24 外傷的ピクニック
―――さくらSide
夏休みも後半戦。
私達四人は、最寄りの森林公園で大きめのシートを広げ、ピクニックとしゃれこんでいた。
そう、四人。私、逢ちゃん、諸星君、いつもの三人ともう一人。それは――
「はい彩ちゃん、あーんして❤」
「あーん」
私が手を添えながらあーんとサンドイッチを口に運ぶと、彩ちゃんは口をおっきく開けてそれを頬張る。
「おいしーい?」
「うん! とってもおいしいー!」
んああ~ギャンカワ!! 天使? これが天使という者か!?
そりゃ逢ちゃんが溺愛するわけだわ。私だって猫かわいがりするもん。
ピクニックを提案したのは私だ。理由はもちろん、彩ちゃんに会いたかったから。
諸星家、阿澄崎家、結城家でそれぞれピクニックらしいお弁当を持ちよりみんなでシェアする。
こういう時、私は王道を往きたい。色とりどりのサンドイッチを持ってきた。
逢ちゃんも三人前のそれなりの大きさの弁当箱を開く。
これまたかわいい! デフォルメされた動物たちのキャラ弁だ!
さすがはお姉ちゃん! 子供心をわしづかみする術は備えてると言うわけね!
「諸星君はなに作ってきたの?」
私がどう尋ねると、諸星君は無言でやたらと大きい保温ボックスを漁る。
そう、合流した時から思ってたけど、なんだかやたらでかい。何入ってんだこれ。
「これだ」
取り出されたものは、これまた特盛に大きいどんぶり型のランチジャーだった。
「……ナニコレ」
「そう急かすな」
諸星君がランチジャーのロックを指で弾いて解錠する。中から出てきたのは――
「山盛りの……チャーハン……」
山盛りの……チャーハンだった。
「あなたこれ趣旨――」
「皆まで言うな」
ビッとゴツイてのひらをこちらに向けて私の発言を遮る。
「お前のようなスイーツ脳の小娘は、もっとおしゃれなもの持ってきなさいよ! などとさえずるのはわかっている」
「誰が子娘よ同い年でしょ。つか誰がスイーツ脳よ!!」
「だがな、俺のチャーハンは……うまい!!」
家のコンロは火力が高いだの、チャーシューにもこだわってるだの、やたらと早口なうんちくが私の耳を通っては過ぎ去っていく。
どっから来るかはわからないが、よほど自信があるそうだ。
でもね? 量がね? 女の子三人に食べさせる量じゃないの。しかも一人は五歳児よ?
「それだけじゃあないさ」
保温ボックスからこれまた大きな弁当箱が出てくる。中には、鶏むね肉の蒸し焼きやサラダチキンがびっしりと詰められている。
「……お野菜は?」
「そう言うと思って買ってきました」
ドドドッと並べられる野菜ジュース。なんとバランスのいい。炭水化物、タンパク質、ビタミン、ミネラルすべてが揃った完璧な食事だ。
――などと思っているのか? この男は
「どうしてこう……男子って奴はこう……」
私はこめかみを抑える。
「なんだ? 不満でもあるのか? 野菜ジュースはちゃんと無糖だぞ?」
「大雑把すぎるのよ! 」
「待て! マジでうまいんだって! 俺が作ったチャーハ――」
「ええそうね! あなたは一生懸命作ってきたのよね! あなたなりに頑張ったと思うわ! 悪いのはあなたに女子のピクニックにおける機微を期待した私よ! 」
私は慟哭するかのように諸星君に捲し立てる。
「いや待て! 俺程気遣いのできる男はいない! 当初ではザンギやカツを揚げようと思っていたが、お前たちを気遣ってヘルシーでカロリーの低い蒸し鶏とかにしたんだ! 俺は正しい! 俺は間違ってなどいない! 」
「こんな量食べたらいずれにしろ太るわよ!」
わぁ、きゃあ、といつも通りの言い合いを始める私達。
食べ盛りの男の子が作る弁当だから多少偏った大雑把な弁当が出てくるのではないかと思ってたけど、想像以上だった。
やっぱなんかずれてるのよねこの男。どっかポンコツだわ。
「まあまあ。このどんぶり、まだあったかいわ。冷めないうちに食べてしまいましょう」
「そ、そうだそうだ! 文句を言う前にまず食べてみたらどうだ?」
ぬぅ、逢ちゃんの鶴の一言で場が収まった。確かに作ってきてもらった以上食べなければ始まらない。
実際言うだけあって味は美味しかった。チャーハンはぱらっとしていて味が濃厚。肉類も柔らかくジューシーで、女子供でも食べやすいようになっていた。
これ結構手間かかるわよ? 料理自体は得意なのかしら。
しかし量が量なので私たちは食べきれず、結局のところほとんどが諸星君の胃に収まった。
流石は食べ盛り。私たち女子が用意していた分じゃ足りなかったのね。
まぁ、彩ちゃんも美味しい美味しいと喜んでいたので結果オーライである。
◇◇◇
「ごめんなさいね、彩ったら寝ちゃって」
「これぐらい構わない」
お弁当を食べ終わり、たっぷりと走り回った彩ちゃんは、遊び疲れてしまったのか眠ってしまった。
今は諸星君の背中ですうすうと寝息を立てている。ちなみに寝顔は超かわいい。
もうすぐ夕暮れ、私たちは森林公園から出て、駅まで向かう道をゆっくりと歩いていた。
いやあ、楽しかったわね。これまでBBQやら夏祭りやらに逢ちゃんと諸星君とで散々回ってきた。
場合によっては彩ちゃんも来ることがあったが、最初はあまり私に懐いてくれなかったっけ。
ここ最近でようやく打ち解けることができたのだ。
それまでは諸星君にべったりだ。
和美さんが諸星君を懐柔するまで彩ちゃんとは会ってなかったらしく、その反動で甘え倒してきたのだろう。
最初は諸星君も困惑していたが、彼のお兄ちゃん力は流石なものですぐに対応していた。
優しい顔をしていた。
姉妹っていいなあ。私は一人っ子だからちょっと羨ましい。
お盆を終えて、少しだけ夕方の風が涼しく感じる。夏の暑さのピークはもう過ぎていた。
夏休みもあと一週間ちょっとか。長いようであっという間だったなあ、と感傷に浸りながらコンビニで買ったアイスを齧ると――
「お兄さん?」
諸星君が声のする方に目を向ける。
私たちもそれを追って視線を動かすと、そこには私たちと同じ制服を着ておりリュックサックとラケットケースを背負っている同い年か少し年下くらいの女の子が立っていた。
髪は金色のややロングでネイルをしている、やや大人びてるギャルっぽい子だ。
その子が諸星君の顔を見て 驚いた表情を浮かべている。
「……俺のことか? ……すまないが、誰だったかな?」
怪訝な顔をしながら諸星君は首をかしげて考え込むが、答えは得なかったようだ。
「私です。二条です。二条花織」
再び、風が吹く。季節に似つかわしくない冷たい風。
暖かい夕暮れを通り抜ける強い風でひらりとスカートが舞う。
私たちはめくれないようにそれを咄嗟に抑える。だが、目の前にいる女の子はスカートがめくれ上がることなど意にも返さずに佇んでいる。
ちょっとちょっと、そこは押さえなさいよ女の子でしょ?
ほら、諸星君も真正面からガン見してんじゃないわよ。健全なのは結構だけど失礼でしょ。
そう思って、諸星君の顔を見ると――
「…………花織……ちゃん……?」
諸星君は目を大きく開きながら驚愕の表情を浮かべている。この子のことを思い出したようだ。
「お久しぶりです。お兄さん」
「なんで……」
「私、五高に入ったんですよ? 何度かお兄さんとすれ違ってます。元気そうでよかった」
「ち……違う……」
……いや、それ以前にひどく青ざめている。こんな顔は見たことがない。
「違うんだ。……俺は――」
「私、ずっと謝りたかったんです。お兄さんに」
花織ちゃんと呼ばれた女の子は、諸星君の言葉を遮ってそう言った。
「お、俺に? ……何を……!?」
「あの時、酷いことを言ってごめんなさい。お兄さんの気も知らないで、私……」
酷いこと? なんだろう。この二人はどういう関係なんだろう。元カノ? てかお兄さん?
従妹とか? いずれにしろ諸星君の様子が明らかにおかしい。
「酷いこと? ……はは……そういう……」
――青白い顔で
「あの時君が言ったことは全て正しい」
――口元を引き攣らせて
「だってそうだろ!?」
――諸星君は笑う。
「燈が死んだのは」
――端正な顔が
「全部俺の所為だ」
歪む。
「俺があの子を殺したようなものだ!」
――瞬間、場が凍り付く。
この場にいる全員が、呼吸すら忘れてしまう程の衝撃が各々を襲った。
私、逢ちゃん、目の前の女の子にも。何人たりともこの静寂を破ることはできない。
「んん~~」
一人を除いて。
「ふわあ~あ」
諸星君の声で彩ちゃんが起きたのだ。眠い目をこすり周りを見渡している。
「あれ? あ、おはよー」
よりによってこんなタイミングで……。
「おにいちゃん」
「う……あぁ……」
諸星君の様子が再び一変する。
血の気はより引いてゆき、焦燥に彩られたその面相からは、脂汗が滝の様に流れていた。
「は、はァ……あっ……かっ……」
足がガクガクと震え出し、遂には立っておられず、その場にしゃがみ込んでしまう。
「ハぁはァハァ……」
ヒューヒューと呼吸が荒くなっていく。――過呼吸だ。
「諸星君! 大じょう――」
「ん…ぐうッ…!」
急に諸星君が口元をおさえる。目元には涙を浮かべていた。
やがてゴクンを何かを飲み込む音が聞こえてくる。こみ上げてきたモノを飲み込んだのだろう。
「あ、あの、ごめんなさい! 私……!」
花織と名乗る少女は急変する諸星君を気遣ってなのか、慌ててその場を立ち去る。
地面に手を付きながら、再び呼吸を荒げる諸星君。
だが、過呼吸も収まってきている様に見えた。彼女が去ったのが良い方に働いたのだろうか?
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
諸星君の背中から降りた彩ちゃんが、彼の袖を心配するように握りしめた。
「よせ!」
バッ! と、彩ちゃんの手を振り払いながら諸星君は後ずさる。
その顔は悲痛な怯えによって歪まされていた。
「おにい……ちゃん……?」
払われた手を抑えながら、彩ちゃんは諸星君を見つめた。
「その呼び方で……俺を呼ぶな……っ!」
諸星君は息も絶え絶えで立ち上がり、その場を走り去った。
一体何が何だかわからない。妹さんを死なせたのが諸星君だとか、なんで彩ちゃんにあんなに怯えているのかさっぱり見当もつかない。
私達は諸星君を追いかけることもできず、唯々、その場に立ち尽くしていた。
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