20 生き物係
日はすっかり沈み、街灯に照らされた静かな歩道を私たちは歩く。
一日中勉強していたことも相まって、中々どうして疲労感を感じる。油断してふわぁ~っとあくびをしてしまう。
我ながらはしたない。
「……祖母が世話になったようだな。礼を言う」
私たち二人を交互に見て諸星君は頭を下げる。
いつもとは違う素直さに驚くが、そんなことは気にすることではない。いつも通りやりたいことをやっただけなのだ。
諸星君のお婆ちゃんだから声かけたってわけでもないし。
「別に礼を言われるまでのことじゃないわ。それよりちゃんと言っておいた方がいいわよ? 暑い中、一人で遠くまで出歩かない様にって」
「ああ、その通りだ。こればっかりは口を酸っぱくして言っておく」
困ったものだ、と諸星君は頭を搔きながら呟く。
親代わりとはいえ、年の離れた老夫婦に手を焼くこともあるのだろう。農夫は似合わないけどいい介護師にはなりそうねあなた。
「でも、いいお婆ちゃんね。諸星君のこと、すごく大事に想ってくれてる」
逢ちゃんがそうやって和美さんをフォローする。彼女も和美さんのことを相当気に入ったようだ。
「ああ。……身寄りのない俺達を嫌な顔一つせずに引き取ってくれたんだ。……あの様子だと俺の生い立ちのことはもう聞いているんだろう?」
『お父さんとお母さん、そして燈ちゃんを亡くしたあなたを蝶よ花よと扱ってきましたが』
和美さんの言葉を聞いて動揺一つしなかった私達を見て、諸星君は察したのだろう。
……きっと、本当は知られたくなかったのではないか。
多分、この男は憐れまれるのは好きじゃない。勝手に自分の内側に土足で踏み入られ、勝手に同情されるのは、私でもいい気分じゃない。
「ええ、その、随分大変だったみたいね」
もっとスマートで気の利いた言葉が出てくればよかったのだが、今の私にはこれくらいしかかける言葉が思い浮かばなかった。
家族が死んで、自分一人だけ取り残された彼の心を推し量ることは、私には難しい。
これが私たちが知りたかった諸星君の内情。成り行きで暴いてしまったのだが、本当にこれでよかったのだろうか。
いたずらに私達が知ることで、かえって彼を余計に傷付けてしまったのではないか。
あの時、彼が逢ちゃんを言葉で傷つけたのは事実だ。だからと言って私達が彼を傷つけていい理由にはならない。
本当にこれで――
「もう随分と昔のことだ」
そんな私の葛藤とは裏腹に、諸星君はあっさりと答える。
こんなこと知られても大したことじゃない。そう言いたいかのように、彼は普段通りぶっきらぼうに振る舞う。
もしかして気を使ってくれてる?
「……諸星君。兄妹がいたのね……」
風でひらりと揺れたスカートの端をぎゅっと握りしめながら、逢ちゃんは問い掛ける。
その仕草は、単に風でめくれない様にスカートを押さえる為だけの仕草ではないだろう。
場合によっては、諸星君の逆鱗にあたる部分に触れることになるのかもしれないのだから。
「……ああ。いたさ」
彼は遠い目をしながら、すぅっと息を大きく吸い込む。そこに怒りはない。悲しみも。
「交通事故さ。車にね。ちょうど、あの時と同じように」
あの時。私たちにとって始まりのあの時。諸星君が、逢ちゃんの妹さんの彩ちゃんを助けた時のことで間違いないだろう。
「……ごめんなさい。あなたがそんな辛い思いをしていたのに……そんなことも知らないで私は……彩ちゃんと……」
妹を持つ二人。片や喪った者。片や喪いかけた者。
私なんかより、逢ちゃんの方がよっぽど彼の痛みを理解できるだろう。だからこその負い目を今感じている。
自分だけ妹と、家族と幸せに暮らしている後ろめたさ、罪悪感を。
「……君とは……ついでにこいつも」
少し考えて諸星君は口を開き、ジロリとこちらを横目で一瞥する。なによ。やるっていうの?
「……色々あったと思う。良くも悪くも……なんなら悪いことの方があったまであるか」
再びこちらを見やる。お? やるか? お?
「それでもあの時の行動を一度たりとも後悔したことはない。君の妹を、俺自身の手で助けることができて本当によかったと思っている。これだけは今後も変わらないだろう」
「諸星君……」
「へーへー、すみませんね悪いことの方で」
お互い良い雰囲気になっているところで水を差さしてもらう。私のことも忘れてもらっては困る。
「言っておくけどあなた、その悪い私も含めて、これからちゃんと関わっていかなくちゃいけないんだからね」
苦虫をかみつぶしたような表情で諸星君は頭を搔く。ねえ、私と逢ちゃんで対応違いすぎじゃないかしら。
別にいいけど。
「あなたがどう生きようが勝手だけど、農家になりたくなければ精々まともにコミュニケーションを取れるようになることね」
「お前に言われなくてもわかってるんだよ。それに人をコミュ障みたいに言うな。俺はちゃんと職場の人達ともうまくやってんだよ!」
「表面でちゃぷちゃぷやってるだけでしょう? 友達の一人もできない人が、一人前気取ってんじゃないわよ!」
「余計なお世話だ。一言も二言も余計なんだよお前は! 大体農家なんてとはなんだ! 彼らのおかげで俺たちは美味しく栄養のある作物を食べさせて頂けるんだ! お前は自分たちを支えてくれる職業に対してリスペクトが足りないんだよ!」
「ちょっと! 捏造はやめてよね! なんかなんて言ってないわよ!」
「いいや、言ったね。お前みたいなやつはこういう時言うんだよ! 前例があるからな!」
「言ってない! 絶対に言ってないから!」
「はあ、こうなると必ず私が置いてきぼりになるのよね」
呆れて溜息をつく逢ちゃんを横目に、私と諸星君は口喧嘩を重ね続ける。
静かだった街灯の道を、喧騒で賑わせるのだった。
◇◇◇
口論も落ち着いてきたところで、駅にたどり着く。ここで諸星君と別れることになるが――
「あ、そうだ」
鞄の中からスマートフォンを取り出して、ルインを開く。
「諸星君、ルイン。ルイン交換しましょう」
ルインが、多くの大衆に普及されているモバイルメッセンジャーアプリなのは、誰もが知っていることよね。
この期に及んで諸星君は、「個人情報が抜かれるからやっていない」とすっとぼけてくるが、家を出る前に和美さんとこっそり交換しているのだ。
和美さんに聞けば真偽がわかると、笑顔で交渉したら諸星君は観念してスマホを明け渡した。
「はい。登録完了。これでお友達ね」
「三人でグループを作りましょう。グループ名何にしましょうか」
逢ちゃん気持ち高いテンションで提案する。
「そうね……よし! これで決まり!」
程なく、諸星君のスマホにも招待を知らせるメッセージ音が鳴る。口元をへの字にひん曲げながら、諸星君は画面を覗きこむ。
【諸星君係(2)】
「おいなんだこのふざけたグループは! 俺は飼育小屋の兎か!?」
「失礼ね。うさちゃんに失礼でしょう。あなたなんて精々、小学生の自由研究で夏休みの間だけ飼育されるザリガニがいいところよ」
逢ちゃんが堪らず噴き出した! 我ながらぴったりなフレーズだ!
「ゆ……結城まで俺をザリガニだと笑うのか……」
「ご、ごめんなさい諸星君! でも……っ!」
口元を抑えながら逢ちゃんは笑う。諸星君はそんな彼女を責める気にもなれず、深い溜息をついた。
「でも……すごくいいわ。この名前。病院でお世話してた時のことを思い出す」
「おいおい、あの時も俺を水棲節足動物だと思って接してたのかよ。勘弁してくれ」
「ふふっ、そうね。手のかかるザリガニさんだったわ」
経験上、女子が結束してしまえば男子は勝てない。この法則は諸星君のようなトンチキな男でも通用するようだ。
「はぁ……」
ピコン、ピコン、と私と逢ちゃんの携帯も通知音を鳴らす。
【諸星君係(3)】
……決まりね。
「それじゃあ、諸星君、あとでシフト表送ってよね」
「シフト表? なんでそんなものを――」
「予定立てるからに決まってるじゃない! せっかくの夏休みよ! やることやりつつ遊び倒すのよ!」
スマホを振り上げながら私は高いテンションを持て余す
「俺までお前の遊びに付き合わされるのか……」
「あったりまえでしょ! 真っ当な信頼関係を築くには遊ぶのが一番よ! さてさてどこに連れ回し倒してやろうかしら」
海? それとも山? BBQにスイカ割り! なんだってやってやろうじゃないのよ。
「私、そろそろ行くわ」
私がウキウキ予定を立てていると、時間を確認した逢ちゃんがそう告げた。
「またね、諸星君」
逢ちゃんが小さく手を振る。
「……ああ、またな」
電車が停まったのか、人の通りが一気に増えていく。その人波に逢ちゃんは消えていった。
……今度こそ言えたわね。
「私も行くわ。それじゃあまた」
「ああ、また」
その言葉を確認すると、私は逢ちゃんを追う為、駅の方へ向き直り、改札を通っていく。
今日は電車で帰ろう。偶には別の道を辿るのも悪くない。
「……逃げてばかりだな」
後ろで何かを呟く声が聞こえた。振り返ると、諸星君は踵を返して、人混みに紛れていく。
私にとっては腐れ縁、彼女にとっては大切な友人。彼はその二つを獲得した。
夏休みは始まったばかりだ。これから、彼、彼女らとの時を過ごし、その関係もまた変わっていくのだろう。
ああ、楽しみだ。明日はどんな事があるのだろう。一体どんな物語を紡いでいくのだろう。
一度しかない高校二年生の夏休み。私の青春はどこまでも続く線路のようにまっすぐに疾走するのだった。
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