3.カレシが居ても他のオトコを狙う美女レイヤーの話
その後も刃兵衛は、魅玲や香奈子から度々連絡を受ける様になっていた。
ふたりに乞われてラインのID交換をしたのが、そもそも拙かったかも知れない。
そしてこの日、刃兵衛はふたりの美女レイヤーに誘われて夜の食事へと引っ張り出された。
すんでのところで打球の直撃から救ってやった香奈子が、危ない所を助けてくれたから、その御礼がしたいということで夕食を奢ってくれることになったのだ。
で、連れて行かれたのが大学近くの居酒屋だった。
「それじゃあ、あたしらの素晴らしい出会いを祝しまして、カンパ~イ」
魅玲が音頭を取って、ウーロン茶のグラスを掲げた。
刃兵衛はカルピス、香奈子はジンジャーエールが入ったグラスを軽く持ち上げた。
三人共まだ未成年だから当然飲酒は出来ないのだが、魅玲も香奈子も居酒屋の雰囲気が好きらしく、一年生の頃からコスプレサークルの面々としょっちゅう足を運んでいたとの由。
ところがここでも、刃兵衛は物凄く奇異な目で見られた。
中学生なのに、綺麗なお姉さん方と居酒屋に来るのか、という様な目で見られまくった。
流石にお子様メニューを提示される様なことは無かったが、だいぶん物珍しそうな顔を向けられたのは事実であった。
R大学法学部にも一応、クラス編成というものは存在する。
それに依れば刃兵衛は法学部一年二組というところに所属しているのだが、その二組の面々とはまだ顔を合わせていないというのに、いきなり二年生の先輩美女ふたりとこうして居酒屋で晩飯にありつくという、かなりおかしな状況に至っている。
刃兵衛がふとそんなことを零すと、魅玲も香奈子も、まぁまぁ気にしないでと陽気に笑うばかりだった。
「おふた方、コスプレは長いんですか?」
「え? え? もしかして刃兵衛君、コスプレに興味持ってくれた?」
何の気無しに訊いただけなのに、魅玲が早速脈ありなのかと勘違いして食いついてきた。
刃兵衛はあからさまに渋い表情を見せながら、違いますよと明瞭に否定した。
「うちは中学生の頃からかなぁ。本格的にやり出したのは高校入ってからだけど」
香奈子はコスプレ歴5年だというから、キャリア的には中堅レイヤーなのだろうが、その美貌と抜群のスタイルを駆使してSNSでバズりまくった結果、プロのレイヤーとして専門の事務所にも籍を置く様になった。
それはそれで凄いことだと、刃兵衛は素直に感心した。
「将来、それで食っていくんですか?」
「ん~、どうかな。こういうのって、若くて体の線が維持出来る時にしか出来ないからねぇ」
勿論中年以降でもコスプレは出来るが、プロとして見栄えするスタイルを披露出来るかどうかは、また別問題である。
成程と頷きながら、刃兵衛は出汁巻き玉子をつついた。
「それで刃兵衛君はさ、どっちが好み?」
不意に魅玲が、自分と香奈子を指差しながら妙な問いを投げかけてきた。
刃兵衛は意味が分からず、頭の中に幾つもの疑問符を浮かべた。
「何がですか?」
「だーかーらー、オンナの好みよ」
ここぞとばかりに、色気たっぷりに妖艶な笑みを浮かべる魅玲。刃兵衛に男の娘コスをさせる為の色仕掛けという訳だろうか。
しかし仮にそうでないとしても、見た目中学生の相手にハニートラップ紛いの行為は如何なものだろう。
「おふた方ともお綺麗ですから、どっちかに絞るなんて難しいっすよ」
「あらあら、随分オンナの扱いに慣れてるじゃない」
んふふふふと嬉しそうに笑いながら、こちらも妖しく性的な目線を流してくる香奈子。
どうやら答え方に失敗したかも知れない――刃兵衛は内心で溜息を漏らした。
「じゃあ、ふたりで一緒に刃兵衛君、食べちゃおっかなぁ」
「酒も入ってないのに、酔っ払わんで下さいよ」
やれやれとかぶりを振りながら、刃兵衛は砂ずりの串に手を伸ばした。
と、この時魅玲のスマートフォンがテーブル上で鈍く振動した。誰かから着信があったらしい。彼女は応答に出ながら椅子を立ち、店の外へと飛び出していった。
「そいやぁ何も聞いてませんでしたけど、安土先輩と古薙先輩は、学部はどちらなんですか?」
「うちは経済学部で、魅玲は文学部」
ふたり共、大学に入るまではお互いの存在を知らなかったそうで、コスプレサークルで初めて顔を合わせたということらしい。
「コスプレイベントでも、主戦場が違ったからね。うちはコミケとかそっち系だけど、魅玲はゲーム関連のイベントで頑張ってるから」
勿論、そういう色分けの無いイベントも数多くあるのだが、ふたりが邂逅を果たしたのはR大学のコスプレサークルだったらしい。
魅玲はゲーム会社公認レイヤーで、香奈子は事務所所属のプロレイヤーだからもっと以前から接点があったのかと思っていたが、案外そうではないという話だった。
「あ、でも存在自体はお互い前々から知ってたよ。ネットとかにも割りと頻繁に出てるからね」
ここで刃兵衛は益々分からなくなってきた。
それ程の凄い立ち位置にあるふたりが、何故自分なんぞにそこまで御執心なのか。
中性的な顔立ちの男子など、他に幾らでも居るだろうに。
刃兵衛がそんな意味のことを訊くと、香奈子は妙に真剣な眼差しで刃兵衛の顔を覗き込んできた。
「笠貫君はね、もっと自分の価値を理解した方がイイと思うんだよねぇ」
香奈子曰く、刃兵衛はトータルで見て最もリトルエクリプスに相応しいと力説した。
顔立ちのみならず、体格や佇まい、そして格闘技を自在に操る身体能力など、全てが件の男の娘コスに適しているというのである。
そういうところで褒められてもひたすら複雑な気分にしかならない刃兵衛だが、香奈子の刃兵衛を求める気持ちはどうやら本物らしい。
と、そこへ魅玲がスマートフォン片手に引き返してきた。
彼女は椅子に座るなり、盛大な溜息を漏らした。
「どしたの?」
「ん~……またちょっと、カレと揉めちゃっててさ……」
曰く、魅玲がコスプレイベントを優先させる余り、デートの時間が取れないのが気に入らないと文句を垂れてきたというのである。
流石にこればかりは刃兵衛としても何ともコメントのしようが無かったのだが、ここでふと、妙なことに気付いた。
「古薙先輩……彼氏さん居てはるのに、下級生食っちゃおうとか思うんスね……」
「えー、それとこれとは別じゃん」
マジか――刃兵衛はまるで人外でも見る様な気分で、魅玲のやたら色気たっぷりな美貌を凝視した。
女って、本当に怖いと思った瞬間だった。