異世界から送り返された件
鈴木健一はただの平凡な青年だった。特別な才能もなく、どちらかといえば目立たない部類。自分を「ブサメン」だと思っている彼は、人生の中心にいることなど一度もなかった。しかし、その日、彼の人生は一変した。
――突然、世界が光に包まれた。
「なんだ!?」
眩い光が目を焼くような感覚の中で、健一は周りの様子を見回した。
そこには、同じように困惑した表情の5人の若者がいた。佐藤蓮、見るからに整った顔立ちのイケメン。そして、伊藤美咲、藤原沙月、西村理央、渡辺愛梨と、揃いも揃ってモデルのような美女たち。
「え、なにこれ?」
「夢……? いや、リアルすぎる」
美男美女たちが不安げに呟く中、健一もまた、理解が追いつかない状況に陥っていた。だが、それをさらに混乱させるような出来事が起きた。
光が収まった先に広がるのは、豪奢な装飾が施された広間だった。目の前には玉座があり、その上には豪華なローブを纏った王が座している。左右には鎧を纏った騎士たち、そして美しい2人の女性。
「ここは……どこだ?」
「ようこそ、異世界へ」
声を発したのは、長い金髪を持つ第二王女、リディア・フォン・グラウエンだった。彼女は上品な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「皆様、我がグラウエン王国へ召喚させて頂きました。どうか、魔王討伐のご助力をお願い致します!」
健一は思わず目を見開いた。
「異世界……召喚?」
まるでライトノベルのような展開に言葉を失った。しかし、隣を見ると、蓮や美女たちは驚きつつもどこか前向きに受け止めているようだった。
「異世界って……マジかよ!」
「でも、これはチャンスじゃない?」
「勇者として魔王を倒すとか、すごいことだよね!」
健一の胸には嫌な予感が走った。こんな美男美女たちと一緒に召喚された自分は、どう考えても違和感がある。だが、それを口にする間もなく、第二王女の隣にいた第一王女エリシアが、冷静な声で言った。
「召喚されたのは6人か。ならば勇者の数は合っているな」
一同はその言葉を聞きながら、異世界の現実に飲み込まれていくのだった。
広間の静寂を破ったのは、王様の威厳ある声だった。
「さて、皆さん。これから、なぜお前たちが召喚されたのかを説明しよう」
王レオポルト・フォン・グラウエンは、堂々とした態度で語り始めた。彼の眼差しはどこか冷徹であり、信じられないことが次々と語られる中で、健一はその言葉に耳を傾けた。
「まず、我が国は魔王マルグリス・ヴァルザードの脅威に直面している。彼は我々の王国を滅ぼすべく、力を増し続けている。そこで、異世界から召喚された勇者たちの力を借りることが必要だと判断したのだ」
「召喚された……勇者?」
健一は自分がその一員だという事実に、疑念を持たずにはいられなかった。だが、蓮をはじめ、他の美男美女たちはすでにその状況に驚きながらも、どこか納得しているようだった。
「その通り。お前たちは、魔王を討つために選ばれた者たちだ」
エリシア・フォン・グラウエン第一王女が王の言葉を補足した。
「魔王との戦いに勝つためには、勇者が6人必要だ。そのため、6人のうち5人を召喚した。しかし、運命は奇妙だ。お前たちは偶然にも、私たちの国に召喚されてきたのだ」
健一は頭を抱えそうになった。この場に自分が加わる意味が、いまいち理解できない。
「ならば、なぜ俺が?」
健一の声は、他の者たちのように自信を持って答えられない。どこか自分だけが異世界の空気に馴染んでいないように感じていた。
「お前は、選ばれた者の中でも……ちょっとだけ、役に立ちそうではないかと思われた。しかし、やはり、我が国には美男美女のほうが――」
王様が言い終わらないうちに、エリシアが目を見開いた。
「父上、待ってください!」
彼女は、少し慌てた様子で王に向かって言った。
「健一さんを送還してしまうのですか?」
「その必要がある。これは国の安全にかかわる問題だ」
「だとしても!」
エリシアは健一に目を向け、しばらく黙っていた。彼女の瞳には何かを感じ取ったような光が宿っていたが、すぐに冷静さを取り戻し、王に向き直った。
「彼が魔王討伐に必要ないなら、少なくとも私たちに何かを教えてくれるはずです。異世界から来た以上、何か価値があるはずです」
その言葉に、王はしばらく黙り込んだ。周囲の騎士たちも、気まずい空気が流れる中で息を呑んでいた。
「ならば、試しに話してみよ。だが、どうしても必要ないと判断すれば……」
「送還しますか?」
健一はその言葉を口にすることなく、じっとエリシアを見つめていた。彼の胸の中には、奇妙な感情が渦巻いていた。異世界に来た自分に、いったいどんな役割があるのだろうか?
その答えを探すように、健一は一歩踏み出した。
「魔王のことを、教えてくれ」
王の目が鋭く光った。
「よかろう」
王は深い息を吐き、さらに続けた。
「魔王マルグリス・ヴァルザードは、元々はこの世界で一番力のある存在だった。しかし、次第にその力が暴走し、我が国の命運を危うくしている」
その言葉が、健一の心に響いた。
「魔王を倒すために、君たちの力が必要だ。我々王国は、君たちを信じている」
その信頼の重さに、健一は胸が痛くなった。しかし、これが本当に自分にできることなのか、それを確かめる方法がわからない。
「それでは、具体的にどうすれば?」
その時、王が口を開いた。
「まず、君たちには王国を守る力を授ける必要がある。しかし――」
王の言葉が途切れた。健一はその後の言葉を待つ。だが、王は一度目を閉じ、再びその目を開けてからゆっくりと告げた。
「君たちの中で、最も適した者を選び、役割を果たさせる」
健一の心が急激に高鳴った。自分が選ばれない、という予感が強くなっていた。
健一は、王の言葉を耳にした瞬間、胸の中に何かが重く沈み込むのを感じた。まるで、他のメンバーが次々と王国の役に立つ力を授けられていく中で、自分だけが無力に放置されるのを予感した。
「健一さん……」
エリシア王女の声が、どこか不安げに響いた。しかし、健一は彼女に目を向けることなく、そっと息を吐き出した。
周囲の美男美女たちは、次々と王から魔法や武器を与えられていた。蓮はその優れた容姿と冷徹な目で、一瞬でその場に圧倒的な威圧を与え、沙月はその鋭い知性をもって、瞬時に王の指示に従いながら準備を進めている。
「さすが、異世界の勇者たちだ……」
理央がそう呟くと、愛梨は少し微笑みながらも、周囲の様子に気を使っているようだった。それでも、彼女はやはり、期待に満ちた目をしていた。
その時、健一ははっきりと気づいた。彼は、ただの「余所者」だったのだ。異世界に召喚され、魔王討伐のために送り込まれたが、何も特別な力が与えられるわけではなかった。
「俺は……何もできないのか」
健一は心の中でつぶやいた。彼の目の前で、他のメンバーが魔力の源を与えられ、剣を授かれる中、彼だけはその場に立ち尽くしていた。
王が視線を向けると、健一の存在に気づいたようだったが、王はすぐに目をそらし、他のメンバーに注意を向けた。
「君は……魔王討伐には参加しなくてもいい。君は、別の場所に送り返す」
その言葉に、健一の身体が固まった。まさに、その時の空気が一瞬で冷たくなった。王が口にした言葉は、まるで「君は必要ない」という冷酷な宣告のように響いた。
「まさか……」
健一は震える声で呟いた。自分だけが、その場で取り残される。
「お前だけは、いらないんだ」
王の冷たさを感じた瞬間、心の中で何かが崩れた。自分は最初から、ここに呼ばれたのではなく、最初から必要な存在ではなかったのだ。
エリシア王女が困惑の色を浮かべながらも、健一に向けて歩み寄った。
「健一さん……私が言ったように、まだ君にも役割があるかもしれない。でも、王国の方針は決まったのだ」
その言葉に、健一は何も言い返せなかった。彼の目の前で、次々と力を授けられていく美男美女たちと自分が、まるで別の世界にいるように感じられた。
「でも、私が何かできるなら……」
エリシアは言いかけたが、その言葉を途中で止めた。王の目が鋭く光り、すぐにそれを制した。
「もういい。君も、何もできないのだ」
その一言で、エリシアは黙り込んだ。王の言葉は、彼女の意志をも無力化させるほどの力を持っていた。健一は、心の中でひとり言を呟くように思った。
――もし、俺が美男だったら?
その疑問が頭をよぎる。もし、蓮や美咲のように完璧な外見を持っていたなら、きっとこんな扱いを受けなかったのだろう。だが、現実は違う。
健一は、自分の顔を見つめることができなかった。鏡に映る自分の顔を、今までどれほど嫌ってきたことか。
だが、もう遅い。今さら外見が変わるわけでもない。健一は、自分の無力さを再認識していた。
「帰還の儀式を始める」
王の命令が、冷たく響いた。健一はその言葉に従うことを決め、再び目を閉じた。彼の胸の中で、確実に何かが終わりを迎えつつあった。
王の冷たい命令が響いた後、健一は再びその場に立たされた。周囲の美男美女たちは、すでに準備を整え、各々の武器や魔力を手にし、まるで自分たちが異世界に召喚されたことを当然のように受け入れている。しかし、その中で健一だけは、他の誰とも異なる立場に置かれていた。
王の命令が下されると、即座に儀式の準備が始まった。王室の大広間には、古代の魔法陣が描かれ、奇妙な光がその周囲を漂っていた。王は冷淡に、その光景を眺めながらも、健一には何の説明もなく、ただ儀式の開始を告げた。
「もうすぐ、君を元の世界に送る。異世界での役割を終えたお前に、何の意味もないだろう」
王の言葉は、何の感情も込められていなかった。健一は言葉に反応することなく、ただその冷たい視線を感じるだけだった。彼の目には、まるで全てが決まってしまったかのような、無力さが広がっていた。
「この儀式を通じて、君を日本に送り返す。もう二度と戻ってこなくていい」
健一は息を呑んだ。王の言葉に反論できるはずもなく、彼の内心ではただ静かな怒りと哀しみが渦巻いていた。しかし、それを口に出すことはできなかった。王国の人々の目が、次々と彼を見守りながら儀式の準備を進めていたからだ。
「さあ、始めよう」
王が手を一振りすると、儀式が始まった。魔法陣の中心に立つ健一は、突然、周囲の空気が一変するのを感じた。光の渦が巻き起こり、魔法の力が集まっていくのが目に見えるようだった。その中に立たされている健一の体は、どんどんと重く感じられる。
周囲の美男美女たちは、彼のことを気にも留めず、自分たちの役目を果たしている。蓮がその冷徹な目で、何も言わずに儀式の様子を見守る姿が目に入った。沙月は少しだけ不安そうに眉をひそめ、愛梨は健一を見ているが、その目には何の感情も見えなかった。
「お前には、もうここでの居場所はない」
王の声が再び響いた。健一はその言葉を耳にしながらも、何も答えられなかった。魔法陣の光がますます強くなり、彼の体を包み込む。やがて、体が少しずつ浮き上がるのを感じた。その時、彼の心の中で何かが弾けるような音がした。
――こんな形で終わるのか。
健一は自分の過去を思い出した。日本にいた頃、何も特別なことはなかった。ただ普通の男子高校生として過ごしていた。彼には、王国で期待されるような能力も、魅力的な外見もなかった。だが、それでも一度は、異世界に召喚されたという事実は胸を張るべきものだと信じたかった。
しかし、現実は違った。異世界での召喚は、最初から必要とされていなかったのだ。健一はそのことを痛感していた。今、こうして戻されることになったことで、もう二度とこの世界で何かを成し遂げることはないと理解した。
「健一、私は君が必要だと思っていた。でも……」
エリシア王女の声が、突然耳に届いた。健一はその声に振り向くことができなかった。ただ、彼女の目が自分に向けられていたことだけを感じていた。
「どうして……どうして、こうなったんだろう」
彼女の言葉は、健一の心に刺さるように響いた。エリシア王女は、彼を一度は信じたような目で見ていた。それでも、王の命令には逆らえなかったのだろう。健一はその無力さを感じながら、静かに目を閉じた。
その瞬間、光が彼を完全に包み込み、彼の体は空間の中に吸い込まれていった。異世界での出来事が、まるで夢のように遠ざかっていく。健一の意識は徐々に薄れていき、やがて――
彼は再び、何もない世界に戻った。
健一が目を覚ましたとき、周囲には何もなかった。光が消え、空間が歪む感覚の後、気づけば彼は元いた世界に戻されていたのだ。周囲を見渡すと、見覚えのある景色が広がっていた。自分の部屋の中、机の上に散らばる教科書、窓から見える街並み。すべてが現実の日本そのものであり、まるで異世界での出来事が一夜の夢だったかのように感じられた。
健一は布団を蹴飛ばし、床に膝をついて立ち上がった。何が起きたのか、最初は理解できなかった。王国での出来事、召喚されたこと、あの冷徹な王の命令――すべてが、急に消え去ってしまったかのように思える。
「ただいま、か?」
つぶやく言葉が、空虚に響く。健一は自分の声を聞いて、ようやく現実を受け入れ始めた。しかし、心の中に強い違和感が残る。異世界で過ごした時間は、ただの夢だったのだろうか。何の意味もないものだったのか。
健一はしばらく部屋の中を歩き回り、思考を巡らせた。異世界に召喚された理由はなんだったのか、王国での自分の役目は本当に無かったのか。あの美男美女たち、そして王女たちのことはどうなったのか。彼らの顔が浮かぶと、胸が痛くなる。特にエリシア王女の目が、頭から離れなかった。
「なんで、俺だけ……」
健一は鏡を見つめながら、呟いた。鏡の中には、相変わらずのブサメンな自分が映っている。異世界での自分は、他の勇者たちと一緒に魔王を倒すために戦うはずだった。しかし、現実には、何も成し遂げることなく送り返された。ただの駒として使い捨てにされた感覚が、彼の胸に重くのしかかる。
その時、ケータイが震えた。健一は手に取ると、画面に表示されたのは、見覚えのある名前だった。それは、蓮からのメッセージだった。
『無事に戻ったか?』
一瞬、何も答えられなかった。あの異世界で一緒に戦った仲間からのメッセージが、今も心に響く。彼らは元気なのだろうか。佐藤蓮、伊藤美咲、藤原沙月、西村理央、渡辺愛梨――みんな、美男美女で、健一とは真逆の存在だ。異世界で彼らと過ごした時間は、無駄だったのだろうか。彼らは、もう忘れてしまったのかもしれない。
健一は深呼吸をし、ゆっくりと返信の文章を打ち始めた。
『戻った。だけど、俺、もう一度、あの世界に行くことはないんだな』
送信ボタンを押した後、健一はしばらく画面を見つめていた。佐藤蓮からの返事を待つ間、胸の中に湧き上がるのは、何とも言えない空虚感だった。
数分後、再びメッセージが届いた。
『お前には、どうしても必要な役目があったんだと思う。でも、今はそれを受け入れるしかないんだろう。俺たちは、何とか生き延びている。』
その言葉を読み終えると、健一は思わず微笑みそうになった。それでも、心の中で何かが壊れたような気がした。彼はあの異世界で、何も成し遂げることができなかった。しかし、佐藤蓮の言葉に、ほんの少しだけ救われたような気がした。
「俺も、頑張らないと」
健一は深く息を吸い込み、窓の外を見た。何もかもが戻ったように思えたが、心の中には変わらぬ空虚感が残っていた。それでも、彼は再び歩き出さなければならなかった。
異世界での出来事がどうであれ、彼の物語は終わったわけではない。健一は、自分が戻ったこの世界で、再び歩き始める決意を固めた。それが、たとえ小さな一歩だとしても、彼にとっては新たな一歩だった。
彼は、もう一度だけ、自分の足で歩き出すことを誓ったのだ。
――物語は、まだ終わらない。