11 百合の花
「ゼェゼェ……ハァハァ……」
全力疾走で階段を下りて、下りて、一階の下駄箱で佇んでいる結城さんをようやく見つける。
「結城さん……やっと見つけた……ゲホッ」
よたよたと、そちらへ向かう私を見て、結城さんは驚いたように駆け寄ってくれる。
「阿澄崎さん! 大丈夫!?」
膝に手を当て、肩で息をする私。
昔っから走るのは苦手なのよ。胸の中はバクバク苦しいし、胸の外はぐゎんぐゎん揺れてこれはこれで痛い。
他の運動だったら人並み程度にはできるつもりだけど、こればっかりはどうしても得意になれる気がしない。
「えぇ、大丈夫よ。結城さんこそ、その……大丈夫?」
「えぇ……おかげさまで少し落ち着いたわ」
無理をしているかのような取り繕った笑顔の目元には、つい先ほどまで泣いていたであろう涙の跡が見える。
当然だ。傷つかないはずがない。
恋愛感情かどうかは知らないが、想っていた相手にあそこまでひどい言葉を投げかけられたんだ。彼女の心中は察するに余りありすぎる。
でもまず私がやるべきことは――
「ごめんなさい。また軽率に首を突っ込んでしまったわ。それどころか余計にこじらせてしまったかもしれない」
まずは謝りたかった。
「ううん、気にしないで。その、嬉しかったわ。阿澄崎さんが私の為に怒ってくれて。……あんな顔もするのね。言葉遣いも、今までとはまるで違って驚いたわ。今だってちょっと違う」
ぬぐっ、見せたくない物を見せてしまったわよほんと。
「そ、そうね、見苦しいところを見せたわ。元々はこんなんなのよ私。その、幻滅しちゃったかしら」
「そんなことはないわ。誰だって人には見せてない顔があるもの。でも、今の阿澄崎さんも素敵よ」
ばつが悪そうに自嘲する私を、結城さんは温かく微笑みながら優しい言葉をかけてくれた。
「それはきっと、あの人もそう。入院していた頃には見せてくれなかった。あんな顔、初めて見た」
目を伏せながら結城さんは呟く。
「そうね……私も流石に面食らったわ」
常に柔らかく微笑むような仮面を張り付けて、いまいち何を考えているのか分からなかった諸星君。
遂に剥き出しの感情を私達に向けた。おそらく、これが彼の本性なのだろう。
だが、それが全てではないように思える。
本当に彼女を目障りに思っていてあの言葉を投げつけたのなら、明確に悪意を持って彼女を傷つけたかったのであれば、もっとすっきりとしたような、鬱憤が晴れた表情になるはずだ。
しかし先程彼が見せた様子は明らかにそれとは違う。
感情が沈み込むような様子だった。捉え方次第では、本当は言いたくなかったことを言ってしまった、言ったことを後悔しているかのようにも見えた。
何より、私に結城さんをフォローさせるよう促したのだ。もちろん邪魔な私を追い払う為に言ったのかもしれないし、私が、都合のいいように捉えてる可能性も決して否定できない。
だが、やはり拭いきれない違和感があるのだ。そもそも自分の身を挺して他人を助けるようなお人よしが、他人を傷つけるようなことを本気で言うのか?
「でもやっぱむかついてきた。ほんと信じらんないわあいつ。一発ひっぱたいてやろうかしら」
「あ、阿澄崎さん?」
だが、今はそのことは置いておいてもいい。覆しようのない事実は、彼が結城さんを傷つけたこと、これだけは確かなことだ。
「結城さん。私、やっぱ納得いかないわ! どんな理由や思想があろうと、人の誠実な思いを踏みにじることは許されないと思うの。何よりあんな奴の恐喝に屈することなんて、万に一つもあってはいけないわ! 結城さんだってそうでしょ!? あそこまで言われて黙って引き下がるなんて悔しいわ!」
憤る私は、結城さんの手を取って力強く握る。
「戦いましょう? 結城さん。こうなりゃ根比べよ根比べ。何言われようがどう扱われようが絶対に折れてやんないんだから!」
意気込む私を見て、結城さんはぽかんと口を開けていた。
「……やっぱり、阿澄崎さんはすごいわ」
そう呟き、少しだけ嬉しそうに口角を上げながら、結城さんは私の手を握り返してくれる。
「また私に協力してくれる?」
彼女の手の平は、せっけんで洗った後のように滑らかで、穢れの一つなどなく、潔白な印象を与えた。
私に向ける視線も無垢で純粋な、創作に出てくる麦わら帽子に白いワンピースを着ている清楚で可憐なヒロインを彷彿させた。
「もちろんよ。それと、さくらでいいわ。こっちも逢ちゃんって呼ぶから」
もちろん快諾である。ついでに名前で呼び合うことも促しておこう。
「そう、それじゃあこれからよろしくね、さくら」
あ、そこは普通に呼び捨てなんだ。案外グイグイ距離縮めてくるのねこの子。でもこんな清楚な美少女に呼び捨てで呼ばれるのは中々悪くない。これがギャップ萌えというものか。
夏の夕暮れに、真っ白な友情の花を咲かせながら、私達はこれからのことを話し合うのであった。
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