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アヒ  作者: ゲントク
―第三章― 見捨てられない私だから
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幕間①

「ただいま」


 ガチャリ、と鍵が回る音と共に、仁海ちゃんが戻ってくる。

 まるで私達夫婦の家にいた時のようにゆったりと寛ぐような足音で、こちらに向かってくる。


 ああ、今はここが孫の住処だということが伺えて少し妬ける。


 建物なんかに嫉妬するなんて、歳は取りたくないものね。

「おかえり、仁海ちゃん」


 私はというと、あの子達を見送ってから、夕飯の準備をしていた。


 二人に声をかけてもらう前に、一通り買い物は済んでおいた。


 生麺とハム、それと予めこの家に送っていた、知り合いの農家から頂いた野菜で夕食分の材料は揃う。


「お婆さん、料理なら俺が――」

「いいのよ。簡単なものだから。これくらいさせて頂戴」


 今日の夕飯は冷やし中華。夏限定の、仁海ちゃんと燈ちゃんの大好物。

 お外からあっついあっつい、と帰ってきたあの子たちは、つめたい! おいしい! って笑いながら麺を啜ってたのを思い出す。


 農作物で作った、サラダやきんぴらごぼうも添えて、栄養が偏らない様に調整する。


 私がお願いするまでもなく、仁海ちゃんは箸やお皿の準備をしてくれる。阿吽の呼吸、というものかしらね。


「いただきます」

「はい、いただきます」


 我が家では、食事中に会話はあまりない。


 私は楽しくお喋りしながら食べることが好きだったけど、お爺さんは静かに食べるのが好きだった。

 だからそのように躾けてきたのもあるけど、この子は元々小さいときから食べることに夢中になり、食事中は実に静かなものだった。


 今、この食卓にお爺さんはいない。偶には慣れないこともしてみましょう。


「仁海ちゃん。最近どう? 学校は楽しい?」

「何ですか? 藪から棒に」


 仁海ちゃんは口に手を添えながらそう答える。


「ふふふ。あの子達と過ごしてるうちに、何か変わったかなと思ってね」

「別に変わりませんよ。普通ですよ普通」


 仁海ちゃんは、買い置きしておいたのであろうインスタントのお味噌汁をずずっと啜る。


「ちょっと異性と関わることが増えたくらいで変わる程、俺は単純じゃありませんよ」

「今の子達は落ち着いてるわねぇ。私たちの時代は異性と交流があっただけでも一喜一憂してたわよ? 特に男子は」

「騒がしくなったもんですよ。特に阿澄崎はきゃんきゃんうるさいし」

「あなたの声も相当大きかったと思うけど」


 二人で言い合う姿は、私から見たら随分と仲がよさそうに見えた。学生時代の同級生に似たような関係の友人たちがいたことを思い出す。


 その二人は幼馴染で、お互い腐れ縁だと言いながら、口喧嘩が絶えなかった。それでも彼らはいつも一緒にいて、学校を卒業してしばらくしたら、いつのまにか結婚していたのだ。


 そんな彼らのことを思い出す。意外と仁海ちゃんは女の子の尻に敷かれるのがいいのかもしれない。


「まぁ……確かに以前よりかは喋る頻度は増えたかもしれません」

「あら、……そう」


 それだけでも私にとっては大きな変化に思えた。ああやって言い合える仲の関係は、この子にとって、何かを吐き出せる貴重な存在になるだろう。言いたいことが言えずに溜め込むよりずっといい。


「二人との関係を大切にね」

「はいはい、わかってますよ」


 夕食が済み、仁海ちゃんが食器を片付けてくれる。私がやろうとしたけど、「いいや、お婆さんはゆっくりしていてください」ときっぱり断られてしまった。



◇◇◇



「少し早いですけど、今日はもう寝ましょう」


 仁海ちゃんがそういって、私たちは床に就く。敷いてくれためったに使われない来客用の布団は、まるで新品のような触り心地で大変気持ちがいい。


 うとうとしながら、ふと今日出会った二人に思いを馳せる。


 正直、私は彼女たちを羨ましく思ってしまった。


 仁海ちゃんが、あんなにも感情をあらわにして捲し立てる姿は初めて見た。

 私達には決して見せない表情、喋り方、雰囲気、それを彼女達は引き出した。


 家族と他人で見せる姿が違うのは当然のことだけど、あの子は私達にも一線を引いている。


 家族のように振る舞い、私達のことを大事に想ってくれてはいるのだろうけども、それでもどこかで線引きがある様に思えた。


 私達に敬語を使うことが良い証拠だ。昔はあんなにも、ばあちゃんばあちゃんと呼んでくれたのに、今では他人行儀にさん付け。


 最初は武道を教えたお爺さんの教育によって仁海ちゃんの意識が変わったのだと思った。でもやっぱり違う。そういうものじゃない。

 私にはその接し方がどこかよそよそしいものに感じてしまう。


 それはきっと、大切な家族でありながら、深く入り過ぎない為のブレーキの役割。


 燈ちゃんの葬式の後、塞ぎこんでいた仁海ちゃんはこう言っていたことを思い出す。


『俺がいるからお父さんもお母さんも、燈も死んだんだ』


 きっとお爺ちゃんもお婆ちゃんも……と、仁海ちゃんは続けた。そういう思い込みもあったからこそ、今の歪な接し方になっているのだろう。

 あの子は私たちに対しても心の底の本音を出してくれないのだろう。そして私にはそれをこじ開けることができない。


 でもあの二人は違う。仁海ちゃんはどこかあの子達に心を許しているようにも見える。


 私達にはできなかったことを、あの子達なら。

 そう思うと急に眠気がやってくる。年寄りはすぐに眠くなる。もう少し考えていたいのに。


 でも今日はあの二人に会えて本当によかった。そう思いながら私の意識は深く沈んでいった。

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