15.結局なんだかんだでコスやらされた話
もう間も無く夏休みを迎えようという時期。
そろそろ休み中の計画を立てようかという話を魅玲と香奈子が刃兵衛の部屋でのんびり交わしていると、そこへさも当然の如く久留美が押しかけてきた。
「ジンガサさんの為に、デザインしてきましたよ!」
作業用チェアで振り向いた刃兵衛は、突然何をいい出すのかと小首を捻った。
ここ最近玖瑠美は魅玲や香奈子、或いは明日海といった面々に影響されたのか、突拍子もないことを突然口走ることが多くなってきた様に思える。
ところが彼女の今回の行動は、魅玲と香奈子は知っていたらしい。
「あー、やっと完成したんですね」
「凄く楽しみにしてましたよ~!」
ふたりがまるで部屋の主でもあるかの様に、気さくな調子で久留美を室内に迎え入れる。本来の主たる刃兵衛の意向など、端から眼中に無さそうであった。
しかし、この三人の行動がどうにも気になる。
刃兵衛は若干嫌な予感を覚えつつ、久留美がテーブル上で持参したタブレットに表示している一枚のイラストを横から覗き込んだ。
そこに、魅玲と香奈子が散々刃兵衛に要望を連ねていたリトルエクリプスの姿があった。が、その衣装は男の娘などではなく、中性的な雰囲気を漂わせる独特なデザインのタキシードだった。
「わー、凄い凄ぉい! 流石ですね! この、一応ちゃんとした男装なんだけど、でもメスを感じさせる仄かな色気とか、めっちゃイイかも!」
魅玲が声高に飛ばした感想に、刃兵衛は思わず天井を仰いだ。
そういうことだったのか――どうやら魅玲と香奈子は、頑なに男の娘コスを拒絶する刃兵衛の為に、ならば男の娘以外のデザインでコスを実現しようと新たなイラストを久留美に依頼していたものと思われる。
プロのイラストレーターに普通、こんなことまでさせるだろうか。
信じられない思いの刃兵衛だったが、しかし実際に久留美が仕上げてきてしまった。彼女の表情を見ると、本人もかなりノリノリで描いていた様に思われる。
そこまでして、刃兵衛にリトルエクリプスを求めていたのかと思うと、空恐ろしい気分に陥ってしまった。
「これなら、今から着手したら夏のイベントに間に合いそうですね」
いいながら香奈子が、何やらメモを書き出し始めた。材料や価格、製作スケジュールなどを形にしようとしている訳だろうか。
しかしそれ以前に彼女らは、刃兵衛がコスプレに応じることを大前提として動いていることが物凄く気になった。刃兵衛はまだひと言も、コスに応じるとはいっていないのだが。
「えー? だって刃兵衛君、前にいってたじゃん。男の娘じゃなかったら別に構わないーって」
「いや、そらまぁ、言葉のあやでそれぐらいのことはいうたかも知れませんけど……」
一応抵抗はしてみた刃兵衛。
しかし、どうにも防ぎ切る手立ては無さそうに思える。
「はーい。それじゃあ採寸、始めるよー」
香奈子がポーチの中からメジャーを取り出した。そんなものをいつも常備しているのかと驚いた刃兵衛だが、或いはもしかすると、この日に久留美がデザインを完成させてくるだろうから、それに合わせてわざわざ持参していたのかも知れない。
そう考えると、恐ろしい程の連携だといわなければならないだろう。
「っていうか、お姉さん方……僕みたいな素人担ぎ上げて、どうするんですか。おふた方ともプロなんやし、御自身で色々やった方が……」
「なぁ~に、いってんのよ! 笠貫君ほどの逸材、中々居ないんだからね! もうイイ加減観念しなよ!」
尚も嬉々として刃兵衛の小柄な体のあっちこっちを、どんどん採寸してゆく香奈子。
もう完全に、為されるがままだった。
「男の娘コスは、諦めてあげる。でもリトルエクリプスにはなり切って貰うからねー!」
香奈子は半ば勝利宣言の如くいい放ち、ドヤ顔でふんぞり返った。
これは駄目だ、空気感的に、お断り出来る流れではない。
刃兵衛は諦めて、盛大な溜息を漏らした。
更にそこへ、隣の部屋から明日海がカメラ片手に飛び込んできた。どうやら久留美が呼び出したらしい。
「いよいよ……いよいよ、我らがリトルエクリプスが誕生なんですね!」
すっかり興奮している明日海。
外堀は完全に埋められたと見て良さそうだった。
◆ ◇ ◆
それから、およそ半月後。
とあるコスプレイベントに、新星が現れた。
そのレイヤーは、従来の男の娘スタイルではなく、男装という新たなシチュエーションでリトルエクリプスの美麗な姿をひとびとの前に披露したことで、ちょっとした話題となった。
更にその新人の左右には、プロのレイヤーが同じ世界観のキャラクターでコスを揃え、完璧な合わせを実現していた。
その話題は一気に様々な方面へと拡散してゆき、その小柄なレイヤーに多くの関連企業が注目することとなった。
だが不思議なことに、その新人レイヤーは遂にはどこの企業、どの事務所とも契約を結ぶこと無く、ものの半年程で姿を消した。
その理由は明らかではなかったが、彼をプロデュースしたふたりのプロレイヤー美女達は、ただ苦笑を浮かべて、そっとしておいてやって欲しいと繰り返すばかりだった。
こうして、男の娘コスを免れたひとりの童顔な青年は、ほんの一瞬だけ世間を賑わせ、そして再び群衆の中へと消えた。