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第三話 口癖

「ねえ、彼氏さんってどんな人?」


 ガラスのコップをそっとテーブルに戻しながら、友達が尋ねた。

 カフェの中には静かなピアノのBGMが流れていて、午後の光がカーテン越しに柔らかく差し込んでいた。まるで大人の会話を演出するような空間だ。


「んーとねえ……背が高くて、外ではおとなしめかな。それでね、たまにダサい。けど、それが可愛かったりするの」


「どういうとこがダサいの?」


 友達はクスッと笑って、ストローで軽くアイスティーをかき混ぜた。


「まずね、口癖が変なの」


「口癖?」


「“さすがに、さすがに”って言うの」


「さすがに?」


「そう、たとえば“さすがに美味しい”とか“さすがに嬉しい”とか。なんでも“さすがに”ってつけちゃうの。明らかに使い方違うのに、どや顔で言うんだよ」


「え〜、でも彼氏さんって頭いいんでしょ? もしかして私たちが知らないだけで、正しい使い方だったりして」


「いやいや、私も調べたけど、やっぱり間違ってた。彼、理系なんだよ。国語は中学の頃から私の方ができるの」


「なるほどね。じゃあちょっと天然なんだ」


「そうそう。でね、面白すぎて私までつい真似しちゃうの。“さすがに、さすがに”って」


「分かる〜、そういうの真似したくなるよね。うちの弟の変な言い回しとかも、からかっちゃうもんな〜」


「ほんと、そうなの」


「それで、その“さすがに”がダサいけど、可愛いんだ?」


「うん。間違ってるの分かってるけど、つい笑っちゃう。いつかちゃんと指摘してあげたいな〜とは思ってるんだけど……」


「でも、できないんだ。可愛いから」


 友達がニヤリと笑うと、彼女は照れたようにケーキをひと口食べ、「美味しいね、"さすがに"美味しい」ととぼけた顔で言った。


「あとね、もう一個あるんだけど」


「うん、教えて」


「彼、一人でよく歌ってるの。流行りの歌とかアニソンとか、なんでも」


「へぇ。楽しそうでいいじゃん。それのどこがダサいの?」


「音程がね、絶妙にズレてるの。でもって、歌いながら体をちょっと揺らすんだけど、それが……」


 彼女は少し間をおいてから、笑いながら言った。


「お尻だけフリフリしてるの。他は全然動かないのに、お尻だけ器用にフリフリしてるの」


「え、何それ! さすがにダサいわ。でも、うん、可愛いね」


「でしょ?“さすがに"ダサくて、"さすがに"可愛いの!」


 また“さすがに”が出てきた。もはや持ちネタのようだった。彼女の頬は緩みっぱなしで、友達は「ああ、これは相当好きなんだな」と心の中で思った。


「あともう一個だけ、聞いて欲しいのがあるんだけど」


「まだあるの? いいよ、どうぞ」


「泊まったときにね、基本は私の方が早起きで、髪とか直してから彼が起きるの。で、“寝癖ついてるよ”って教えてあげるの」


「うんうん」


「でもね。この前、彼の方が珍しく早起きして。すっごい嬉しそうに、“寝癖ついてるよ”って言ってくれたんだけど……」


「けど?」


「前しか直してないの。後ろ、めっちゃ跳ねてて。むしろそっちの方が目立ってた」


「うわーダサい。けど可愛い」


「てしょ? ……さすがに、可愛すぎるよね」


 その言葉には、いつものふざけた調子がなかった。

 友達は、また真似してるのかと思って彼女の顔を見た。けれど、そこにあったのはとぼけた笑顔ではなく、照れも計算もない、ただただ幸せそうな顔だった。


(あ、今のは素だ)


 からかってやろうかと思ったが、やめておいた。


「……可愛いとこあるよね」


「そうなんだよ、可愛いんだよ」


 彼女は自分のことだとは気づかないまま、ふふふ、と嬉しそうに笑った。

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