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7.お隣の距離感おかしい美人さんは実はカメコ女子だった話

 明日海が隣に越してきてから、数日が経った頃。

 またもや魅玲と香奈子が大量の食材を抱えて刃兵衛部屋を来襲した。


「刃兵衛くーん! 肉だー! 肉食うぞー!」


 室内に上がり込むなり、魅玲が焼肉セットとラベルが貼られた大きな冷蔵パックを、自身のマイバッグから取り出した。

 どうやら今宵のレイヤー美女ふたりは、文字通り肉食系の気分らしい。

 刃兵衛は内心でやれやれとかぶりを振りながら卓上コンロをテーブル上に持ち出し、そこに焼肉用の網焼きセットを据える。

 一方で魅玲と香奈子は上着のみならず、トップスやボトムスまで次々と脱ぎ去ってゆき、キャミソールにホットパンツだけの超軽量部屋着へと着替え終えていた。

 そして勝手知ったる何とかの如く、それまで着ていた自分達の衣服を刃兵衛部屋のクローゼット内へと押し込んでゆく。


「え……何でそんな格好なんスか」

「そんなの決まってるじゃない。脂の臭いとか付けたくないからね」


 香奈子がごく当たり前の様にしれっといい放った。

 ここは飽くまで、刃兵衛の居住部屋だ。

 ふたりの美女からすれば他所様のお宅である筈なのだが、ここ最近はもうすっかり自分の家のリビングか何かと思っている様な節がある。

 それにしても、同じ年頃の男性の前でよくもまぁ、ここまで無防備になれるものだ。しかもカレシでも何でもない、ただの後輩相手に。

 或いは、ふたりは刃兵衛をわざと性的に挑発しているのかも知れない。

 これだけセックスアピールしまくれば、いずれ刃兵衛も男の欲望に負けてふたりに襲い掛かるだろう。だがそうなれば、彼女らの目論見通りだ。

 カラダを許してやる代わりに、男の娘コスを着ろと迫る魂胆に違いない。

 そんな罠に、誰が乗ってやるものか――刃兵衛は我天月心流の修練の中で徹底的に鍛えた鋼の精神力を以て、彼女らの誘惑を完璧に撥ね退ける決意を固めていた。

 ともあれ、準備は整った。

 三人は早速、自分の好きな部位の肉を焼き網の上に並べてゆく。強火で炙られた上質の肉が、じゅうじゅうと心地の良い音を立てて次々と焼き上がっていった。

 と、その時、不意にインターホンが鳴った。


「あれ? 笠貫君、お客さん?」

「いやー、今日は誰も来る約束なんてあらへんのですけど……」


 香奈子に答えながら玄関扉を押し開くと、そこに一升瓶を抱えた明日海の姿があった。


「……そんなん持って、どないしたんスか?」

「ちょっとね、イイお酒手に入ったから、笠貫君の部屋で晩酌でもしようかと……」


 などといいながら、室内をちらちらと覗き込む明日海。

 何もわざわざ、こんな時に来なくとも良いのにと、内心で頭を抱えた刃兵衛。

 ところがそこへ、魅玲が軽やかに立ち上がって玄関口まで出てきた。


「あれー? どちら様ー? 刃兵衛君のカノピ?」

「ちゃいます。ただのお隣さんです」


 刃兵衛が渋い表情で振り返る。その間、明日海はしばし怪訝な表情で魅玲の迸る様な色気たっぷりの美貌をじっと見つめていたが、やがて急に声を裏返して、心底驚いた様な悲鳴に近しい叫びを上げた。


「え……う、嘘ー! も、もしかして、アストロゲームス公式レイヤーのM-Ray様ですかー!?」

「あら? あたしのこと知ってらっしゃるの?」


 きょとんとした顔で、明日海の顔をまじまじと見つめる魅玲。

 すると明日海は一升瓶を手にしたまま、あわあわとひとりで取り乱し始めた。かなり異様な光景だった。


「どうでもエエんスけど高遠さん……虫入るんで、中に入るかして貰えません?」


 刃兵衛の仏頂面を受けて、明日海は未だ困惑のまま室内へと足を踏み入れた。そして彼女は更に、ひとりで肉を焼き続けていた香奈子の姿を見て卒倒しそうな勢いを見せた。


「あー! あ、ああああ、あなたは、プロレイヤーのかなっぺ様!?」

「あらら、魅玲だけじゃなくて、うちのことも御存知?」


 落ち着いた様子でひたすら肉を焼き網上で育て上げている香奈子。

 刃兵衛はこの時初めて、魅玲と香奈子のレイヤーネームを知った格好だった。


「ま……まさかこんなところで、M-Ray様とかなっぺ様のダブル巨頭にお会い出来るなんて……もう、いつ尊死しても悔いはございません……!」

「高遠さん、おふたりのこと、詳しいんですか?」


 刃兵衛が再びトングを手に取りながら肉焼きを再開すると、明日海は知っていて当然だとばかりにまくし立ててきた。

 どうやら明日海は、カメコ女子だったらしい。

 学内での彼女は穏やかな大人女子という印象だっただけに、その興奮ぶりはいささか常軌を逸している様にも思えた。


「でも、あたしらコス着てないのに、よく分かりましたねー」

「実はうちの大学にコスプレサークルがあることは、前から聞いてたんです。で、おふたりが所属なさってるってことも風の噂で聞いてましたから……」


 成程、それですぐにピンと来た訳か――刃兵衛は密かに頷きながら、それでも大したものだと感心した。

 今の魅玲と香奈子は完全に自宅モードで、超リラックス状態で焼肉を堪能しようとしている。

 そんな状態でもふたりの正体に気付いた訳だから、明日海が如何に、普段から彼女らを追いかけているのかということを如実に物語っていた。


「で、でもでも、どうしておふたりが、笠貫君のお部屋に?」

「あー、それ語り始めると、ちょっと長いかも」


 魅玲がシマチョウをもぐもぐと頬張りながら苦笑を滲ませた。

 その一方で刃兵衛は、これまでにない程の危機感を覚えていた。

 美女レイヤーに美人のカメコ女子が邂逅を遂げた。これは下手をすれば、男の娘コス強要戦線が更に増強されかねない事態であろう。

 ハラミを数枚同時に焼きながら、刃兵衛は警戒心をあらわにしつつあった。

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