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アヒ  作者: ゲントク
―第四章― 理想的リレイションとは
27/44

ーFlashbackー regret

 神様って奴を信じていた頃もあった。


 幼い頃通っていた幼稚園は所謂、宗教法人が運営しているキリスト系の所だった。


 弁当を食べる前にいつもお祈りとやらを欠かさず行っていた。


 四月には復活祭、十一月には収穫祭のイベント行事。特にクリスマスにはイエス様だかの生誕を祝ってお遊戯会なんてものもしたっけな。


 とはいえ、両親が敬虔なクリスチャンと言うわけじゃない。ただ家から近かったってだけでここが選ばれた。


 幼稚園側も、園児に無理やり宗教観を押し付けたりはしなかった。風習をなぞらえているだけで、機能的にはただの幼稚園と何ら変わらない。


 それでも三年もいたら、ある程度の教えは身に着く。あれだけ神様神様言ってればな。


 一個下の妹もそこに通っていた。

 俺に比べると彼女は信仰は深かったのだろう。卒園した後も何か意気込むときは、幼稚園時代の癖が出るのか、手を組んで神頼みをしていた。


 明日は遠足だから晴れますように、ピアノのコンクールが上手く行きますように、と。

 だから俺もなんとなく、神様って奴はいるのかもしれないと思ってた。燈が信じていたから。


 本当にいてくれればよかったんだがな。








「燈! 早くしろよ。花織ちゃん待ってるぞ!」

「ちょっと待ってよお兄ちゃん!」


 小学四年生の頃の夏休み。俺と燈はプールに行く予定だった。燈の一番の親友の花織ちゃんと一緒に。


 お婆ちゃんの家から、歩いて二十分のバス停で、花織ちゃんと待ち合わせの約束をしている。


 両親が亡くなってからもう三年経つ。あんなに泣きじゃくっていた燈も、もうすっかり立ち直っていた。


 それどころかめきめきと身長が伸びてゆき、クラスの女子の中では一番背が高かった。おまけに同年代のどの子より大人びており、男女問わず人気者で先生からの評価も高く、優等生だ。


 俺はというと、身長に伸び悩み、背の順では一番前。今では燈に身長を若干抜かされかけている。

 更に言うと俺はどうも子供っぽいらしい。すぐムキになってヘソを曲げるし、落ち着きがなく、常にちょろちょろと動き回っている。


 これではどちらが上の子なのかわからない。それどころか初対面の人には俺が弟だと思われる始末だ。


 しっかりしたお姉さんだね、だと。どうも兄貴の威厳というものが失われつつある。

 昔は俺がいなきゃ何もできなかったのに。もう俺がいなくてもこいつは大丈夫なんだろうなと思いながらも俺は過ごしていた。


 そんな中とある日、燈に友達を紹介された。二条花織。同じクラスだそうだ。


 彼女は気弱で俺よりも背が低く、どこか昔の燈と似たような雰囲気を出していた。


 俺が採ってきた大きいカブトムシを見せると彼女は怖がっていたが、同時にすごい! かっこいい! と褒めてくれた。

 彼女が怖がるゴキブリや大きい蛾を、俺が華麗に退治してやると尊敬のまなざしを向けてくれた。


 すっかりいい気分になった俺は、彼女のことを気に入っていた。同時に、燈の前で花織ちゃんにかっこいいところを見せたら、兄の威厳を取り戻せるんじゃないか? とさえ思っていた。


 だから俺は燈を急かした。早く行こう。花織ちゃんに会いに行こうと。


 二人並んで小走りでバス停に向かう。時間よりも五分程早い。ギリギリなんてかっこわるい。ちょっと前に待ち合わせ場所についておくのが、スマートでかっこいい男の所作だ。


 そんな背伸びした子供らしい考えで、必要もないのに急いだ。


 直にバス停が見えてくる。時刻表の前には花織ちゃんがもう付いていた。

 早い。しかしいざ目前にすると先ほどまでの背伸び思考は薄れ、早く目的地にたどり着きたいと更に急ぐ。


 バス停へと続く横断歩道。俺たちよりも遥かに高くそびえる青信号がチカチカと点滅する。

 こんなの小学生からしたら青点灯と変わらない。みんな渡ってるものだ。


 ちょっと渡った先で後ろを振り返り、燈を見る。ご丁寧に歩道で止まっていた。


「なにモタモタしてんだよ。早く行こうぜ」


 もう花織ちゃん来てるんだぞ。と燈を急き立てる。


 すると、ようやく燈がこちらめがけて全力で走ってくる。兄貴っぽく妹を引っ張ってやったかな? と少し得意げに前に向き直ると、後ろからすごい力で押されて転んでしまった。


 燈め、花織ちゃんの前で不意打ちとは卑怯な! 車が通る道でふざけちゃいけないんだぞ。と文句を言ってやろうと振り返ると――


「あれ?」


 燈がいない。どこにも。


 なんだろう? 代わりに変な色の線が続いている。暗い赤。毎週見ていた特撮ヒーロー物のレッドとは違う。変な赤だ。


 何処に続いているのだろう。燈はどこにいるんだろう。なんだかやけに周りの大人がうるさいな。俺だってもっと静かにできるぞ。


 足取りが重い。なんだかクラクラする。赤い線が現れてから変なにおいがする。それが気分を悪くさせている。


「あかり……?」


 だれかたおれている。だいじょうぶかな。おこしてあげなきゃ。


 倒れている子の肩に手を置いてゆっくりと揺さぶる。ぐちゃ、と手に何かへばりつく音がする。ゆっくりと、てのひらをこちらに向ける。


「あか……り……」


 視界がどんどん真っ白になっていく。背景から色が消えていく。なのにどうして消えないのだろう。この真っ赤な手形はどうしてまだ俺の網膜に焼き付くのだろう。


 ああ、神様。どうか、どうか。


 どうか、燈をこの惨酷な赤色から救い出してくれ。

 あんなにも綺麗な黒髪が、赤に汚れて可哀想だろ。

 


◇◇◇



 気絶したわけではない。眠っていたわけでもない。だが金属を叩く様な音を聞いて我に返った。


 テレビで聞き覚えのある音だ。お笑い番組とかでも聞いたことがある。

 目の前には光る頭。これもコントで見たことがある。多分学校で見たら同級生と笑い転げていたであろう。


 ジャラジャラと手をこすり合わせながら、光る頭はぶつぶつと知らない言葉を唱える。


 知っている。この光景を知っている。見覚えがある。確か父さんと母さんの時もそうだった。


 ふらつきながら立ち上がり、おぼつかない足取りでこの場所を去る。ここにいたくない。


 廊下に出て壁を背にし、座り込む。脳みそが、どこかに行ったような空っぽな気分だ。


 ……そういえば見てないな。確か今日の朝だったよな。バーンアウトイクリプス。


「あの……」


 先週は二号戦士のカイザーインサニティが急に襲い掛かってきたんだよな。


「あの」


 嫌な奴なんだけど妙に魅かれるんだよな。やけに見た目がいいからかな?


「あの!」


 味方側にいるくせに顔や性格が悪役っぽいんだよな。俺悪役の方が好きなのかな。そういえば前にやってたサウザント――


「お兄さん!!」


 耳元で大きく発せられる声に体が強張る。何が何だかわからずに声がする方向に目を向ける。


「花織……ちゃん……」


 そこにいたのは目に涙を浮かべながら、軽蔑と怒りの形相でこちらを睨みつけている花織ちゃんだった。


「なんで……なんで葬式、抜け出しちゃったんですか……!」

「葬……式……?」


 ……知ってた。知ってたさ。でも聞きたくなかった。だからここまで逃げてきたんだ。

 それでも尚、花織ちゃんは俺に現実を突きつけてくる。逃げるなんて許さないとばかりに。


「私……見てました」


 花織ちゃんは座り込んでいる俺を見下ろす。普段は俺よりも小さいはずなのに。今は恐ろしいほどに大きく見えた。


「燈ちゃんは……お兄さんの所為で……」

「…………」


「お兄さんの所為で、燈ちゃんは死んだのに!」


 …………………………


「お兄さんの癖に! 燈ちゃんのお兄さんの癖に!!」


 ……ああ、やっぱりそうか。


 燈は……俺をかばったんだ。車に轢かれそうになった俺をかばって死んだ。死んだんだ。


 花織ちゃんはとうとう耐え切れなくなって床に突っ伏して泣き始めた。


「返して! 返してよ! 燈ちゃんを返してよ!!」


 俺の服を掴んで弱々しく叩く。痛みはない。痛ければどれだけマシだったろうか。


 花織ちゃんの泣く声を聞いて、大人の何人かが式場から出てくる。取っ組み合いのけんかをしていると勘違いしたようで、慌てて俺たちを引きはがした。


 花織ちゃんはそのまま家族と一緒に帰り、俺だけが廊下に取り残された。お婆ちゃんが、嫌なら無理して中にいなくていい、と言ってくれた。

 

 なあ、神様。どうして俺じゃないんだ? 俺が悪いんだから死ぬのは俺でよかっただろ?


 燈はあんなにお祈りしていただろ。俺なんかよりもずっとあんたを想っていたはずだ。


 なんで燈が死ななきゃいけなかった? なんで助けてくれなかったんだ? あんた本当に燈を見てくれていたのか?


 …………


 いや、違うな。勘違いも甚だしい。こんなのはただの責任転嫁だ。


 そもそも神様なんているはずがない。いたら燈をきっと助けてくれたはずだ。俺みたいな奴の所為で燈が死ぬことなんてなかった。


 全部俺の所為だ。俺の所為で燈は死んだんだ。


 なのに涙一粒すら出やしない。


 廊下の壁の冷たさは、背中を伝って俺の心臓を凍らせる。花織ちゃんの冷たい視線のように、俺を責め立てる。


 後から聞いた話だと、燈を轢いた車の運転手は酒を飲んでいたそうだ。


 信号が赤なのにも関わらず、アクセルを踏み込み、交差点に突っ込んできた。だからこちらに非はない。一方的に向こうが悪い。そんな話をしていた。


 ……それがどうした。俺が信号を待ってさえいれば、燈は死ななかったはずだ。


 そんな些細なことが言い訳になるはずがないだろう。


 燈を殺した俺は、燈のいない世界でどう生きればいいのかわからずに途方に暮れた。


 あんなにも色づいていた世界から光が、色が消えた。

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