【第一話】マスクの下
雪が年中降り続く場所に"零雪館"という館があるのはご存じですか?
ここではおいしいお菓子と飲み物を楽しみながら、背筋が凍るほどの怖い話が聞けるのです。
雪が降っているのにもっと寒くなりますね。
でもご安心ください。いつもお出しするのは温かい飲み物ですよ。
良ければそこにいる貴方も怖い話を聞いていきませんか?
お待ちしております。
ようこそ、"零雪館"へ。
この館まで来るのは大変だったでしょう。
ふふ、この館の近くは年中雪が降り続けておりますから…
降っては溶け、降っては溶けを繰り返しています。
貴方の街では花粉が飛んでいるのですか。だからマスクをしているのですね。
ここは花粉とかけ離れているのでご安心ください。
さあ、そちらの椅子に座ってください。
本日のコーヒーはキリマンジャロです。お菓子にクッキーを。
そうそう、ちょうど最近"マスク"に関する面白い話を手に入れました。
タイトルは・・・そうですね・・・
『マスクの下』
___俺は坂本未来。どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
土日祝日が休みの会社に働き、普通に仕事をして普通に帰る。
休みの日はこれといってやることはなく。
学生時代仲の良かった友人とも疎遠になってしまったし、もちろん彼女もいない。
暇つぶしにパチンコに行ったり、一人のみに行ったり・・・
何気ない日常を繰り返している。
「毎日同じ日常でつまらないな」
駅のホームでぼーっと立っていると、俺の隣に髪の長い女性が来た。
女性は白いマスクをしていて、目だけが見えている。
(目だけしか見えないけどめっちゃかわいいな・・・)
そんなことを思いながら横目で女性を見ていると、女性も視線を感じたのか目が合ってしまった。
目を逸らしたら逆に怪しいので、適当にごまかすことにした。
「あ~すみません・・・ 今日暑いのにマスクしてて大丈夫かなって・・・」
女性は目を丸くして、ニコッと微笑んだ。
「・・・今日暑いですよね 私、アレルギー持ちなのでマスクが必須なんです」
「なるほど~ 確かに花粉とか・・・いろいろありますもんね」
電車が来て、乗った後も会話は続いていた。
どうやらこの女性・・・高梨ゆりあさんは俺と同い年で、アパレル系の仕事をしているらしい。
同い年ということもあり、昔流行ったものの話で盛り上がった。
「ゆりあさん、よかったら連絡先とか・・・交換しませんか?」
「いいですよ 未来さんとは共通点が多いので話していて飽きないです」
連絡先を交換したあと、ゆりあさんは俺の一個前の駅で降りて行った。
家に帰ってから頭の中はゆりあさんでいっぱいだった。
このままアプローチすれば付き合えるかもしれない。
高校一年の時に付き合っていた彼女に浮気されて以来、ずっと彼女がいない。
その時の彼女は・・・苗字は忘れたが比奈という名前だった。
自分から浮気したくせに、別れたあともしつこく連絡してきたり・・・
家にまで押しかけてきたこともあったな。
とにかく執着心の強い女だったのを覚えている。
元カノのことを思い出すと気分が悪くなって来たのでゆりあさんにメッセージを送る。
『ゆりあさん さっきはありがとうございました』
メッセージとともに、猫が"ありがとう"と目を輝かせているスタンプを送信する。
五分後、ゆりあさんから返信が返ってきた。
『明日も時間が合えば会えるといいですね』
これは、会いたいということなのか?
ドキドキしながら『そうですね』と返した。
次の日の仕事帰り、ゆりあさんのことを考えながら駅のホームに立っていた。
少し残業をしてきたが、昨日と同じ時間の電車に間に合ってよかった。
SNSを見ながらゆりあさんを待っていると、後ろから肩を二回たたかれた。
振り向くと、微笑むゆりあさんの姿が。
「きょ、今日も会えましたね」
「ちょっと走ってきたので汗だくです・・・」
「マスク取ったら?」
「・・・マスク取った姿少し恥ずかしいんです」
「どうして?」
「昔、顔のことでいじめられたことがあったので・・・」
嫌なこと思い出させてしまった。
「ゆ、ゆりあさんは・・・かわいいです・・・
惹かれるかもしれないけど、実は昨日かわいいなって思って・・・見てました」
フォローするはずが、気持ち悪いことも言ってしまい少し後悔・・・
それでもゆりあさんは嬉しそうに微笑んだ。
それから俺たちは仕事のある日は毎回会うようになった。
休みの日も何回かデートに行った。
ただ、マスクを外すのが嫌みたいで食事に行くことはなかった。
ゆりあさんにもいろいろあったと思うと、マスクを外してほしいとは言えなかった。
それでも俺はゆりあさんのことが好きになっていた。
天使のような笑顔、物静かな性格、優しいところ・・・すべてが好きだ。
とうとう、五回目のデートの帰り道にいつもの駅のホームで告白をした。
ゆりあさんは泣いて喜んでいた。
付き合ってから半年__
ゆりあはマスクを外すことはなかった。
ここまで外さないとさすがに俺も怪しんでしまう。
マスクを外したらすごく不細工なのか、もしかしたら口裂け女・・・?
そんなよくない妄想をしてしまう。
ある日、俺は高校の時に仲が良かった友人の多田雄介と飲みに行くことになった。
雄介は学生だから、コスパのいい居酒屋で。
「それじゃ・・・カンパーイ!」
キンキンに冷えたビールを一気に飲む。
「ぷは~~~ いやー未来と会うの何年ぶり?」
「高校卒業してからは会ってないよな 雄介東京の大学行ったから」
雄介は頭がいい。だから東京のいい大学に通っている。
今は夏休み期間みたいで、久しぶりに地元に帰ってきているらしい。
大学の話や、俺の仕事の話、高校時代の話で盛り上がった。
「そういえばさ、俺彼女できたんだよね」
「え!? あの未来が? まじか~おめでとう!どんな子?写真見せて」
俺はスマホのロックを解除し、ゆりあと撮ったツーショットを自慢気に見せる。
「めっちゃ可愛いじゃん! マスク取った写真ないの?」
「あー… それがさ、マスク取ったところ見たことないんだよね」
「もしかして、遠距離恋愛とか・・・?」
「いや普通に地元 てか、俺の最寄りの駅から一駅のところに住んでる」
「何カ月付き合ってんの?」
「半年くらい」
「え、えええ・・・ 一回も見たことないの?なんで外さないんだろう」
「うーん、本人曰く、学生の時に容姿でいじめられたみたいでさ
それから人に顔を見せるのが嫌になったみたい」
「でもさすがに半年間外さないって怪しくね?俺だったら怖くて分かれるかも(笑)」
「俺も怪しいとは思うよ でも学生時代の頃容姿で悩んでたなんて聞いたらもう触れられないじゃん」
「それが狙いなんじゃね? わざと踏み込めない理由を使って"マスクについて触れなくさせる"」
「でも正直俺は、マスクのしたが不細工だろうが大きい傷跡があろうが気にしないんだけどな」
むしろ、マスクを外さないまま付き合うほうが俺は嫌だ。
雄介はゆりあの顔を拡大してジロジロ見ている。
「なんだよ、あんま変な目で見るなよ」
「あ、いや違う・・・ なんかこの顔どっかで見たことあるなって」
「え? あるわけないだろ 雄介東京にいたし」
「そうなんだけど・・・"高校"にこんな感じの人いなかった?」
高校の女子生徒なんてほとんど知らない。
ゆりあに似ている人なんて思いつかない・・・
「触れていいかわかんないけどさ、未来の彼女・・・
"目整形してる"よな」
「は?冗談もいい加減に・・・」
「ごめん 俺の姉ちゃん美容整形の医師だからなんとなくわかるんだよね」
雄介にほかの写真を見せたがやっぱり整形した目だという。
「ゆりあが整形してようが俺は別に気にしない」
「別に未来たちを別れさせたいとかじゃない
どこかで見たことあるんだよ」
半分呆れながら、一緒になって考える。
「人違いじゃね?正直この系統の顔ならどこにでもいるし・・・」
「どこにでも・・・いる?」
後ろから"ゆりあの声"が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、そこにはゆりあの姿があった。
「ゆ、ゆりあなんで・・・」
「未来くんのスマホに位置情報アプリ入れといたの
浮気はしてないみたいだけど、私の"悪口"言ってたよね」
ドクドク心臓が鳴りやまない。終わった・・・。
「友人の多田雄介です
未来からいろいろ聞きました 外見にコンプレックスがあるのはわかりますが
半年付き合っている相手にも素顔を見せないのはさすがに不安になりますよ」
「ゆ、雄介・・・」
ゆりあはすごい目つきで雄介のことを睨む。
「はあ・・・ それならここでマスク外そうか?」
ゆりあは耳にかかっているゴムを外す。
やっと、やっとゆりあの素顔が見れる・・・
「・・・」
マスクを外したゆりあの姿は、"見覚えがあった"。
不細工なわけではないし、大きい傷跡などもない。
「雄介・・・俺もこの顔どこかで見たことある・・・」
雄介は少し体を震わせていた。俺は怖がる雄介の姿を見て冷汗が出てきた。
「な、なあ・・・未来・・・この女って・・・宮野比奈じゃね・・・?」
雄介に言われてもう一度ゆりあの顔を見る。
そうだ、既視感の正体は高校一年生の頃に付き合っていた宮野比奈だ。
「正解! 鼻と口整形するまで隠しておこうと思ったのに」
「な、なんで・・・」
「えー そりゃあ未来くんのことがずっと好きだから!」
「お、お前浮気して未来のこと傷つけておいてよくそんなこと・・・!!」
「だって絶望した顔もかわいかったから!!
それなのに未来くん・・・私のことブロックしたよね」
さっきまでニコニコ笑っていた顔は急にこちらを睨みだした。
「そりゃあ、浮気した人になんて興味あるわけないだろ・・・」
「・・・」
ゆりあ・・・比奈は右のポケットからカッターナイフを取り出す。
カチカチ・・・
「おい!!やめろ!」
すぐに店員さんが止めに入る。
ゆりあは抵抗もせず、そのまま凶器を没収され
数分後に来た警察に連れていかれた。
その後、俺と雄介は事情聴取を受け、宮野比奈は俺と雄介に一切近づかないようにしてくれた。
「なんか巻き込んじゃってごめんな」
「いや、未来が無事でよかったわ」
結局解散したのは朝の四時。
もしあの時雄介が言ってくれていなかったら、一生気付かなかったと思う。
数か月後、俺は住んでいた家を手放して新しい場所で暮らすことにした。
前住んでいた家は宮野比奈に知られているので、気持ち悪かった。
引っ越しも終え、少し片付いてきた。
今日は何をしようかな。久しぶりにゲームでもしようかな。
そう思い、スマホを開くと見慣れないアプリが入っていた。
__ピンポーン・・・
・・・おしまい。
え?そんなに怖くなかったですか?
初めてのお客様ですから、最初は甘口にしました。
・・・あまり貴方のことを満足させることはできなかったみたいですね。
次に零雪館に来たときはもう少し怖い話をしますね。
コーヒーとクッキーのお代ですか?
いりませんよ。ここに来るだけで相当大変だったと思いますから。
ふふ、ではまたお待ちしております。