15 渡り廊下にて
あちゃあ、まさかの鉢合わせ。頃合いを見て撤退しようと思ってたんだけどな。
「どうした諸星。あの譲ちゃん達と知り合いか?」
「……いいえ、知らない人達ですね」
左手で髪をかき上げながら面倒くさそうな顔をした諸星君は、ツカツカと早歩きで私達の前まで歩いてくる。
「出口まで案内します。こちらへどうぞ」
事務的で平坦な声色で、諸星君は私達についてくるように促す。
廊下に出て一通りの少ないところに出たタイミングで諸星君はため息をつきながら口を開く。
「……なんでお前達がいるんだよ。まさかとは思うが、俺の跡をつけてきたのか?」
「そんなわけないじゃない。たまたま外で話してたら、あのお姉さんに連れて来られたのよ。私達だってびっくりしたんだから」
「……そのカツラとメガネは?」
「カツラじゃなくてウィッグよウィッグ! 休日の時くらいイメチェンして非日常を味わいたいの。それが女の子ってものなのよ。あなたにはわからないだろうけど」
「本当かよ……」
諸星君は納得いかなさそうにそう吐き捨てる。隣の逢ちゃんは私の顔を見ながら少し引いたような顔をしていた。
いやいや、そんな「よくもまぁいけしゃあしゃあと……」みたいな視線を向けられましても。
逢ちゃんは嘘とかつけないタイプなのかしら。女の子にとって腹芸は基本スキルよ。逢ちゃんもきっとわかる日が来るわ。
「ところで、なんで工事現場なんかでバイトしてるのよ。高校生らしくもない」
「なんかとはなんだ、なんかとは。職業差別なんて今どき流行らないぞ。ブルーカラーの人達だって頑張って働いてるんだ。大体、彼らがこうして汗水たらして建物やら道路やらインフラやらを整えてくれているおかげで俺たち市民が快適に暮らせて――」
「はいはいはい、なんてって言って悪かったわよ。ごめんなさいでした」
変なスイッチでも入れちゃったかしら? 藪蛇になると面倒なのでここは適当に引き下がるに限る。
それはそれとしてごめんなさい土木の人達。いつも感謝しているわ。
「ったく、ここで働いてるのは単に時給がいいからってのと、いい運動にもなるからだ。給料を貰いながら鍛えられるんなら、願ったり叶ったりだからな」
諸星君は襟を正しながらそう答えた。
「あら、随分健康的な理由ね。無駄にガタイがいいのもここでの労働の賜物かしら」
「普段から鍛えているだけだ。あと一言余計なんだよお前は」
「聞いたことがあるわ。男の人は筋肉をつけ始めると、鏡の前でポーズをとりながら自分の肉体を観察するって」
藪から棒に逢ちゃんが見当はずれな話をし始めた。
この子やっぱりちょっと天然入ってるわよね? 成績トップな優等生でしかもちょっと天然って属性過多じゃない? 大丈夫?
「あなたもそういうことをしているのかしら」
「…………」
苦虫を噛み潰したかのような顔で諸星君は押し黙ってしまった。
え、なに? 諸星君もそういうタイプなの? 夜な夜な服をはらりと脱いで、鏡の前でセクシーポーズをキメる自分を熱い視線で見つめちゃうタイプの人?
なにそれ想像したら笑っちゃうんですけど。
「そりゃあ……鍛え始めの時はどれだけ筋肉がついたか確認するし、筋肉がついてきたら自分の成長が嬉しくてついつい観たりくらいはするさ……」
「そう……」
マジか、やっぱ筋トレしてる人ってそうなんだ。
かくいう私も美容の為にエクササイズはするし、ダイエットに成功したら痩せた自分の身体を確認したりはする。そういうのと同じなのかも。
それはそれとして、自分から聞いておいて興味なさそうに返事しないであげて逢ちゃん。
「……別に俺はボディビルみたいに見せるための筋肉が欲しいわけじゃない。将来使う、機能的で実践的な筋肉の為にトレーニングしてるだけだ」
「将来使う筋肉? 何に使うの?」
逢ちゃんは首をかしげて諸星君を見つめる。
「教える気はない。ここから先はプライベートの話だ」
相変わらず自分のことは話さない男だ。
それにしても将来使う筋肉。……ピーンと合点がいった。
「将来は警察官だとか消防士だったわよね? 確かに体が資本な職業だわ。今のうちに鍛えているってわけね」
パチンと指を鳴らしながら私は当ててみせる。
「……すごいわ。やっぱり諸星君ってそういう方面に進むのね」
目を輝かせながら、逢ちゃんは諸星君を見る。
確かに、助けられた逢ちゃんからすれば、諸星君と命がけで人を救うお仕事は解釈一致のベストマッチなのだろう。
それを受けた諸星君は気まずそうに「余計なこと言いやがって……」と私を睨み付ける。
おーこわ。
「はぁ……。ほら、出口だ。仕事の邪魔だからとっとと帰れ」
「えぇ、えぇ、言われずとも帰りますよーだ」
売り言葉に買い言葉。べーっと舌を出しながら諸星君を威嚇する。
一々一言多いのよこの男は。上司から命令されたんだから私たちを見送るのもあなたの仕事でしょう? 職務怠慢はみっともないわよ。
「諸星君」
振り返った逢ちゃんの右手は、彼女の胸の前まで上げられる。主張せず、慎ましく、ちょこんと控えめに上げられたてのひらは諸星君の方を向いていた。
「またね」
うっすらと口角があがり、目だけで微笑む彼女のてのひらは小さく振られていた。決して大手を振っているわけではないその右手。だが「また会いましょう」メッセージが込められている仕草だった。
「……あぁ、じゃあな」
その挨拶に毒気を抜かれたのか、諸星君は頭をかきながらぶっきらぼうにそう答えて、建物の中へ消えていった。
そこは「またな」でしょこの馬鹿。
「さ、行きましょう。さくら」
「え、えぇ。この後どうしよっか」
「まだ帰るには早いと思うの。どこかゆっくりできる場所はないかしら」
ゆっくりできる場所、休憩できる場所、……なにも含みはないはずなのだけどちょっと変なことを考えてしまうのは私の悪い癖ね。反省。
「カラオケなんてどうかしら。逢ちゃんは音楽とか聴くの?」
「好きな曲なら聴くけど、流行りの曲はわからないわ」
「全然へーきよそんなの。好きなの歌いましょう!」
カラオケ。それは老若男女、人種問わず、あらゆる人間が音楽を楽しめる魅惑のボックス。
我々女子高校生にとっても憩いの場である。ある者は流行りの曲を練習して披露し、ある者は自分の趣味趣向に一直線に突き進み、あるものはドリンクバーでいかにも不味そうなドリンク制作に勤しむ。
そこには放課後の青春を彩る沢山の絵の具があるのだ。
むさくるしいあの筋肉馬鹿のことは一先ず忘れて、私と逢ちゃんの青春の一ページを刻む為、空のオーケストラへと向かうのであった。
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