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10.綺麗なお姉さん方の前で隠し芸を披露した話

 刃兵衛は、焼き豚料理店『あきづき』の男子トイレ内で手を洗っていた。

 結局この日、夕方近くまで香奈子のレイヤー激写行脚に付き合わされ、更には途中で合流してきた明日海にも引っ張り回されてしまい、結構散々な目に遭ってしまった。

 そうしてコスプレイベント終了後にはオフショルダーのニットシャツとミニスカート姿に着替え終えた魅玲も加わり、やっと四人で焼き豚を食いに行こうという流れになった訳である。


(は~……めっちゃ疲れた)


 肉体的にはほとんど疲労など蓄積していないが、兎に角精神的に参ってしまった。

 いつになったら美味い焼き豚が食えるのかとじりじりすること数時間、こんなに待たされるとは思っていなかった為、心の空腹感が半端無い。

 流石に香奈子も申し訳無いと思ったらしく、今日のところは刃兵衛の分を彼女が全部奢ってくれることになった。


(まぁエエか……最後にはこないして焼き豚食えることになったんやし……)


 やれやれとかぶりを振りながら溜息を漏らし、店内の客席ホールへと戻った刃兵衛。

 ところがここでも、思わぬトラブルに見舞われた。

 魅玲、香奈子、明日海の三人が待っていたボックステーブルに、見知らぬチャラ男三人が無理矢理割り込む形で同席していたのである。


「なぁ~、堅いこといわねぇでさぁ~、俺達と遊ぼうぜ~」

「こないだの合コンの時からずっと思ってたんだけどさぁ、キミ、めっちゃタイプなんだよねぇ」


 そのチャラ男共の台詞から大体、ピンと来た。

 恐らくは、魅玲と香奈子が最近よく行っている合コンのどこかで知り合った連中なのだろう。

 それがたまたま同じ店に居たか、或いは入店するところを見かけて追いかけてきたに違いない。


「ちょっと……マジでウザいからやめてって。今日はうちら、あんた達と遊ぶ気無いんだから」

「ってかさぁ、勝手に馴れ馴れしくしないでくれる? あたしら、あんたらの連れでも何でもないんだけど」


 香奈子と魅玲が必死に抵抗しているが、チャラ男共は全く聞く耳を貸そうとしない。

 刃兵衛としては、美女三人が他所の男共と宜しくヤるのは全然構わないのだが、今日はまだ美味い焼き豚をひと切れも食っていない。

 ここでお財布担当の香奈子を奪われるのは癪だった。


「あのー、お兄さん方、そこ退いて貰えますかね? そこ、僕の席なんスけど」

「はぁ? 何いってんだよおめぇ。ちょっとは空気読めよ、このチビが」


 案の定、チャラ男のひとりが喧嘩腰でいい返してきた。

 仕方が無い――刃兵衛は隠し芸で追い払うことにした。


「あー、はいはい。んじゃあ、これ割ってくれたら、僕も大人しく帰りますよ」


 いいながら刃兵衛はベルトポーチから三つの胡桃を取り出した。

 なぜこんなものを持ち歩いているのかという不思議そうな視線が一斉に集まってくるが、刃兵衛はお構いなしに三人のチャラ男に一個ずつ、胡桃を握らせた。

 最初のうちは、こんなもん簡単に割れるぜと息巻いていたチャラ男達だったが、非力な人間の手で簡単に割れる程、胡桃の殻というものは柔らかくはない。

 刃兵衛は、三人のチャラ男が諦めて放り出した三つの胡桃を回収して嫌らしい笑みを浮かべた。


「え~? 何なんスか、お兄さん方。デカいの口ばっかりで、こんなんもよぅ割らんのですかぁ?」

「はぁ? んなもん割れる訳ねーだろ! てめぇ馬鹿じゃねぇの?」


 明日海の隣に陣取っているやや大柄なチャラ男が吠えたが、刃兵衛はにやにや笑ったまま胡桃のひとつを握るや、そのままバリバリと握り潰してみせた。

 その瞬間、チャラ男共は驚愕の余り、その場に硬直してしまった。


「こんなん僕でも割れますよぉ? お兄さん方、案外ショボいっスねぇ。どんなモヤシなんスか?」


 更に刃兵衛は残りふたつの胡桃を両手に一個ずつ握り、これらも同時に、そして一瞬で握り潰した。

 三人のチャラ男は完全に色を失っている。ヤバい奴に喧嘩を売ってしまったという後悔が、その凍り付いた面にありありと浮かんでいた。


「あ、あんた達ね、いっとくけど、この子、格闘技の達人だからね。あんたらみたいなモヤシなチャラ男、速攻でぶちのめしちゃうからね。喧嘩売るんだったら、よーく考えた方がイイよ」


 刃兵衛の隠し芸――素手での胡桃割りに勢いを得た魅玲が、ここぞとばかりに畳み掛けた。

 すると三人のチャラ男はビビり顔のままボックステーブルから這い出し、半ば後退る様な格好で逃げ出していった。

 刃兵衛は退店していったチャラ男共を目で追うことも無く、もともと座っていた明日海の隣の席にぶつぶつぼやきながら腰を下ろした。


「んもぉ~、勘弁して下さいよぉ。何でお姉さん方、あんなんばっかり引っ張ってくるんですかぁ?」

「ホント御免て……けどさ、刃兵衛君、マジで凄過ぎない? だってさ、胡桃を素手で割るなんてちょっと普通じゃないよ?」


 魅玲が興奮冷めやらずといった様子で、大きな胸をテーブル上に押し付ける格好でぐいっと身を乗り出してきた。

 傍らの明日海も、妙にほれぼれした顔つきで横から刃兵衛の童顔を見つめてくる。


「笠貫君……じゃなくて笠貫様、神って呼んでイイですか?」

「変な宗教、勝手に始めんといて下さい」


 刃兵衛は心底嫌そうな顔を向けたが、明日海はキラキラと瞳を輝かせて刃兵衛の中性的な顔に見入るばかりだった。


「でもマジで助かったわ、笠貫君。うちらホント、どうしようかって困ってたからさ」

「いつもなら放っとくとこですけど、僕今日、まだ焼き豚食ってないんで」


 その刃兵衛の応えに、香奈子は苦笑を滲ませた。

 こういうところが如何にも刃兵衛らしいと、呆れるやら感心するやらといったところだろうか。


「ま……そういう、何っていうかな……恩着せがましくないっていうか、さらっと女子に負担をかけないところが、君の格好良いところなんだけどね」

「もうエエから、早ぅ注文しましょうよ。僕めっちゃ待たされとったんですから」


 香奈子は、ハイハイ分かりましたと苦笑を浮かべたまま店員を呼びつけた。

 この後、刃兵衛のナマ武勇伝に感動しまくった明日海が浴びる様に酒を飲みまくり、またもや刃兵衛が二日連チャンで彼女をマンションまで引っ張って帰るという破目に陥ったのだが、この時の彼にはそんな未来など知る由も無かった。

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