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アヒ  作者: ゲントク
―第四章― 理想的リレイションとは
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23 空の桶②

 ドリンクバーをこいつに任せたのが間違いだった。


 部屋に着くなり二人分のマグカップを持って颯爽と出ていったさくらが持ってきた物は、キンキンに冷えたアイスミルクティーと混ざり切れず幾何学模様を浮かべたやたらダークネスカラーの謎の液体だった。


 さくらがおもむろにミルクティーに口を付けながら「はいこれ」と当然のように渡される黒色の液体に口元をひくつかせながら諸星は天井を仰いだ。


 文句を言うのも面倒くさい、エネルギーの無駄だと思いながらも食べ物を粗末にできない諸星は意を決して闇鍋の擬液化ともいえるそれを一気飲みした。


 ぬっるい! こいつ温かいのも混ぜやがった! ほんのりと広がるコーンスープの風味があまりにも不快だ。


「ざっけんな! せめて冷たい奴よこしやがれ!!」

「いやあ、あれを一気飲みするとはね。少々見くびっていたわ、あなたのこと。ごめんなさい」

「謝るところが違うんだよ!」


 結局無駄なエネルギーを使ってしまった。口直しにドリンクバーへと向かう。


 諸星たちのいる部屋は三階。ドリンクバーは二階にある。

 口直しするにもエネルギーがいるのか、と辟易としながら諸星はメロンソーダを数杯あおいでから戻った。






「俺は最近の曲なんて知らんぞ」


 流行りの曲などに興味ない。他人とカラオケに行くこと自体初めてな諸星は、何を選曲すればいいのかわからず、タッチパネルと睨めっこしていた。


「なんでもいいのよ。好きなの入れるのが一番よ」


 そう言ってさくらは、もう一つの電子目次本をつつく。


「とか言ってみんなの前では空気読んで流行りの曲を歌うのが私なんだけどね。まあ、あなたに気を遣う必要もないし、今日は好きなの入れちゃおうかなあ」


 そう言ってさくらは、一昔前に流行ったガールズバンドの曲を入れる。

 諸星ですらテレビや街中で聞いたことのある曲だ。


 うまいもんだなあ、と聴きながら目の前にあるデンモクと睨みあう。


「好きな曲か……」


 決して音楽が嫌いなわけではない。テレビで流れる楽曲やBGMに心惹かれたことは何度だってある。


 特に何回も聴いた曲であれば自然と愛着も湧くし、歌えるようにもなる。


「これだな」と、送信ボタンを押すとピピッと音が鳴る。


 一曲歌い終わったさくらは、何を歌うのだろうかと興味深く画面を見ると――


【滅却戦士 バーンアウトイクリプス】


 デデン!! トゥルリトゥルリトゥルリ ドチャーン! ドチャーン! ドチャーン!!


「砕け散った ハートの欠片 繋ぎ合わせぬまま~♪」


 ポップなメロディに激しいリズムギター。流れる映像にはいかにもなロボットが縦横無尽に駆け回っている。一昔前のコッテコテのアニソンだった。


「光さえも逃れられなーい 渦巻くアビス~♪」


 キーから察するに原曲のボーカルは女性。一オクターブ下で歌ってはいるものの、音程はズレておらず、迫力のある歌声にさくらは感嘆する


「記憶さえも 焼き尽くす黒い焔 逃げ切ることはできない あらそいそれが運命さだめ~♪」


 歌詞が重いな!! 心の中でつっこむさくらなど意に介さずに、今日の鬱憤を全て吐き出す諸星。

 それを見るさくらは「なんだかんだで楽しんでいるじゃない。連れてきてよかった」と微笑むのであった。





 カラオケというものは存外楽しいものである。


 小さい頃、妹と夢中になって見ていた、アニメや特撮の主題歌を大きな声を出して歌う。

 それだけでストレス解消にもなり、ノスタルジーにも浸ることができる。


 さくらがお手洗いに行ってる中、諸星は夢中になってデンモクを漁っていた。


 扉を開ける音を聞き、ふと目を向ける。そこにはげんなりとした顔でやたら衣服が水に濡れているさくらが立っていた。


「……汚いからトイレの水で遊ぶなと親に教わらなかったのか?」

「んなわけないでしょ!!」


 カッ! と目をかっぴらいて、手に持っていたハンカチをこちらに投げつけてくる。


「他のお客さんとぶつかった拍子にかかっちゃったのよ。おかげで濡れ鼠だわ」


 さくらは曲がり角でお冷を持った他の客とぶつかってしまい、そのまま水をかぶってしまったのだ。


「ははっ、日頃の行いという奴だな。これを機に少しは慎みというものを覚えるといい」

「ムカツク」


 苛立ちに唇を噛み締めこちらを睨みつけながら、さくらはドカッと椅子に座る。


「少し冷えてきたな」


 そう言って諸星は空調の温度をいくらか上げる。

 二十八度。暑すぎず寒すぎず、快適な気温だ。


「……ありがと」

「別に、俺が寒かっただけだ」


 横目でさくらを見やる諸星だったが、あることに気付く。


 水をかぶったさくらの上半身が、透けて下着が見えていたのだ。

 その豊満な乳房を覆い隠す黒いブラに、水が張り付いてテラテラと妙にツヤを出している。


「……これ」


 ぶっきらぼうに、羽織っていた薄いジャケットをさくらの近くに投げつけた。


「なによこれ」


 怪訝な目で諸星に尋ねる。


「……よく言うだろ? 女子が体を冷やしちゃいけないって。羽織っておけよ」

「えぇ……嫌よ。あの暑い中、あなたの汗が染み込んだもの着るなんて」


 寒いせいか、本気で引いてるからか、青くなった顔で諸星をジトーっと見つめるさくら。


「なっ……お前人がせっかく気を使って……!」

「あなたちょっとあれね……変な性癖を持ってるわね……悪いけど私じゃ付き合え――」

「そのみっともない姿でうろつかれるとこっちが困るから貸してやると言ったんだ!!」


 自分のあられもない姿に気付くと、さくらは一瞬だけ顔を赤くして胸元をおさえる。


「……ふーん、あなたそういうの気を使えるんだ。へえ……」


 近くに放り投げられたジャケットをさくらは拾い上げて胸にかける。


「おい、何をしている。さっさと返せ」

「嫌よ。貸してくれるんでしょ」

「お前嫌だと言ったろうが。返せ!」

「そりゃ嫌だけど。要らないとは言ってないでしょ!」

「同じようなことだ返せ!」

「いーや!」


 意地になる両者。挙句の果てにちょっとした取っ組み合いのような形になる。すると――


「お待たせしましたー。メガフライドポテトになりま――」


 ガチャリと入ってきた店員が見た光景は、びしょ濡れになりながらあおむけに横たわる美少女とそれに覆いかぶさる男の図であった。


「……お客様、店内でそのような行為はおやめ――」

「「違います!!」」


 普段は衝突し、いがみ合う二人であったがこの時は珍しくお互いの意見が一致したのであった。



◇◇◇



「ん~久々にすっきりした~」


 店を後にし、身体を反らしながら、大きく伸びをするさくら。

 強調されたその胸は透けておらず、すっかり衣服が乾いていた。


「なーにがスッキリした、だ。こっちはえらい目に遭ったってのに」


 ああいう場で矢面に立つのはいつだって男の方である。


 店員は諸星に対して冷たい視線を浴びせて詰め寄り、諸星は必至で弁明する。それを見たさくらはケタケタと笑い転げていたのだ。


「悪かったわよ。ほらこれ返すから」


 ジャケット脱ぎ、ひらひらとさせながらさくらは諸星に返却する。


「ありがとね」

「……ああ」


 仏頂面をしながら、諸星はお気に入りのジャケットを受け取る。

 羽織ると同時にふわりと、いい匂いがする。一瞬心を揺さぶられた諸星は悔しそうに顔を顰めた。


 二人並んで駅まで歩く。傍から見ればデートのようなものにでも見えるのだろうか。


 そんなシチュエーションとは裏腹に諸星の心中はなんとも複雑なものだった。

 伝えておくべきことが一つある。言うべきことがあるのだ。


「……あの時は世話になったな」

「へ?」


 いつの間にか、少し前を歩いていたさくらが、首だけこちらを振り返る。


「結城から聞いた。事故の時、お前が色々やってくれなきゃ危なかったって」

「ああ、そういう」


 今度は体ごとこちらに向き合う。


「別に礼なんていらないわ。私は当たり前のことを当たり前にしただけよ」


 後ろ手で、戻り歩きしながらあっけらかんとした態度を取り、そう告げた。


「そういう当たり前のことをしたくて俺は生きてるんだ。お前のように」

「ちょっとちょっと、勘弁してよ。私は自分の命の方が大事ですよーだ」 


 さくらは照れ隠しをするように、べーっ、と舌を出して誤魔化す。


 諸星はその件を知って以来、さくらをより一目置くようになった。


 息をするように当たり前の様に人の命を救う、という在り方は諸星の掲げる理想に限りなく近い。

 ある意味究極の生き方だった。そんなさくらを尊敬すらした。


 こいつなら俺を理解してくれるんじゃないか?

 こいつなら俺の全てを吐露しても受け入れてくれるのではないか、そんな期待すらしかけていた。


「なぁ、もし俺が――」

「でもさあ、諸星君」


「ああいうの、もうナシね」


 ジクッ……と心臓に染み込むような嫌な感覚が走った。彼女はまだ何も明確にしていない。

 だが、諸星には手に取るようにわかってしまう。彼女が何を否定しているのか。


「……何をだ?」

「自分突っ込ませて人助けんの。あれさ、やっぱよくないと思うの。自己犠牲って奴」

 

「あんなことして諸星君が死んじゃったら、お婆ちゃんきっと悲しむから」


 それは、諸星がずっと目を背けていた事だった。


 自分は偉大なことをした、立派なことを成し遂げた、そう思っていた。


 だが、それによって不利益を被る人がいる。悲しみに溺れる人がいる。

 その事実を直視したくなかった。


 それを今突きつけられた。


 自分の理想に最も近しいと思っていた人物に。シンパシーを感じていたのに、はしごを外された気分だった。


「それに、私や逢ちゃんだって悲しいからさ」


 追い打ちをかけるようにさくらは続ける。


 いつものように言い返したかった。だが、どうしても反論の言葉が出てこない。


 彼女の言っている言葉は自分から吐き出されるどの言葉よりも正しく、何よりも彼女の心の底から思っている強い本音だった。


 ――その言葉を俺は否定できるのだろうか。


「……ああ」


 諸星は口を開く。言葉を返す為に。


「考えておくよ」


 諸星は今更生き方を変えることができなかった。

 かと言って否定もできず、肯定すら曖昧なものしか返せなかった。


「そ、ならよかった」


 さくらはその答えだけでも満足そうにしていた。諸星の胸中を知らぬ彼女には、その答えだけで十分だったのだ。


「行きましょ。帰って課題進めないと」


 さくらは踵を返して正面を向いて歩き始めた。

 少し前まで隣を歩いていた彼女。自分と同じ側に立っていたと思っていた彼女。

 気付けば随分と距離が離れたような気がする。


 諸星たちの間を風が通り抜けた。日が落ちて気温が下がったとしても今の季節はまだまだ蒸し暑い。

 それなのに妙に冷たく感じる風だった。

お読み頂きありがとうございました!




続きが気になる!面白い!など思って頂けたら下にある☆☆☆☆☆から、この作品への応援をお願いします。




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