5.図らずも美女ふたりをお持ち帰りせざるを得なくなった話
刃兵衛は、R大学に程近い住宅街に建つワンルームマンションで生活していた。
決して最新式という訳でもなく、オートロックも無い少し古びたマンションだが、造りはしっかりしている上に、耐震性能の面でも申し分無い。
本当ならもっと家賃の高いところに住むことも出来たのだが、大学までの距離と周辺環境や利便性を総合的に判断して、今の住居に落ち着いた。
刃兵衛はこのマンションの、二階の角部屋に居を構えている。
間取りも同じ階の他の部屋と比べるとやや広めであり、ちょっとしたお得感を満喫することが出来た。
ところが入居してから二週間程が経った或る日、静かな筈のその部屋が恐ろしい光景に呑み込まれていた。
魅玲と香奈子が、ほとんど素っ裸に近しい格好でベッドや床に寝転んでしまっているのだ。
ふたりは顔が赤く、そしてとんでもなく酒臭い。
どうやら合コンに参加してきたらしいのだが、相手側の野郎連中につい乗せられてしまい、未成年だというのに何杯も度数高めの酒を呷ってきた模様。
男の側は酔い潰れた彼女らをお持ち帰りするつもりだったのだろう。
この少し前、飲み屋街の外れにある遊歩道のベンチで、魅玲と香奈子はべろんべろんに酔っ払っているところを、ふたりの見知らぬ男性に介抱される体でいい様に全身を触られまくっていた。
そこへたまたま通りがかった刃兵衛が、何事かと覗き込んだ訳である。
本当ならそのまま立ち去ろうかと思ったが、魅玲がとろんとした目つきで刃兵衛の名を呼んだものだから、逃げるに逃げられなくなってしまった。
仕方無く歩を寄せてゆくと、美女ふたりをお持ち帰りしようとしていた男ふたりがあからさまに攻撃的な目を向けてきた。
正直なところ、刃兵衛も面倒事に巻き込まれるのは御免蒙りたかったのだが、酔った相手のカラダを好き勝手する様な卑劣な連中を見ていると、何だか少しイラっときてしまった。
そこで、軽く牽制してやることにした。
「そのお姉さん方、カレシ持ちっスよ。後で揉めても、僕知りませんからね」
刃兵衛が放ったこのひと言は、効果覿面だった。
彼女らをフリーの女子大生だと思っていたのか、男ふたりは突然興覚めしたかの如く魅玲と香奈子への執着を失った様子で、ぶつぶつと文句を垂れながら去っていった。
さて、問題は残るこのふたりである。
正直なところ、刃兵衛は彼女らの家を知らない。そして幸か不幸か、刃兵衛のマンションはここから割りと近い位置にある。
(このまま放っておいて、変な事件に巻き込まれでもしたら寝覚め悪いやろなぁ)
そんな訳で刃兵衛は、ふたりを自分の部屋へ連れ帰ることにした。
実は刃兵衛、子供の様な顔立ちと低い身長から非力な様に見られることが多いのだが、その肉体は我天月心流の修練で徹底的に鍛えられており、女性ふたりを肩に担いで歩く程度のことはどうってことも無かった。
勿論、周囲からは物凄く奇異な目で見られる。が、もともと周りからの変な目線には慣れ切ってしまっていた刃兵衛にとっては正直、今更である。
そうして彼は見た目からは想像も出来ない程の剛腕を発揮して、ふたりの美女を自身の部屋に連れ込んだ。
「刃兵衛く~ん……苦しいよぉ~……脱がせて~」
「あー、うちもー……笠貫君、おねがーい」
酔っ払って前後不覚になったふたりは、最早羞恥心など欠片も無い様だったが、腹部を圧迫したままでは室内で盛大にゲロを撒き散らされる可能性もある。
「はいはい、分かりました……取り敢えず楽な姿勢で適当に寝といて下さい」
刃兵衛はふたりの服を手早く脱がせた。現れたのは派手な色合いの、どう見ても勝負下着だった。
(え、何このひとら……お持ち帰りされる気、満々やったん?)
それなのに、こんなにべろんべろんに酔っ払っているのか。
正直、ちょっと頭がおかしいんじゃないかとすら思えてきた。
魅玲に至っては、確かカレシが居る筈だった。それなのに合コンに出て、お持ち帰りご希望とは、中々良い度胸をしている。
(そのうち彼氏さんと、修羅場るんとちゃうか……)
もう呆れて物もいえなかったが、自室内で風邪をひかれても困るので、まずは魅玲をベッドの中へ押し込み、香奈子は薄手の毛布に全身をくるんでから、キャンプ用の寝袋の中に押し込んだ。
これでひと晩、普通に寝て過ごせるだろう。
刃兵衛は、徹夜で過ごすことにした。酔っ払いのふたりの容態が急変した場合、すぐに対応する必要がある。呑気に寝ている場合ではなかった。
◆ ◇ ◆
そして、朝になった。
「うぇ~……めっちゃ頭痛ぁい……って、あれぇ? ここどこぉ?」
ワインレッドの派手な意匠のブラジャーとショーツ、更にはガーターベルトとストッキングというエロさ満開の姿のまま、ベッド上で起き上がった魅玲。
そんな彼女に、勉強机で参考書を読みふけっていた刃兵衛が自分の部屋着用パーカーを放り投げた。
「古薙先輩、おっぱい丸見えッスよ。それ着といて下さい」
「あ、ありがと……っていうか、え、ちょっと待って! ここもしかして、刃兵衛君の部屋?」
今になって急に狼狽え始めた
「それより気分はどないです? 昨日、おふた方ともべろんべろんに酔っ払ってはりましたよ。下手したら急性アル中になってしまうんやないかって冷や冷やしてました」
すると、刃兵衛と魅玲の話し声に目が覚めたのか、香奈子も目をこすりながら寝袋の中から上体だけを起こしてきて、茫漠とした表情のまま室内をぐるりと見廻している。
それからしばらくして、こちらも魅玲と同じ様な反応を見せ始めた。
刃兵衛はひたすら狼狽するふたりの酒臭い美女に昨晩の顛末を説明しつつ、熱い梅昆布茶を供した。
「あ、ども、ありがと……」
微妙に恥ずかしそうな面持ちで湯飲みの中身をすする香奈子。その視線がちらちらと、刃兵衛の童顔を何度も捉えていた。
「あー、大丈夫ですって。僕何もしてませんから。あんな状態でおふたり襲ったりしたら、絶対部屋ん中ゲロまみれになってますよ」
「んもー、分かった分かった、ホントごめんて」
刃兵衛のパーカーを着込んで、湯飲みを両手で包み込む様に持っている魅玲が苦笑を返しながらへこへこと頭を下げた。
「てかさ、どうやってうちらをここまで運んだの? ここ、笠貫君ひとり暮らしなんでしょ?」
「別に、おふた方担ぐぐらいやったら、僕ひとりでも十分っスよ」
刃兵衛の応えに、香奈子は尚もよく分からないといった様子で、呆気に取られていた。
「それより先輩方、化粧落とさんまま寝てはりましたけど、エエんですか?」
そのひと言に、魅玲も香奈子も甲高い悲鳴を上げながら慌てて洗面所へ駆け込んでいった。
本当に大丈夫かと眉間に皺を寄せながら、刃兵衛は洗面所のふたりに呼び掛けた。
「コンビニで適当なクレンジング買うときましたから、良かったら好きに使っといて下さい」
「あ、ありがと~……マジで助かる~」
洗面所から魅玲が幾分脱力した様な声を返してきた。
(女のひとも、大変やな……)
幾分呆れながら、刃兵衛は朝食の準備に取り掛かった。