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17 可愛らしいおばあちゃん

―――さくらSide




 夏。

 そう、夏だ。

 私達は、夏休み早々、図書館に集まって学校から出た課題と向き合っている。


 始まりは逢ちゃんからの連絡だ。今日は、ぼちぼち部屋の掃除でもしようかと思い、バッテリーを掃除機に装填していざお片付け! と言ったところで逢ちゃんから電話が来た。もしや遊びの誘いでは!? と思い、意気揚々に電話に出たところ、夏休みの宿題をさっさと片付けたいから一緒に図書館に行かないか、という誘いであった。


 せっかくの夏休みなので、会うのならどこか遊びに行きたい気分だったが、せっかくの逢ちゃんからのお誘いだったので、急遽予定を変更して朝から学校近くの図書館に向かったのだ。 


 途中、お昼休憩を取りながらも朝から夕方まで黙々と進めていたので、早くも数学の大半が終わってしまった。とはいえ、一日中勉強しっぱなしだったのでそれなりに疲労感はあり、逢ちゃんも大きく伸びをしている。


「今日はこのくらいにして帰りましょうか」


 逢ちゃんがそう切り出す。


「ふわぁ……そうね、根詰めればいいってもんじゃないものね」


 大きくあくびをし、肩をごりごりと大きく回す。胸が胸なので、人より肩が凝りやすいのよね私。眠い目をこすりながら図書館を出た。


「逢ちゃんは夏休みどこかに行くの?」

「そうね。お母さんの実家の北海道に帰省するくらいかしらね」

「北海道かあ。いいわね、涼しくて美味しいものが食べれそうで。お寿司のネタが大きいんでしょ? こっちと比べて」

「ええ。お魚は大きさの割に値段も安いし、新鮮でとても美味しいわ。こっちと比べて気温だけじゃなく湿度も高くないから過ごしやすいと思う。暑いことは暑いのだけどね」


 他愛もない会話をしながら私たちは駅に向かう。その途中で道の真ん中でしゃがみ込んでいる和装のお婆さんを見かけた。


「ごめん、ちょっと」


 今日も昼間は暑かったし、熱中症だろうか? 私はお婆さんのもとに駆け寄り、声をかける。


「すみません、大丈夫ですか?」

「あぁ、すみませんねえ、遠くから来たもんだから疲れちゃってねえ……」


 お婆さんは顔色こそは悪くはなかったが、汗をかいており、疲労感が顔に出ていた。


「それは大変! ここだとまだ少し暑いので、場所を移動しましょう。逢ちゃんごめん! 適当にスポドリお願い!」


 ポケットから財布を取り出して逢ちゃんにパスする。ナイスキャッチ。わかったわ、と逢ちゃんはタタッ、とドリンクを買いに走って行った。


 お婆さんの手を取って、近くの木陰のベンチに移動する。


「こちらどうぞ」


 鞄から塩タブレットを取り出し、お婆さんに渡す。

 熱中症のリスクがあるこの時期にタブレットは外せない。必要な時に必要なものを常備するのが、できる女の秘訣なのだ。


「ありがとうねえ。でも本当に熱中症ではないのよ。ちょっと張り切り過ぎちゃって、荷物を多く持ってきちゃって。ほほほ、疲れたわあ」


 木陰で休めて少し気分がよくなってきたのか、お婆さんはお上品に袖で口を隠しながら笑う。

 可愛らしいお婆ちゃんだ。こういう歳の取り方をしたいものね。


「油断は禁物ですよお婆ちゃん。高齢者の方は暑さを感じにくかったり、喉の渇きに気付けなかったりして熱中症にかかりやすいですからね。自分では大丈夫だと思っていても、熱中症の初期症状が出てる可能性がありますから」


 実際、熱中症で運ばれる人の半分以上は六十五歳以上のお年寄りなのである。

 マジで気を付けてねお婆ちゃん。


「すぐに友達が飲み物を買ってきてくれるので、もう少し休んでましょうか」

「ありがとう、お若いのにしっかりしてるわねえ。おいくつ?」

「十六歳です」

「あらあら、うちの孫も同じくらいでねえ。五代高校ってとこに通ってるの」

「あら、奇遇ですね。私達も五高ですよ」


 遅ればせながら紹介しよう。私達の通っているところは市立五代高等学校、通称五高と呼ばれるところなのだ。


「あらあらまあまあ、孫を訪ねに遠くから来たと思えば、孫と同じ高校の方に親切にされるなんて、こんな偶然あるものなのねえ」


「あら、お孫さんのところへ向かっていたのですね」


 こんないたいけなお婆ちゃんを遠くから迎えもよこさずに来させるなんて、なんて奴だ。

 普通、帰省ついでにそっちから出向くもんでしょうが。是非ツラを拝みたいものね。


「ええ、ええ、もう少しってところで疲れちゃってねえ。私ももう歳かしらね。若いときのようにはいかないわ」

「この近くにお孫さんの家が?」

「ええ、あと十五分程歩けば着くはずなのよ?」


 なるほどなるほど。さて、このままお婆ちゃんを一人で向かわせてしまっていいのだろうか。


 本人は大丈夫とは言ってたが、道端でしゃがみ込んでしまうほどに疲労した老人を十五分も歩かせるのは心配だ。第一、重そうな荷物だって持って行かねばならない。それに――


「おまたせ」


 逢ちゃんがスポーツドリンクを三本抱えてこちらに戻ってきた。

 全員分用意してくれるなんて流石逢ちゃん。気が利くわね。祖母をわざわざ来させるどこぞのドラ孫とは大違い。


「ありがとう逢ちゃん。私はこのお婆ちゃんを家まで送ってくいくわ」


 たかだか十五分程度の距離、追加で歩くくらい若者の私なら屁でもない。何よりこの人の孫とやらに文句を言ってやらないと気が済まない。お婆ちゃんが熱中症で倒れたらどうすんだ!って。


「いいのよそんな、私のことは気にしなくても」

 

 お婆ちゃんは手を左右に振ってそう言った。


「いえいえ、お孫さんが同じ学校に通ってますし、ここで会ったのも何かの縁だわ! お婆ちゃん、迷惑でなければ是非とも私に送らせてちょうだい!」

「あらあらまあまあ、最近の若い子はこんなにも優しいのね……」


 お婆ちゃんは両手を合わせて笑顔で微笑んで感謝してくれる。これこれ。これだからこういう人助けはやめられないのよね。


「だからごめん逢ちゃん、先に帰ってて」

「……いいえ、私も付き合うわ」


 そう言って逢ちゃんは、お婆ちゃんの荷物をすべてひょいと持ち上げる。


「さくらはお婆さんの手を引いてあげて。私は荷物を持つから」

「逢ちゃん……」


 良い子だ。マジで良い子。将来私が老いたらこんな可愛くて優しい子を孫に欲しいわ。


 おしめとか変えられちゃうのかしら。


「あらあらお友達もかわいい子ねえ。こんなかわいい子が二人も来ちゃったらあの子びっくりするんじゃないかしら」


 お婆ちゃんは両手を口に添えながら、うふふと笑っている。


「あはあは、いやあ、そんなことはあるかもですねえ」


 逢ちゃんが来てくれてすっかり上機嫌な私は、気が緩んで謙遜を忘れて増長してしまう。ああ、さっきまでキリリとかっこいい私だったのに。


「それでは行きましょう、お婆ちゃん」


 お婆ちゃんに手を差し出して、私達はゆっくりと歩き出す。


 約二十分、長いようであっという間だったけど、私たちは学校がどんなところだとか、先生はどんな人だとか、色々な話をお婆ちゃんに聞かせた。お婆ちゃんも孫が通っている学校がいいところだと聞いてとても嬉しそうに笑っていた。


 きっとお孫さんのことが大好きで、大切で、愛しているんだなぁ、とその笑顔を通して感じられた。

 もしかしたら私が思っていたようなドラ孫ではないのかもしれない。こんな素敵なお婆ちゃんに愛されているんだもの、きっといい人なのだろう。


 黄金色の光が目に染みる、とても綺麗な夕空だ。優しい光に身を包まれながら、私達三人は歩を進めていく。ゆっくり、ゆっくりと。



◇◇◇



「着いた着いた。ここよ、ここ」


 お婆ちゃんが一棟のアパートを指さす。少し年期が入っているが、比較的綺麗なアパートだ。


 階段を一段一段ゆっくりと踏みしめる。お婆ちゃんが転ばないように私達はしっかりと支えながら二階まで上がっていく。

 階段を上がりきり、道中の一室で立ち止まる。バッグから鍵を取り出し、扉を開ける。


「さあさあ、上がって頂戴。今、美味しいお菓子を用意しますからね」

「いえ、そんなお構いなく、私たちはこの辺で」


 もうお孫さんに文句を言う気がなくなった私は、ご迷惑をかけてはいけないと思い、遠慮がちに申し出を断ろうとする。


「何を言ってるのよ。ここまで親切にしてもらって、お茶一つ出さないなんて不義理なことできませんよ。さあ、遠慮しないで」


 そう言ってお婆さんはパタパタと家の奥へ向かっていく。


「……お邪魔しよっか、逢ちゃん」


 見返りを求めて行動しているわけではないが、人の親切を無下にするほど野暮じゃない。ありがたく美味しいお菓子とやらに舌鼓を打つとしよう。


「……逢ちゃん?」


 振り返れば逢ちゃんが目を見開いて、驚いた表情で固まっていた。


「さくら……これ……」


 逢ちゃんの視線が向く物に目を向ける。そこには、家主の苗字らしきものが書かれている表札が。


「これって……」


【諸星 MOROBOSHI】


 この苗字を私たちは知っている。


 ふと、この前、諸星君と一緒に帰宅した時のことを思い出す。

 私はバスに乗って帰宅したが、諸星君はバスに乗るどころか、駅に入ることもなく、徒歩で帰っていた。


 公共交通機関を使う生徒は大抵あの駅を使う。中には自転車をこぎながら汗だくで遠くから登校してくる子もいるが、諸星君はそのどちらにも当てはまらない。

 ということは学校から徒歩圏内の場所に住んでいるということになるわけだ。そしてこの家もその条件に当てはまる。


「お、お婆ちゃん!」


 靴を脱いで部屋の中に入る。台所と思わしき所にお婆ちゃんがお茶の準備をしながら立っていた。


「あら、どうしたの? そんなに血相を変えて」

「いや、あの、……そういえばお孫さんのお名前を聞いてないなと思って」


 勢いよく入ってきた私に少し驚きながらも、お婆ちゃんはにっこりと笑って告げる。


「そういえば言ってなかったわね。仁海ちゃん。諸星仁海ちゃんって言うの。うふふ、女の子みたいな名前でしょう? でも立派でたくましい男の子なのよ」


 確定だ。私達は諸星君のお宅にお邪魔をしている。本人不在で。

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