12.イラストレーターさんと般教の講義室で顔を合わせた話
ゴールデンウィークが明けると、陽射しは少しずつ初夏の暑さをもたらし始めてきた。
街行くひとびとの装いも薄手のものへと切り替わってきており、特に女性の肌の露出が随分と増えてきた様な気がする。
しかし刃兵衛はまだ半袖には腕を通さず、ロングTシャツとジーンズという装いで休み明けの講義へと臨んでいた。
「ねぇ刃兵衛君、今日の晩御飯、どうすんの?」
と或る一般教養科目の講義が開かれる講義室で、刃兵衛の隣に陣取った魅玲が横から顔を寄せてきた。
今日の魅玲はノースリーブのブラウスにカーディガンを羽織り、ボトムスは中々際どいミニスカートという姿だった。
「連休でちょっと使い過ぎたから、今日は宅飲みにしない?」
逆サイドから、明日海が同じ様に顔を寄せてくる。彼女はオフショルダーのシャツにホットパンツという涼しげな姿だった。
傍から見れば完全に両手に花である。どちらの美女も肌の露出が多く、下手をすればちょっとしたキャバレーみたいな構図だった。
そして講義室内のそこかしこから飛んでくる視線がやけに痛い。
中学生みたいなガキが美女ふたりを侍らせているなど、言語道断といわんばかりの嫉妬に満ちた空気が渦巻いていた。
ここに香奈子までもが加わろうものならもっとヤバい状況になっていたかも知れないが、幸いこの時間、彼女は別の講義を受講している。
「っていうか刃兵衛君さぁ、気付いた? あたしのキャラ」
「あー、見ましたよ……まんま過ぎてお茶吹きました」
刃兵衛のその応えに、魅玲は満足そうにニヤっと唇の端を吊り上げた。
実は彼女、刃兵衛がマスター・ライター登録しているPBWにキャラクターを作成し、早速課金していたのであるが、そのキャラクター名が『リトル・ジンベー』だった。
しかも男の娘コスを好むという設定のおまけ付だった。
そのデータを見た瞬間、刃兵衛は、
(うわ……ホンマにやりやがったよ、このお姉さん……)
と、ひとり頭を抱えてしまったのを覚えている。
どうやら彼女は本気で刃兵衛の顧客となり、隙あらば男の娘コスネタをPBW越しに刷り込んでくる作戦に打って出た様だ。
(なんちゅう油断ならん御仁や……けどシナリオやらノベルにお金注ぎ込んでくれる以上は、立派なお客さんやしなぁ……)
そんなことを思いながら悶々と過ごしたゴールデンウィーク後半だった。
「そういえば、何かイベントあるんだって? その、プレイヤーさんとマスターさんが交流するオフ会的なものみたいだけど」
「あー、ありますね。僕はどうしようか、まだ決めてませんけど」
明日海に問われた刃兵衛は、極力素っ気無い態度で応じた。
ここで下手に出る出ないを宣言してしまうと、またもや魅玲が変なちょっかいを出してきそうな気がしたのである。
「ふーん、そーなんだー。まだ決めてないんだー」
魅玲が如何にも意味深なそぶりでちらりと視線を流してきた。
絶対にこのひとにだけは迂闊なことをいってはならぬと、刃兵衛は内心で己を戒めた。
そうしてその時限の講義を終えた刃兵衛は、魅玲と明日海が両隣で退出の準備を進めている中、ひとりそそくさと先に講義室を出て行こうとした。
ところが不意に、彼を呼び止める声が正面から飛んできた。
見ると、少し背の高い女性が目の前に立っていた。
「あの……もしかしてなんですけど、ジンガサマスターさんですか?」
ここで、思わずぎょっとした顔を浮かべてしまった刃兵衛。
何故こんなところで顔バレしているのか、さっぱり分からなかった。一方、両隣の魅玲と明日海は興味津々の顔つきで刃兵衛と謎の女性を交互に見遣っている。
するとその女性は、意外な台詞を発してきた。
「あ、どうも、いつもお世話になってます。私、リャマさんとこでイラストレーター登録してる、みるたんAです」
しばし、その場に固まってしまった刃兵衛。
ところが数瞬後には、喉の奥からあっと驚きの声が漏れ出していた。
「あー、僕のNPCに絵付けて頂いた、みるたんAさん!」
相手の正体が分かり、つい勢い込んで立ち上がってしまった刃兵衛。
その女性――イラストレーターの『みるたんA』こと秋山久留美は、幾分はにかんだ様子で薄い笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
ここで魅玲も何かに気付いた様子で腰を浮かせた。
「わっ、知ってます知ってます。みるたんAさんっていったら、確か色んなソシャゲでもイラスト提供されてる方ですよねー?」
「あ、えっと、御存知頂いてたんですね。ども、恐縮です」
久留美は丁寧に頭を下げた。
それにしても、何という偶然だろう。まさかこの場に、PBWの同じ運営会社に参加しているマスター、イラストレーター、プレイヤーの三人が揃って居ようとは。
「へぇ……こういうことって、あるんだねぇ」
明日海がやけに興味を惹かれた様子で、半ば食いつく様に三者三様の顔を眺めた。
「え、けど、何で分かったんですか?」
「えと、前に、ほら、オフイベにお越しになられてたから……」
ああ成程――刃兵衛は合点がいった。こんなにちっこいガキっぽいのが居たから、却って目立ったのか。
「へぇー、刃兵衛君、やっぱイベントとか行ってるんだー」
この時、魅玲が物凄く嬉しそうな顔つきでわざとらしく顔を寄せてきた。
(あー、しもた……また要らん情報を与えてしもた……)
内心で頭を抱えた刃兵衛。
久留美と邂逅したのは良いが、少し間が悪過ぎた。