の予想なんだけど――」


 阿澄崎の目に、持ち前の赤い髪が反射して、赤く染まっているように見えてくる。その赤い双眸が俺をまっすぐ見据えている。


「あなた、彩ちゃんに妹さんを重ねてフラッシュバックを起こしたんじゃないかしら」


 瞬間、脳内に浮かぶ幼い頃の記憶。

 まだ小さな燈が、室内で後ろから抱き着いてじゃれていた時の記憶を思い出す。


『おにーちゃん』


 否、あの時確かにその姿が彩と重なっていた。


「………………」

「……こういう人もいるそうよ」


 黙って俯く俺を痛々しく見ながら阿澄崎は更に告げる。


「自責の念に駆られるあまり自分の命すら度外視するような、自己犠牲的な行動をする。ね、諸星君。それこそ、あなたが彩ちゃんにしてあげたことがそうじゃない」 


 落ち着け。惑わされるな。冷静になれ。


「……馬鹿馬鹿しい。お医者様気取りか? 素人の適当な判断で俺を推し量るな」

「そうね。私は専門家じゃないから断定はできない。……だからそれを確かめる為にも、診察を受けるべきだわ」

「偶々当てはまっているだけに過ぎない。そんなことで異常者扱いなんてごめんだね」

「そう。あなたは自分のことをまだ正常な精神だと言いたいわけね」


 阿澄崎が更に沈痛な面持ちで目を伏せる。


「当然だろ? 第一俺は――」 


「サバイバーズギルトに悩まされている人達の中には、自らの命を絶ってしまう者もいるの」

 

 ふと、一瞬、呼吸を忘れたような感覚に陥る。


 何を馬鹿なことを言うかと思えば。

 そう一蹴すればいいのに、うまく言葉が紡がれない。

 唇が、口の中が乾いて乾いて仕方がない。


 落ち着けよ。冷静になれって。さっき自分でそう言いきかせたばかりじゃないか。


「私、見たのよ。事故の時、車に撥ねられたあなたが、歪に顔を引き攣らせて笑っていたところを!」


 こんな女の戯言に一々耳を貸していたら身が持たない。

 もういいんじゃないか? ここらで切り上げて――


「諸星君、あなた本当は、あの時死のうと――」

「黙れ! 知ったような口を利くな! お前に何がわかる!」


「お前に!」


「俺の何がわかる!!」


 気づいた時にはもう、走り出していた。


 頭に血が上る。


 赤い、


 赤い、


 血が。

お読み頂きありがとうございました!




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― 新着の感想 ―
誰かが言うべきことだが、少なくとも言い方と場所が悪い。 病人に病気と面と向かってぶつけて認めるはずがないではないか。 ただ、阿澄崎らしいよ。彼女らしい。 時間がないのも確かだしな。今現在刻々と諸星の…
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