6.同クラスの距離感がちょっとおかしい美人が隣に越してきた話
魅玲と香奈子を自室で介抱してから数日間は、彼女らが毎日の様に遊びに来て、夜遅くまでピザパーティーやらたこ焼きパーティーなどを催していた為に、随分と騒がしかった。
食費や材料費等は全て彼女らが持つという条件で訪問を許した刃兵衛だったが、やっぱり男の娘コスをする気は無いかと毎回毎回迫られるのにはひたすら閉口した。
(あのお姉さん方を連れてきたのは失敗やったなぁ……)
成り行きで彼女らを助けたのは仕方が無いにしても、せめてどこかのラブホテルにでも放り込んでおけば良かったと今更ながら後悔した刃兵衛。
このままではいずれ、この快適な根城が彼女らの乱交場と化すのは時間の問題だった。
しかし、良いアイデアが浮かんでこない。連日、ハイテンションな女子大生ふたりを相手に廻してさんざん弄られまくったのだから、きっと頭も疲れているのだろう。
(どっか他所へ引っ越した方がエエやろか……)
遂にはそんな思考までが湧いてくる始末だった。
そして週末、金曜日の夜。
魅玲と香奈子は合コンがあるから今夜は来ないと明言していた為、久々に彼女らから解放された刃兵衛は、今宵はアニメ見放題の夜にしようと画策し、コーラやらポテチやらを大量に買い込んで引き籠った。
で、結局徹夜した彼は明け方にはベッドに潜り込んだ訳だが、今度は隣の部屋がやけに騒がしく、とても眠れる様な状況ではなくなった。
(何や……もしかして引っ越し? こんな中途半端な時期に?)
余りに騒がしい為、つい廊下に出て隣室の扉から階段方面をじぃっと眺めてみた。廊下は養生され、マンション前の駐車場には引っ越し業者のトラックが停まっている。
矢張り、誰かが越してくる様だ。
しかし随分と奇妙な引っ越しだった。
大学生なら春休み中に入居を済ませているだろうし、社会人であったとしても転勤にしては物凄く中途半端な気がした。
四月も半ばを過ぎてゴールデンウィークが迫りつつあるこんな時期に、どんな事情で越してくるというのだろうか。
そんなことを思いながら自室前の廊下端に座り込んで、引っ越し業者らのてきぱきした動きをぼーっと眺めていると、向こうの階段からどこかで見た覚えのある人影が姿を見せた。
同じクラスの、明日海だった。
彼女は動き易そうな軽い服装に身を包んでおり、引っ越し業者らと何事か言葉を交わしてから、刃兵衛の姿に気付いた様子で小走りに近づいてきた。
「わぁ、凄い偶然……笠貫君も、ここに住んでたんだ」
「え……もしかしてここに越して来はんの、高遠さん?」
流石に刃兵衛も驚きを禁じ得なかった。そこで、どうしてまたこんな中途半端な頃合いにと訊いてみた。
すると明日海は、前の居住者が大家とトラブルになっていた為に、すぐに引っ越してくることが出来なかったのだと小さく肩を竦めた。
明日海自身も、本当は春休み中に引っ越しを済ませたかったらしいのだが、結局前期が始まった後にずれ込んでしまったのだという。
「あれまぁ……そらぁ災難でしたね」
「うん、ちょっと余計な交通費かかっちゃってイヤ~んな気分だったけど、まぁ良いわ。お隣さんが笠貫君だったから逆にテンション、アガっちゃった」
機嫌良さそうに笑う明日海に、どういう意味なのかと小首を傾げた刃兵衛。
しかし隣に彼女程の美女が引っ越してきたとなると、それはそれで夜が騒がしくなりそうな気がした。
(こんな美人やもんな……絶対すぐカレシ出来て、夜中までイチャつくんやろうな)
一応、壁はそれなりに厚くて防音もばっちりだとは聞いているが、ベランダ越しに色んな声が聞こえてきそうな気がして、少し不安だった。
(お願いやから、誰かに見られるスリル求めてベランダプレイとかいうのだけは、やめといてや……)
内心でやれやれとかぶりを振りながら自室へ戻りかけた刃兵衛。
すると明日海が、刃兵衛が自室のドアを開け放ったところへひょいっと顔を覗かせてきた。
「ねぇ笠貫君、お部屋ってどんな感じ? 角部屋だと何か違うの?」
「いや、どうなんでしょう。お隣入ったことないんで……」
適当にあしらって早々に引き籠ろうとした刃兵衛だったが、明日海はお構いなしに刃兵衛部屋の室内を覗き込んでくる。
そして妙に裏返った声で、驚いていた。
「え、何コレ……めっちゃ広いじゃない。角部屋ってだけで、こんなに違うの?」
「そんなに違います?」
余りに大袈裟に驚くものだから、つい眉間に皺を寄せた刃兵衛。
すると明日海は、うちの部屋ちょっと見てよ、などといいながら刃兵衛の手を引いて、まだ引っ越し作業中の隣室へと連れ込んでいった。
「あー……確かに、ちゃいますね」
「違うなんてモンじゃないって。笠貫君とこ、倍ぐらい広いわよ」
そういわれてもなぁ、と頭を掻いた刃兵衛。
こういうのは早い者勝ちだから、後から入居してきた明日海にどうこういわれても正直、困る。
「イイなぁ~、イイなぁ~……あんな広いお部屋、サイコーだろなぁ~」
「替わりませんからね」
それだけいい残して、そそくさと自室へと戻った刃兵衛。
確かにこうして改めて見ると、明日海の部屋とは相当に広さが違う。
と同時に、物凄く嫌な予感がしてきた。
(まさかとは思うけど……広い方がエエとかいうて、入り浸ったりせんやろな……)
年頃の女子大生が、カレシでもない男の部屋に転がり込んでくるなんてことは流石に無いと信じたいが、魅玲や香奈子の陽キャ美女JDの勢いに乗じてどさくさ紛れに、という可能性も無くはない。
(最終防衛線だけでも、どっかに引いといた方が良いかな……)
頭の中であれこれ考え始めた刃兵衛だが、再度アニメを見始めた頃には、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。
が、その警戒心の薄さをその日の夜には早々に後悔することとなった。
「笠貫くーん。引っ越し蕎麦食べよー」
何の前触れも無く、いきなり明日海が刃兵衛部屋のドアを開け放って上がり込んできた。
すぐに追い出したいところだったが、丁度プレイ中だったゲームが佳境だった為にすぐには対応出来ず、結局彼女が居座るのを横目で眺めるしかなかった。
(しもた……鍵ぐらい掛けときゃ良かった)
自身が我天月心流の達人であり、そこらの不審者程度なら一撃で叩きのめしてしまえるという自信が、この不用心さに繋がったしまった。
流石にこればかりは、明日海を責める前に己の迂闊さを呪うしか無かった。