12 孤独主義の実態
―――さくらSide
二日後のHR前。珍しく諸星君の周りに何人かの生徒が集まる。
先日の放課後、野次馬根性極まった生徒たちが体育館裏にこそこそと集まるが、諸星君も逢ちゃんも現れなかった。
それもそのはず、当人たちのやり取りは、そのまた前日に終わっているのである。状況が把握できない生徒たちが、痺れを切らして朝っぱらから直接諸星君に問い質しているのだ。
おそらく逢ちゃんのクラスでも似たような状況が起こっているだろう。
「なぁ諸星、結局昨日の結城さんの話ってのはなんだったんだよ?」
「そうだそうだ、昨日の放課後、お前ら体育館裏に来なかったそうじゃないか」
「ああ、なんてことはないよ。ちょっと前に、道端で転んで擦りむいた小さな子の手当てをしたことがあったんだ。その子が偶々結城さんの妹だったそうでね、その件で改めてお礼を言いたかったそうなんだ」
諸星君は二日前のような本性を一切出すそぶりを見せず、いつもの柔和で優しい口調で説明した。
「じゃあなんで昨日来なかったんだよ」
「思った以上に目立ってしまったのを気にしてるみたいでさ、一昨日の放課後にお礼だけ伝えてくれて解散になったんだ。それ以上は特に何もないよ」
それを聞いて男子は「だよなー」と安心し、女子は「つまんないのー」とぼやき、ささっと場が収まった。
実のところ、これは私が仕組んだシナリオ通りである。朝早く学校に行き、諸星君の下駄箱にシナリオを書いたメモを入れたのだ。思惑通り、目立つのを嫌う諸星君は噂を鎮静化させる為に私の作戦に上手く乗っかってくれた。
逢ちゃんにも前日に口裏を合わせて、同じように振る舞うようにと口を添えた。これで両者の言動に矛盾は生じず、上手く場を納めることに成功したのだ。
私は、昨日から諸星君の動向を観察している。屋上の出来事から、諸星君の調子が少し変だ。他の人と話す時はいつも通りに振る舞っているように見せているが、一人でいるときには憂うような暗い表情をしている。何より、目の下に隈がうっすらできている。顔色も気持ち優れないように見えた。
HRのチャイムが鳴る。私なりに少しだけアクションを起こしてみようと思い、時の流れに身を任せるように私は授業に臨んでいった。
◇◇◇
特別教室棟の奥、旧校舎エリアに繋がる渡り廊下、その近くの小さな教室に入る。
そこに居た先客は首だけ動かしてこちらを一瞥した途端、顔を顰めて再び前に向き直る。
「…………何か用かよ」
「別に、私がどこで昼食を取ろうが勝手でしょ」
招かざる訪問者である私も、彼と同じようにぶっきらぼうな態度でそう返した。
「こんなところまでわざわざ来やがって、当てつけのつもりか?」
「うるさいわね男がごちゃごちゃごちゃごちゃと。嫌ならそっちがどっか行きなさいよ? 女の子一人にしっぽ撒いて何処にでも逃げ失せればいいじゃないの」
「……誰がお前なんかに……大体、いつもの猫かぶりはどうした猫かぶりは。いいのか? 誰が見てるかもわからないんだぞ」
「こんなじめっとしたうすら寒いところ、誰が好き好んでくるってのよ。それに猫かぶりはお互い様じゃない。あなたこそ、いつもの殊勝そうな物言いはどうしたのよ」
「今更お前なんかに使ってなんになるんだよ」
「あっそ。こっちだっておんなじよ」
そう言って、私は諸星君から少し離れた席にどかっと座り、お弁当箱を開ける。
「……気に入らないやつだ。髪の毛一本からもう気に食わない」
「何よ。私のこの麗しい髪の色に文句ある訳?」
「ああ、あるね。赤色なんてセンスがない」
「何よ! 情熱的でかっこいいじゃない! あなたこそセンスないんじゃないの!?」
「赤なんて嫌いだね。趣味が悪い」
「ふん! 冷酷無比なあなたにはわからないでしょうね!」
一通り悪態の応酬を続けた後、埒が明かないと感じた諸星君は言葉を返さなくなり、英語のテキストに目を向けながら弁当を食べ始めた。
「大体、あなた友達も作らないくせになんであんな猫かぶってるわけ? 胡散臭い笑顔振り撒きながらいい子ぶっちゃってさ。今みたいに愛想悪くしたらいいじゃない」
ジロリとこちらに視線を向け、わかってないなと言わんばかりに諸星君は頭を左右に振りながらため息をつく。そして一拍開けて教えてやろうと言わんばかりに口を開き始めた。
「いいか? 人が他人に好かれるために必要なことが二つある。何かわかるか?」
「人に興味を持つこと、「自分」という軸をしっかり持つことかしら」
図星を付かれたのか、出鼻をくじかれたのか知らないが、諸星君は「なっ……」と呆気にとられた表情を見せる。
別になにもおかしいことではない。興味を持つということはそれだけで相手に好感を持たれるし、自分の考えをしっかりと持ってそれを表現できる人にはカリスマ性がついてくる。私もよくやっていることだ。
……それがどうしたというのだろうか。
「……察しがいいな、正解だ。自己主張せず誰にでも愛想を振りまくイエスマンは人に好かれやすいように見えるが、所詮いい奴止まりでしか見られなく、それ以上踏み込まれることはないんだ。こういう話を聞いたことはないか? 優しいだけの男はモテないと。優しさしか取り柄のないつまらない男はモテないと」
数々の人々を敵に回しそうなことを平然と言うじゃないこの男。イエスでもノーとも言えないような答えを返しておこう。
「……まぁ、そういう話をする女子もいるかもね。それがどう――」
「そう、それは決して女子から男子への評価に当てはまることではない。男子からも同じなんだよ。誰もが自己表現のできる面白いやつとつるみたがり、そうでもないやつなど眼もくれない。たとえ多少性格に難があろうと、それを帳消しにする面白さがあればいくらでも周りに人が集まってくる」
人差し指を立てながら諸星君は得意げそうに語る。
「だから、誰にでも優しくて愛想のいい奴は誰からも好かれないんだよ」
誰にでも優しく愛想のいい奴。自分のことを言われてるみたいで、少しムッときてしまった。
「そんなことないわよ。私は誰にだって平等に優しく接してきた。今だって誰かに頼られるし多くの人に好かれてると自負してる。だからあなたの言ってることは間違ってるわ」
「ああ、言葉が足りなかったな。当てはまるのは優しいだけの無味無臭な男だ。お前みたいにツラのいい女はまた別だ。というかお前みたいに容姿の優れてる女は別に優しくなくても無条件に好かれるだろ。恵まれたものだな」
諸星君は私の顔に指をさしながらそう答えた。
「別にルッキズムを全否定するつもりはないけど、容姿だけで私の全部を決めつけるような考え方は気に入らないわね。私は私なりに外見以外にも努力してここまで来たんだから」
「そりゃ悪かった。話を続けるぞ。なんで不愛想に振る舞わないのかって話だが」
まるで気持ちの入ってない形だけの謝罪をしながら諸星君は続ける。
「単純な話だ、必要のない面倒な敵を作りたくない。それだけだ」
諸星君は、皮肉気に口元を引き攣らせながらお手上げのジェスチャーをしてみせる。
「好かれたくもなければ、敵視されるくらい嫌われたくもないってこと?」
「そういうことだ。無口で愛想悪くした結果、変なもんの標的にされるのは御免だろ? そういうのはできるだけ避けたいんだ」
懐かしむような、それでいてうんざりとするような表情を諸星君は見せる。過去に、そういうものに直面する経験でもあったのだろうか?
「それだけじゃない。愛想悪く人を寄せ付けない態度ってのは、嫌われるだけじゃないんだ」
「なによそれ。好かれるような態度には見えないけど」
話が全く見えてこない。何を言っているのだろうか? 愛想が悪い人が好かれるとでも言うつもりだろうか?
「そう思うだろ? だがな、ガラが悪かったり不良っぽかったりする奴。こういうのは怖いってイメージを持たれやすい。そして怖がられてるってことは相手から上に見られてるってこと、つまり『こいつ強い』って思われてるってことなんだ」
「強い? なんの話?」
再び話が見えてこない。煙に巻かれた気分だ。
「黙って聞いてろよ。強さってのは人を惹きつける。極端な話、ヤクザの親玉って怖いし強いけど、下の奴らに慕われてるイメージあるだろ? こういう他人のことなんて考えない自分勝手な奴ってのは一種の心の強さを持っているんだ。自分の意見を決して曲げないし、行動なんかも一切顧みないからな。そういう怖さ、強さからしか得られないカリスマ性ってのは確かに存在する。男は強い奴に憧れる。女は本能的に強い奴と番おうとする。だから不良とかヤンキーはモテるんだよ」
「カリスマ性……なるほど、一理あるわね」
「だから態度の悪い奴は逆に一定の層に好まれる可能性があるし、逆にこちらが気に入られたい教師側には煙たがられる。百害あって一利なしだ」
「あなた内申とかはちゃんと気にするのね」
なるほどね。これが、諸星君がその本性を隠していた理由か。
ともあれあんな小生意気な素の性格を好かれるかもしれないと思っているのは、些か自分に自信があり過ぎなのでは? と思ってしまう。
なんなの? ナルシストなの?
「逆に、誰にでも優しいだけの奴ってのは、周りのことを気にしすぎて嫌われないように気を配ってるわけだろ? 自分の意見も持たずに周りに流されまくる。そういうのは嫌われることがなくても、弱く見られがちで舐められやすい。見下されやすいんだ。人ってのは自分より下の奴とは友達になろうとしないんだよ。メリットがないからな」
「……」
少しだけ、ほんの少しだけ感心した。
彼の視点は自分にはないものだった。自分とは全く違う視点で人間関係を分析している。多少なりとも的を射ていると思ってしまった。彼なりに考えて物事を捉えていることが伺える。
諸星君は目を鋭く光らせながら、口角を上げてニヤリと笑った。
「……だからいいんだよ。そういう振る舞いをすれば誰からも好かれないうえに嫌われにくい。無味無臭な空気みたいな存在だ。それこそ俺の求めていた理想の状態だ。何にも縛られることのない真の自由、起伏のない穏やかな日常、俺はそうやって生きていきたいんだよ」
「………………………」
いや、違うな。こいつ、ただのバカだわ。呆れて口が塞がらない。まさかここまでの大馬鹿野郎だとは思わなかった。
何を情けないことを熱く力説してんのよこの男は。
「そこで大切なことは他人に興味を持たないことだ。蓼食う虫も好き好き、そういう奴らのことを気に入るような奴も少なからず湧いてくる。だがな、最初に言った通り、人に好かれることにおいて最も必要なことは他人に興味を持つことだ。こちらと相手、興味の矢印が向き合って初めて人間関係が始まる。つまりこちらから矢印を向けなければ、例え矢印を向けられても永遠に始まらないというわけだ」
「あなたねぇ……」
とうとう、私は頭を抱えてうずくまってしまう。
ダメだこりゃ。少しでもこいつに感心した自分が恥ずかしい。孤独主義の正体が、まさかこんなくだらないことだとは思わなかった。
「……喋り過ぎた。少し熱くなってたな」
諸星君はコホンと咳ばらいをしつつ、こちらから目線を外して再び弁当をつまみ始める。
喧嘩腰とはいえ、思ったより会話をしてくれたような気がする。もっと取り付く島もないかと思ったが、思ってたより拒絶されなかったことに驚いた。
少しの間、お互いに沈黙の時間が流れる。だが聞きたかったことはそれだけじゃない。私は静寂を断ち切る様に、再び会話の火蓋を切った。
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