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13.美女レイヤーとラブホで一夜を明かした話

 やや薄暗いムーディーな雰囲気の中で、ノートPCのキーを叩く乾いた音が淡々と鳴り響いている。

 そしてふかふかのベッドの上では、黒いブラジャー、黒いミニショーツのみというほとんど裸に近い魅玲が手持無沙汰な様子でごろごろと端から端までを寝転がって往復していた。


「ねーねー、刃兵衛くーん……ホントにヤんないのー?」

「やーりーまーせーん」


 問われた刃兵衛は普通にロングTシャツとGパンという姿のまま、ドレッサー上で開いたノートPCで、ひたすら文字を打ち続けていた。

 今宵、刃兵衛は魅玲とふたりでラブホテルの一室で止む無くひと晩を明かすことになった。

 発端は魅玲が、六本木に美味い焼肉店を見つけたから皆で食いに行こうといい出したことだった。

 ところが調子に乗って飲み過ぎた魅玲が動けなくなってしまった為、一緒に来ていた香奈子や明日海、久留美といった面々を先に帰らせて、刃兵衛ひとりで魅玲を介抱しながら彼女の自宅まで送ることになった。

 当初は香奈子も、


「えー……笠貫君だけに任せるのは悪いよー」


 と心配顔だったが、刃兵衛は自分には金も腕力もあるから大丈夫だと、彼女ら三人を先に帰らせた。皆で下手に居残って全員が終電を逃してしまう方が余程に危険だと判断したのである。

 そんな訳で刃兵衛は、魅玲に肩を貸しながら彼女の酔い覚ましの為にぶらぶらと夜の街を徘徊していた。

 ところが魅玲が急に気分が悪いといい出した為、どこかでゆっくり休める場所は無いかと探したところ、すぐ近くにラブホテル街があることに気付いた。


(まぁエエか……他に良さげなとこも無いし)


 という訳で、魅玲を連れて少し高めなお値段設定の一室に飛び込んだ。

 そして現在、すっかり回復した魅玲は来ていた服を全部脱ぎ散らかして、先程から刃兵衛に誘惑の視線を投げかけてきていた。

 一方の刃兵衛、出先でも作業が出来る様にとリュックに忍ばせておいたノートPCを広げ、自室でやり残していたレポート作成をひとり淡々と進めていた。


「古薙先輩、元気にならはったんならさっさとシャワー浴びて、化粧落としてきたらどないです? また朝になって慌てないかん様になりますよ」

「うー……刃兵衛君ってホント、お母さんみたいだよね」


 顔だけ見たらお子様なのに、などとぶつぶついいながら、魅玲は刃兵衛の指示に従ってバスルームへと足を運んでいった。

 ところが、


「ねー、見て見て刃兵衛くーん。ここのバスルーム、ぜーんぶガラス張りで丸見えだよー」


 下着も全部脱ぎ去って本当に丸裸になった魅玲が、これ見よがしに誘ってくるが、しかしその手には乗らない刃兵衛。

 陽キャな女子大生の性事情は随分と奔放で大らかだとは聞いていたが、ここで安易に食らいつく程、刃兵衛も迂闊ではない。


(あかんあかん……あんな誘いにのったら、古薙先輩の思う壺や)


 どうせ男の娘コスをやらせようという下心が根底にあるのだろう。如何に相手が美人でスタイルが良くても、そんな罠にあっさりかかってやる程、刃兵衛もお人好しではない。

 やがて魅玲がバスタオル一枚をボディに巻き付けた格好でバスルームから戻ってきた。

 その間も刃兵衛はひたすら作業に没頭していた。


「ホント、刃兵衛君って堅いっていうか、オンナに興味示さないよね……もしかして、そっちの気があったりする?」

「残念ながら僕はノンケです。女性にしか興味御座いません」


 ならばどういうことだと、魅玲は不満げな様子で刃兵衛の傍らにすり寄ってきた。


「ホントさー、ドーテー君が無理して硬派ぶるのは、見てて可愛くないぞー」

「誰が童貞ですか」


 その瞬間、魅玲は一瞬ぽかんとした表情。それから数秒後には、声を裏返して驚嘆の叫びを上げていた。


「えー! 刃兵衛君、ドーテーじゃないのー? そんな……そんなお子ちゃまみたいな顔してんのにぃ?」

「顔だけで童貞、非童貞をジャッジすんのはどうかと思いますよ」


 その間も刃兵衛はキーを打つ手を止めない。

 魅玲は未だに信じられないといった様子で、まじまじと横から眺めてくる。


「じゃあ一体何? ノンケだしカラダの経験もあるのに、どーしてエッチしようって気になんないの?」

「いやいや、ご自身の日頃の言動をよぅ思い出してみて下さいよ」


 刃兵衛に指摘されて、一瞬魅玲は納得しかけた様な表情を浮かべたが、しかしすぐにその美貌は再び疑問の色に染まった。


「いや、でもさぁ……それでもオトコってヤりたがるモンじゃないの?」

「古薙先輩がお付き合いしてきた男性はどうか知りませんけど、僕は自分の意思で性欲やら何やらを抑えられますんで、全然不思議な話やないです」


 事実、その通りだった。

 我天月心流は暗殺拳であり殺人拳だ。

 その為、常に己の精神状態を自身の意思で制御する技術を習得しなければならない。その結果、自身の肉体に生じる生理現象すらもある程度コントロール出来る様になる訳だが、とりわけ性欲は冷静な判断力を維持出来るかどうかに関わってくる為、最も厳しく訓練が課される抑制対象だった。

 そんな話を魅玲に語る訳にはいかなかったが、刃兵衛の毅然とした、そして色欲には一切動じぬ姿に、彼女も呆れると同時に諦めざるを得なかった様だ。


「ちぇー……つまーんなーいのー」

「もうエエからさっさと寝て下さい。朝になってから二日酔いでしんどい目に遭うのは先輩の方っスよ」


 尚もぶつぶつ文句を垂れ流している魅玲だが、そのままベッドに潜り込んでスマートフォンを弄り始めた。

 据え膳食わぬは男の恥とはよくいうが、この場合は絶対に手を出してはならない。それは魅玲だけに限った話ではなく、香奈子や明日海も同様であった。


(男の娘コスに関わる女のひとは全員、警戒対象やしなぁ)


 そういう意味では、イラストレーターの久留美も例外ではない。

 昨日知ったことだが、魅玲や香奈子がやたらと迫って来る男の娘コスのキャラクター、リトルエクリプスの原案を制作したのは、何と久留美だったというのである。

 こうなると彼女も要警戒対象として防衛線を張る相手としなければならない。


(せやけど何で僕の周りって、こんなヤバそうな女のひとばっかりなんやろ……)


 情けなくて、溜息が出た。

 もうR大学在学中は、まともな女性交際が出来ない様な気がしてきた。

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