22 空の桶①
自分の目を気に入っていた。
母親似の大きな瞳、父親譲りの鋭く力強い眼光。
幼少期に、父に洒落にならないたずらを仕掛けて叱られた。その時の父の目は、大変迫力のあるものだった。
幼稚園の先生には「お母さんに似て目がとってもきれいね」と褒められた記憶がある。
そんな二人の特徴を併せ持つ「眼」を大変誇りに思っていた。
しかしいつの日にか、その目を隠すことが多くなっていた。
目は口ほどに物を言う。
その言葉通り、目から得る情報は非常に大きいものとなる。
人に好かれる為には、その情報こそが大きく関わってくる。
特に諸星の感情は目から伝わりやすい。そのふてぶてしさを感じ取った面倒な輩から絡まれることも少なくない。
だから学校の日だけは前髪を降ろし、目を隠していた。
だが、今は夏休み。学校に行かなくなれば、自然と前髪を上げることになる。
かき上げるようなオールバック。それが諸星仁海お気に入りの目を出す髪型。
その日、諸星は繁華街に買い物に出かけていた。
足りなくなった日用品から、新調したかった衣類、果てにはそこでしか売っていないチョコレート菓子を買うために街へ出向く。
その日は偶々、髪の毛を整えていなかった。理由は単純。ただ面倒くさかっただけ。
人と会うわけでもなく、たかだか買い物をするために、わざわざ髪の毛をセットするのはタイパが悪い。
そう思って髪の毛を降ろしたまま出掛けたのがいけなかった。今日この日は猛暑。今年の中でも特に暑い一日。前髪が肌に張り付く。正直ウザったい。
横着せずいつも通り髪の毛を上げていけばよかったと思い、顔を顰めながら諸星は真夏の炎天下を怠そうに歩いていく。
ドンッと下半身に何かがぶつかる。
視線を下に向けると、ズボンにべったりと青いペースト状の何かが付着していた。
その近くの地面には、アイスクリームだったものと思わしき物体が崩れるように落ちていた。
さらにその正面。尻もちをつき、涙目を浮かべながらこちらを見上げる小学校中学年くらいの少年が。
さらにその少し先に少年より少し年下と思われる、同じようなアイスを持った少女がオロオロと少年とこちらを交互に見比べていた。
アイスクリームを買おう。
家族でショッピングモールに出かけていた。
両親の用事が長引きそうになり「これで何か食べておいで」と母親から貰った小遣いを握りしめ、
少年は妹と共にキャンピングカーにでかでかと描かれた幾何学的な色をした甘味目掛けて足を運んでいた。
目当てのものを手に入れた少年はついついテンションが上がってしまい、周りを見ずに走り出してしまう。
それがいけなかった。
すぐに何かにぶつかって、アイスを落とす。誰かにぶつかってしまったのだと、少年は気づく。
「ご……ごめ――」
見上げる少年の視線の先にあったのは、下された前髪の間から見え隠れする非常に不機嫌そうな目つきの鋭い男の顔だった。
「…………」
髪に隠れて顔全体が見えず、表情が掴めない。
そんな最中、ギラついた瞳だけがチラチラと覗かせている。怒りの表装が全てあらわになるより、恐ろしく見えてくる。
「あの……その……」
男は膝を折り曲げ少年に手を伸ばす。
胸ぐらをつかまれるのではないかと思い少年は体をぎゅっと縮こませ、目じりに涙を浮かべながらも許しを請う為になけなしの言葉を紡ぎ出す。
「あのっ……ごめ――」
「ダメじゃないか。ちゃんと前を見て歩かなきゃ」
ぶつかってきた少年に手を差し伸べる。
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした少年の手を取り起こす。
「ちゃんと周りを見て歩かないと危ないぞ」
髪をかき上げながら少年の顔の高さに目線を合わせ、肩に手を置きながら優しく諭す。
「ご、ごめんなさい」
恐ろしい人にぶつかってしまったのではないか、と思っていた少年は諸星の態度に安心して不意に涙を零してしまった。
「あの子、君の友達?」
諸星は少年の後方で不安げな目をしながらこちらを見つめる少女に気を向ける。
「え? ……いえ、い、いもうとです……」
「なんだ。君、お兄ちゃんか。だったらこんなことで泣いちゃだめだぞ? お兄ちゃんってのはいつだって妹を守るために強くあるもんだ。ほら、これあげるから」
アイスを落として落ち込んでいると勘違いした諸星は、リュックサックから買い込んでいたチョコレート菓子を二箱少年に渡した。
「妹と分け合うんだぞ」
「う、うん。ありがとう」
そういって少年はパタパタと妹のそばにかけ寄り、この場を後にした。
彼女の手を握りながら。
なんだかいいことをしたような気分だ。
ズボンについたアイスをティッシュでぬぐい取り、その後の仲睦まじいあの二人に思いを馳せていた。すると――
「なによあなた。やっぱりやればできるじゃない」
横やりを入れるような声に目を向けると、仁王立ちでこちらを見つめている阿澄崎さくらの姿が見えた。
「…………」
水を差された気分だ。
「冷や冷やしたわよ。あなた、あんな小さい子たちにまで容赦ない対応取るんじゃないかって」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
「生き死にの関わること以外だと塩対応の男」
「子供にまで、んな対応取るかよ」
暑苦しいところにまた胃もたれするような奴が来たよ、と諸星は額の汗を服の袖で拭いながらそう答えた。
「あなた暇してる?」
藪から棒。
ほぼ出会いがしらにそう述べたさくらの誘いに面倒な雰囲気を感じ取った諸星は、いいや忙しい、と返す。
「ふうん、これから何するの?」
食い下がるか、ここは適当な用事を答えて場をやり過ごすしかない。
「あれとあれとあれを買ってあれをこうしてあれがだな……」
参った、暑さに頭がやられて何も用事が出てこない。誰がどう見ても暇な奴の言い訳だ。
そんな諸星の返答に対して、さくらは呆れるように腕を組みながら指摘した。
「なあにが忙しいよ。用事の一つも言えてないじゃない」
「あのなあ。毎日毎日、バイトのない日はプールだのバーベキューだの祭りだの連れ回しやがって! たまには一人でゆっくり休ませてくれ」
「なによ。休みの日の父親みたいなこと言ってだらしないわね。それでも男の子? 私達ティーンエイジャーは学業やバイトの疲れを遊びで解消するものよ。ちょっと体力ないんじゃないの? それで消防士が務まるのかしら」
言わせておけばこの女。そう思い諸星は面倒くさそうに髪をかき上げる。
「大体こんなところで一人でなにしてんだよ」
「友達とカラオケ行く予定だったんだけど、一人が熱出してね、そのままお流れ」
「だったら家でゆっくり過ごしてればいい。こんなクソ暑い中外なんか出ずに。クーラーきいた部屋で宿題でもしてろ」
しっしっ、と諸星は手で払うような仕草を取る。
「嫌よ! もう今日は外出する気分だったんだから! それにこんなお天気よ? 外に出ないでどうするのよ!?」
さくらの手にはタピオカミルクティーの入ったプラスチックのタンブラーが握られている。既に一人でも楽しく過ごしているように見えた。
「結城でも誘ったらどうだ?」
「逢ちゃんは今家族と帰省中よ」
「他の友達は?」
「日焼けが気になるから今日は外に出たくないって」
「はは、違いない。こんなクソ暑い中に日焼けも気にせず外出してるお前は女子力って奴が足りないんじゃないか?」
「ちゃんと日焼け止めは塗ってるわよ! それに私はちょっと焼けててもかわいいの!」
自分で言うか? それ。
そんな諸星の冷ややかな目線など意に介さずさくらは諸星の腕を取る。
なんならちょっと極めている。
「さあさあ、暑いんなら涼しいところに連れてってあげるわよ。いざクーラーのきいたカラオケボックスへGOGOGOGOGO!!」
「ちょ、引っ張んな強引に!」
涼しいところに行こうと強引に連れていく様は、さながら渋谷のセンター街に待ち構えているナンパ師のようだ。
極められた腕に柔らかいものを感じながら、諸星は半ば無理やりさくらに連れていかれるのだった。
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