13 自分の為に
「ねぇ」
「…………」
「ねぇってば」
「……あまり話しかけるなよ」
「もいっこ質問、なんであなたそんなになっちゃったわけ?」
「…………」
「質問を変えましょうか。なんでそんな考えをしているあなたが、自己犠牲をしてまで他人を救う、なんて美談もいいところの行動を起こしたのか」
諸星君の弁当を食べる手が一瞬止まる。一拍置いて目だけをこちらに向けてくる。
「人を助けて称賛される、他者から認められる人間の周りに人は集まってくる、そういうものでしょ? それはあなたが求めていた穏やかな日常とは程遠いこと。そんなことあなたもわかってるはずよ。ねぇ、あなたどうして逢ちゃんの妹を助けたの?」
「助けなきゃよかったとでも言いたいのか? 黙って幼い子共が車に轢き殺されるのを指を咥えてみてろってのか?」
不快そうに諸星君はこちらを薄く睨みつける。
「そんなこと言うつもりはないわ、悪かったわね。でもこれではっきりした。とっさの判断とか、体が勝手に動いたとかじゃなくて、あなたは自分の意思でそれを行った。打算とかなく純粋な正義感で」
「だったらなんだって言うんだ」
はぁ、とため息をつく私を諸星君は横目で睨み付けてくる。私は呆れた顔で頬杖をつきながらその視線を返す。
「一周回って馬鹿だって言いたいのよ」
「好き勝手言いやがって。お前のように打算的にしか動けない奴なんかにはわからないだろうな」
「あら、いけない? 打算で動くこと」
嫌味のつもりで言った事に対して、あっけらかんと答えた私に、諸星君は一瞬虚を突かれたような顔をする。
「私はね、誰かの為だけに何かをするつもりなんてないわ。いつだって自分の為に行動してるの。誰かが困ってたら助けてあげたい。それに対して感謝してくれたら嬉しいし、褒めてくれたのなら凄く嬉しい。その度にもっと誰かを助けてあげたい、誰かを幸せにしてあげたいと思う。困っている人に手を差し伸べる私でいたいわけ。なんか文句ある?」
そう、私のやってきたことに何一つ後ろめたいことも恥じることもありはしない。そうやって胸を張る私を見て諸星君は苦々しそうに呟く。
「俺だって、散々自分の為にやってきたさ」
諸星君の目は先程の刺々しい目つきとは違い、思い悩むような眼をしていた。
その言葉は身を挺して他人の命を救ったことに対してなのか、はたまた人を拒絶してきたことに対してなのかは私には知る由もない。
「それって――」
五時限目を告げるチャイムが鳴る。長く話し込んでいたのか、いつの間にかこんなにも時間が経っていたのだ。
「やば、まだ食べ終わってない!」
急いで弁当の残りを掻っ込んでいると、諸星君は立ち上がりこちらを一瞥もせずに無言でドアを開けた。
「あっ……」
開けた扉の向こうには、逢ちゃんが気まずそうな顔で立っていた。
え? いたの? 入ってきてよ寂しいじゃない。逢ちゃんがいればこのじめっとした男のいる、湿り気の多い空間も華やかになったのに。
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。ただ、入るタイミングが掴めなくて……」
「……別に大した話なんてしてないさ」
ばつが悪そうに、髪を左手でかき上げる諸星君。そりゃあ、あんなしょうもない持論を自慢げに熱く語っているところを聞かれたら恥ずかしくもなるわよね。
「あの、諸星君、私――」
「酷いことを言った自覚はある。だが言い過ぎたとは思っていない。そうする必要があったと思っているからな。だが君を傷つけたのは事実だ。謝罪が必要ならばいくらでも謝ろう」
諸星君は淡々とそう告げた。
……驚いた。先日の暴言に思うところはあるとは思っていたが、素直に謝ろうとするとは思わなんだ。やればできるじゃない。
「だが、俺のスタンスは何一つ変わらない。君やあいつが俺の周りでうろちょろと何をしようが、俺が変わることはない」
――ちょっと感心したらすぐこれだよこの男。なんでこう、変なところで意固地なのか。少しは柔軟性とやらを身に着けてはくれないものか。
「……いらないわ。謝罪なんか、いらない」
諸星君を見据える逢ちゃんの顔には、前のような思いつめた表情は一切消えており、覚悟と信念の炎が灯っているように見えた。
「私だって変わるつもりはないわ。あなたが何を言おうと、私は変わらない」
「……好きにするといい」
諸星君がそう言うと、逢ちゃんは少しだけ口角を上げてそのまま走り去っていった。諸星君もそれに続いてゆっくりと歩き出す。
逢ちゃん、あの一件を経て一皮剥けたんだね。なんというか、覚悟のような強い熱を感じた。
今日、私が一人で諸星君と話をしようと思ったのは、逢ちゃんがこの前の件から立ち直るにはまだ時間が必要なのではないかと思ったからだ。しかしそんな気遣いは必要なかった。
逢ちゃんならきっと、諸星君の心に張った分厚い氷を融かせるかもしれない、そう思ったのだ。一生懸命咀嚼しながら。
午後の授業は遅刻確定。なんて言い訳をしようか考えつつ、水筒に入ったお茶で口の中を流し込むのだった。
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