26 不自然なまでの敵意
―――さくらSide
新学期初日。
夏休みを終え、私達生徒はひと月ぶりの学び舎に足を運んでいた。
四人でピクニックに出かけたあの日以来、諸星君とは会っていない。
それどころか連絡すらつかない。既読はついているのだが、彼からの返信が一向にないのだ。
あれだけの異変が起こってしまっては、顔を合わせるのが気まずいことはわかっているのだが、せめてなんらかの返事はして欲しい。私とて心配してしまうのだから。
さて、どう話を切り出すべきか思案する。体調を気遣って穏やかに接するべきか、それとも何事もなかったかのように肩をバシバシ叩いてやるか。
おっといけない。夏休みの間はお互い素のままでいたが、学校での私と諸星君はペルソナを被っている。目立つのを嫌がる彼のことだから夏休み中、私たちと過ごしていたことを周囲には知られたくないだろう。
ここは「久しぶり~元気してた~?」の体で行こう。
花織さんとやらのことを掘り返すのはもう少し後でいい。
『俺があの子を殺したようなものだ!』
…………そうだ。あんな話、しなくていい。
今はただ、また諸星君と私たちが楽しく笑い合えればそれでいいじゃないか。
あのことは忘れよう。誰にだって触れられたくないことはあるのだから。
周囲に同じ制服を着た者達が増えていく。そうこう考えているうちに校門にたどり着いたようだ。
下駄箱の前で、生徒たちは様々な会話を繰り広げていた。ある者たちは久しぶりの学友の再開に喜び、ある者たちは輝かしい夏季休暇を惜しいとばかりに愚痴っていた。
例に漏れず、私も久々に会う友人たちと積もる話を繰り広げながら教室へ向かっていた。
教室の扉を開け、辺りを見渡す。雑踏としている教室に紛れるように、諸星君は席に座っていた。荷物を置き、ほかのクラスメイトに声をかけつつ、自然な足取りで彼の席に歩を進める。
「おはよ~諸星君。久しぶりだね! 夏休みは楽しかった?」
何事もまずはあいさつからだ。
あいさつ代わりにジャブを入れて反応を見よう。なんだかこんな風に猫をかぶりながら諸星君と会話するのはずいぶんと久しぶりな気がする。そう思いながら私は諸星君に話しかけるが――
「…………………………………………」
あれれ? おかしいな。返事がないぞ?
「お、おーい諸星君? 聞こえてる?」
諸星君の目の前で手を振りながら、私は声をかけ続ける。
ちょっと無視すんじゃないわよ。これじゃあ私が恥ずかしい奴みたいじゃないのよバカ。
「ちょっとー、諸星君ったらー。無視はよくないぞー?」
無表情で教科書を見続ける諸星君。
いくら顔を合わせづらいからって無視はちょっと子供じみてないかしら?
「どしたん? 諸星。久しぶりだってのに辛気臭い顔してんな? ちょっと遅めの反抗期なん? ん?」
近くにいたクラスのお調子者の佐藤君が、諸星君の肩に肘を置いて絡む。
スルーされていた私を見かねて助け舟を出してくれたのだろう。彼はそういうところ気が利く光のお調子者だ。正直助かる。
「あはは、そうだよ諸星君ったら人が――」
「うるさいな。馴れ馴れしく話しかけるなよ」
――低く、鋭く、凍て付くような冷たさを帯びた声色が響き渡る。私や佐藤君だけじゃない。周囲にいる人間が凍り付いたように押し黙り、こちらを向いていた。
「いつ俺とお前がそんな間柄になった? 鬱陶しいんだよ」
「も、諸星く――」
「誰とでも仲良くできる自分に酔って、浸っているつもりか? そんなことに俺を巻き込むなよ。他所でやったらどうだ?」
前髪の隙間から、隠れた双眸が見え隠れする。前に屋上で、私や逢ちゃんに向けた激情の瞳ではない。
凍り付くような冷たい眼。凍て刺すような、無機質で残酷な眼だ。
「お、おいおい諸星。ちょっと落ち着けよ。どうしたんだよ急にキレ――」
「お前もだよ佐藤」
仲裁に入った佐藤君にも、その冷気を帯びた眼と声を向ける。
「馴れ馴れしく肩なんて回しやがって。距離感わからないくせに詰めてくるな。うざったいんだよお前」
「うっ……」
うぇい……。と小さくなってしまう佐藤君を一瞥し、再び諸星君はこちらに顔を向ける。
「とにかく、これ以上俺にかまうな。邪魔なんだよ。お前みたいなやつは」
それだけ言い残して、諸星君は佐藤君を押しのけて、空いた扉から、教室を出ようとする。
「…………」
諸星君はしばし立ち止まった後、「どけ」とだけ呟いて出て行く。扉の外には、困惑した顔で狼狽えていた逢ちゃんが残されていた。
「逢ちゃん!」
すぐさま逢ちゃんのもとに駆け寄る私。なにがなんだかわからないといった様子で、彼女の表情は曇りに曇っている。
「……いったい何があったの?」
状況を呑み込めない逢ちゃんは私に問う。
彼女もあの一件から諸星君とは連絡を取れず、久しぶりに彼の姿を見て驚いたであろう。
「わからない……でも、諸星君、急に怒り出して……」
「……諸星君、前の諸星君に戻ったみたい……」
「…………」
不安げそうに逢ちゃんは言うが、私は違うと思う。
彼が人目も憚らず、あんな物言いをするとはとても思えない。
それは彼のスタンスにあまりにも反し過ぎている。現に悪目立ちしすぎている。静まり返った教室内で彼を非難する声が次々と上がっているのがその証拠だ。
そのきっかけは恐らく、二条花織との件だろう。彼女との再会が、彼の中の何かを壊したのだと考えられる。
まるで、拘束具のようなリミッターをはずすように。
諸星君、あなたは今何を考えているの? あなたの過去に何があったの?
答えは得ないまま、朝のHRのチャイムが鳴る。諸星君は授業が始まるまで、教室に帰ってこなかった。
お読み頂きありがとうございました!
続きが気になる!面白い!など思って頂けたら下にある☆☆☆☆☆から、この作品への応援をお願いします。
感想やブックマークもお待ちしております!




