14 諸星君のアルバイト?
「ごめんね。こんな時間に呼び出しちゃって。忙しかった?」
「ううん、平気よ。問題ないわ」
ある土曜日の午後一時頃。私と逢ちゃんは、とある駅近くのタピオカ屋に集まっていた。
今日来てもらったのは、改めて彼女と仲良くなるためである。
今までは共通の話題が諸星君だけだったので、いち友達として女子高生らしい会話をしてこなかった。今日でお互いの距離を縮めることができたらなと思っているし、あとかわいい女の子とお茶をして目の保養にしたいとも思っている。
今日の逢ちゃんは、白いブラウスに、青く長いフレアスカートを着ている。ザ・清楚スタイルである。
逢ちゃんは甘さ控えめの抹茶系を、私は甘さたっぷりのキャラメルミルクティーを頼み、店外に備えられたテーブルセットでくつろいでいた。
「妹さん、彩ちゃんだったかしら? あれから元気にしてるの?」
「ええ、おかげさまで元気いっぱいよ。あれから反省してるみたいで、道路を歩くときは慎重に周りをキョロキョロと伺いながら歩いているわ」
「偉いじゃない。それならご家族も安心ね」
ちっちゃい版逢ちゃんを想像した私は、ニコニコとしながらストローをズッと吸った。
「ところでさくら、あなた私に何か言うことがあると思うの」
「へ? 何かあったっけ?」
え? 何? なんかした? 私。
「この前の昼休み、あなたの教室に行ったら、あなたも諸星君もいなかったわ」
逢ちゃんはじとーっとした目で私を見つめてくる。何それその顔もちょっとかわいいわね。
「二人で随分仲良さそうに喋ってたじゃない。私抜きで」
え、何それ心外。諸星君がろくでもない思想を語った日の事かしら。
「ちょっとちょっと勘弁してよー。あれのどこが仲良さそうに見えるのよ? お互い憎まれ口を叩いただけよ」
「でも喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない。私と諸星君じゃ喧嘩にもならなかったわ」
「喧嘩というか口論というか……。少なくとも合う合わないかで言えば、私達は合わない方だと思うけど」
そんな他愛もない話を幾許か続けていると、ふと作業着を着ながら歩いている見慣れた男が目に入った。
髪はかきあげるようなオールバック。パッと見たところ見慣れない服装だが、カミソリのような眉毛、昭和だか平成だか曖昧な雰囲気の、彫りの深い顔。
間違いない、あの男だ。
「ねぇ、あれ諸星君じゃない?」
私はストローで店外にいるあの男を差す。
「本当……でもあの格好は一体なにかしら」
「わからない……でも行ってみましょう!」
「行くって……また後をつけるの?」
逢ちゃんがギョッとした顔で私を見た。
「大丈夫よ。こういうこともあろうかと、用意していたの」
カバンの中からおもむろに黒いウィッグと伊達メガネを取り出す。
「前回は制服で後をつけていたのと、私の髪が目立ってばれてたようなもの! これなら問題ないでしょう!」
はいこれ、と言いながら逢ちゃんにも伊達メガネのストックを手渡す。
「さ、見失わないうちに行きましょう!」
何か言いたげな逢ちゃんの手を引き、私たちは再び刑事物のドラマのように彼の後を追うのだった。
◇◇◇
フェンスとブルーシートが一帯を覆うように張り巡らされている一画に、諸星君は踏み入れる。工事現場だろうか?
「こんなところに何の用があるのかしら。アルバイト?」
「……それはちょっとありそうね。あの男、無駄に体ががっしりしてるから」
「中は……見れそうにないわ。しっかりとバリケードされている。……こっそり中に入ってみる?」
「やめておきましょう。不法侵入になるわ。ばれて学校に連絡されたら面倒よ。ここは引きましょ――」「お、いたいた! おーい君達!」
諸星君が入った入口あたりでまごまごしていると、後ろから作業服を着た若い女性に声をかけられる。
なんというか、頭の中に砂糖菓子でも詰め込んでるかのような、なんともアホっぽい表情をしていた。
「バイトの面接の子たちだよね、もう時間だから急いで急いで!」
そう言って彼女は私達の手を取り、建物の中に入ろうとする。
力つよっ! さすがは現場仕事で働く女性ね。バランスを崩してよろけそうになるわ。
「あの、私たちはちが――」
「大丈夫! 緊張しないで。うちはホワイトだし、女の子には優しいから」
この人、全くこっちの話を聞こうとしないわね。
おろおろと狼狽える逢ちゃんがこちらを見てくる。予想だにしていないアクシデントだけど、諸星君のことで何か情報が得られるかもしれないと思い、流されるままについていく。
(大丈夫よ。女の人もいるし、悪いようにはならないと思うわ)
(大丈夫かしら……)
気づかれないように、小声で意思疎通する私達。
「ほら、こっちこっち」
建物の中に入り、こちらを手招いている女性作業員の後を追う。
道中は工事現場特有の粉っぽい感じがしたが、案内された事務所の中は意外と整理整頓されており、想像していたよりきれいな職場だった。
「あの、工事現場のアルバイトって高校生でもできるのでしょうか?」
「もちろん。君達と同じくらいの高校生の男の子もうちで働いているよ? とはいっても十八歳未満は労基的にやることが限られてるけどね。まぁ、バイトの女の子が重いものを持たされるとかはないと思っていいよ。どっちかといえば書類作業とか職人さんの手伝いをやってもらうつもりだから」
私がそう問いかけると、女性の作業員は朗らかに答える。高校生の男の子というのはやはり諸星君だろうか?
状況から考えるに諸星くんがここで働いているのは、ほぼ確定と言っていいだろう。
そう考えていると、ヤクザのような強面の男が事務所に入ってくる。それに気づいた女性の作業員はぱたぱたと強面の男に小走りで向かった。
「監督、面接の子達お迎えしました」
「面接? それならさっき終わったぞ?」
「え、これからじゃありませんでしたっけ?」
「ちげぇよ。ついさっきもう終わったって。お前、誰を招き入れたんだ?」
そういって現場監督と思わしき男は、こちらを一瞥する。私は取り繕うように困ったように微笑みながら弁明する。
「いやーあはは、外で話してたら勘違いされちゃったみたいで……流されるままに入ってきちゃったんです」
「ええー! そんな! 言ってよー。勘違いしちゃったじゃなーい!」
「違うって言ったのに連れて来られました」
驚く作業員に対して冷静に返す逢ちゃん。
確かに違うと言おうとしたのに問答無用で連れて来られたようなものよね。私はちゃんと聞いてた。
「ばっかお前……スケジュール把握してないだけじゃなく、部外者上げてんじゃねーか。しっかりしてくれよな全く……」
「すみません監督……」
注意された女性の作業員はしゅんと小さくなって縮こまる。周りにいた事務所の人たちも、ははと苦笑いを浮かべている。この人、きっと普段からそそっかしい方なんだろうな。
「まぁいい、悪かったなお譲ちゃん達、もう帰っていい――」
「戻りました監督」
こちらに向き直る監督の謝罪を遮る様に、ツカツカと足音を立てながら若い男の子が入ってきた。
「次、何すればいいです?」
「おお戻ったか諸星。笹山がまたやらかしてな、部外者上げちまったんだ。丁度いいや。お前、譲ちゃんたちを送ってやってくれ」
「はぁ……構いませ――」
諸星と呼ばれた男の子は首をかしげながらこちらを見た途端、目を見開いて固まってしまう。
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