11.プレイ・バイ・ウェブのお仕事を美女三人に説明した話
ゴールデンウィークに突入してからも、何故か隣室の明日海が毎晩の様に刃兵衛の部屋に乗り込んできて、酒盛りを開いている
そして更によく分からないのが、魅玲と香奈子だ。
ふたりは明日海が刃兵衛部屋に突入してくる頃合いをまるで見計らったかの様に、酒のツマミやら何やらを買い込んで同じ様に上がり込んでくるのである。
普通の男子なら、美女三人が同室内に顔を揃えている時点で大喜びしていることだろう。
しかし刃兵衛は違った。
「あのですね、お姉さん方、暇なんスか?」
折角の連休だというのに、どうしてこう毎日毎日、ひとの家に上がり込んで酒盛り三昧なのか。
もっと他にやることあるだろう――レジャースポットに繰り出すとか、街中でナンパして貰うとか、旅行にでも行くとか。
それなのに何故この美女三人組は飽きもせず、刃兵衛の部屋に入り浸るのか。
全く以て理解不能だった。
「え~? イイじゃない別にぃ。笠貫君のお部屋、めっちゃ広いんだしぃ」
赤ら顔でご機嫌に笑う明日海。彼女は一旦酒が入ると、大体ひとのいうことを聞かない。
更にいえば、魅玲が先日二十歳の誕生日を迎えたということで、遂にアルコール解禁となったとの由。彼女は明日海が持ち込む諸々の酒類のご相伴に与れると、随分嬉しそうだった。
で、毎晩の如く泥酔してしまう。
香奈子はまだ一応未成年だから魅玲と明日海の酒盛りには直接加わらないものの、それでも一緒になってわいわいやってるのは楽しそうではあった。
但し刃兵衛からすれば、そういうのは他所でやってくれというのが本音であったのだが。
「っていうか古薙先輩、こんなところで管巻いててエエんスか? マジで彼氏さんブチ切れますよ?」
「えー、イイもん。別れたし」
とんでもない応えが、しれっと飛び出してきた。
これには刃兵衛もぎょっとせざるを得ない。
「あんまりさー、ぐだぐだいうもんだから、あたしの方から切り出しちゃった」
もっと自由にコスしたいし、もっと自由に遊びたい、というのが魅玲の主張らしい。
尚、彼女がそんな理由でカレシと別れたのは、R大に入ってからこれで四度目なのだという。
「……つまり、アニメでいうたら1クール持ってないってことっスね」
「ちょっとー、変なもんに例えないでよー……っていいたいけど、確かにそうね」
明日海と同じ様に赤ら顔になりながらも、妙にハイテンションでけらけら笑う魅玲。そんな彼女でも、イベント会場では美しさと凛々しさを兼ね備える美女レイヤーなのだから、世の中よく分からない。
「ところでさ笠貫君……さっきから何やってんの?」
その時、いきなり香奈子が勉強机の横に立って、刃兵衛が作業しているノートPCを覗き込んできた。
刃兵衛は駄目ですといいながら、ノートPCのカバーを閉じた。
「え……もしかして小説書いてんの?」
「まぁ似た様なモンですけど、ちょっと違います」
すると酔っ払った明日海と魅玲も食いついてきて、見せろ見せろの大合唱。
「ねー、見せてよー。恥ずかしがることないじゃん」
「駄目ですって。これまだ納品どころか検収も済んでないんです。下手に見せたら守秘義務違反になってしまうんです。そういう契約なんです」
その説明を受けて、三人の美女はきょとんとした表情で顔を見合わせている。
まさか、契約や守秘義務などの話が飛び出してくるとは、思っても見なかった様だ。
「え、待って待って……ってことは笠貫君、プロのライターなの?」
「ライターっちゅうか、マスターっちゅうか」
ここで刃兵衛は、自身がプレイ・バイ・ウェブと呼ばれる形式のエンターテインメントに携わっていることを簡単に説明した。
プレイ・バイ・ウェブ、略してPBWとは、ウェブ版のTRPGと表現されることが多い。
プレイヤーが自身の作成したキャラクターの行動をマスターに提出し、その内容を小説形式の作品に仕立て上げて、結果を提示する、というものである。
書店で売られているTRPGのリプレイ本はプレイヤーやマスターらの会話や状況説明で進められる台本形式のものが多いが、PBWの結果は本当に小説形式だ。
それ故、プレイヤー達は自分の作ったキャラクターが小説世界の中で活躍している様を直に楽しむことが出来るのである。
「え、じゃあさ、じゃあさ。例えばあたしが、自分の好みの男性キャラクターを作って、それで刃兵衛君にやりたいことを送ったら、刃兵衛君があたしの代わりにそのキャラクターの小説を書いてくれるって訳?」
「まぁ、平たくいうたら、そういうことです。小説執筆代行と違うのは、複数のプレイヤーさんの複数のキャラクターが同時に一本の作品中に登場するってなとこでしょうね。たま~に、おひとり様のみって場合もありますけど」
すると三人の美女の面が一斉に、ぱぁっと明るくなった。物凄く興味を抱いた様子である。
彼女らは街中を歩けば誰もが振り返る程の美人揃いだが、コスプレやカメコなどをしている時点で、オタク文化には既に馴染んでいるといって良い。
そんな彼女らに、自分のキャラクターが登場する小説がこの世に存在し得るという話を聞かせれば、こういう反応が返ってくるのも別段不思議ではなかった。
「うち、やってみたいな。どうしたら出来るの?」
「あー、んじゃあ僕がマスターとライター登録してる、このリャマ・コネクテッドっていうとこのホームページ読んでみて下さい。僕や他のマスターさん、ライターさんが今までに納品したやつとかも無料で見れるんで」
香奈子に答えながら、刃兵衛は三人のチャットにURLを送ってやった。
このリャマ・コネクテッドにはプロの小説家やライターも登録しているということもあって、プレイヤー利用客の数も結構な規模になっていた。
そしてそれ以降、この夜の酒盛りは一気に沈静化し、黙読会へと早変わりしてしまった。
尚、刃兵衛のマスター・ライター登録名はジンガサである。余りにも捻りの欠片も無いネーミングに、魅玲などは馬鹿受けして大爆笑していた。
「ってか笠貫君、自分は男の娘コスすんの絶対イヤだっていってんのに、作品の中じゃ普通に登場してるじゃない」
不満げな表情で刃兵衛をじろりと睨んだ香奈子。
しかし刃兵衛は、そんなのは当然だと肩を竦めた。
「お客さんがそういうキャラ、そういう描写を求めてはるんですから、それに応じるのが仕事っスよ。別に僕自身がコスやる訳ちゃいますから、そんなのは全然嫌でも何でもないです」
刃兵衛の応えに、そういうものなのかと尚も微妙な表情で小首を捻っている香奈子。
するとここで魅玲が如何にも悪そうな顔で、その美貌にニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「じゃあさぁ、あたしがジンベーって名前のキャラ作って男の娘コスさせたら、それでもちゃんと刃兵衛君、書いてくれるんだ?」
「いや、そらまぁそれが仕事ですんで、やれっていわれたらやりますけど」
この時の刃兵衛、物凄く嫌そうな顔だった。
そんな彼を、魅玲も香奈子も明日海も、心底楽しそうに眺めていた。