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1.いきなり美女レイヤーふたりに捕まってしまった話

 東京、私立R大学内、その部室棟内の一室にて――。

 この春からR大法学部一年生としてキャンパスデビューを飾った笠貫刃兵衛(かさぬきじんべえ)は、何故かコスプレに身を包んだふたりの美女から、物凄い勢いで詰められようとしていた。


「ね、お願いだから」


 右側から迫ってくるのはグラマラス体型の官能的な美女、古薙魅玲(ふるなぎみれい)。今、彼女は布面積が極端に少ない某アニメの美少女キャラに扮している。

 先程まで被っていた派手な色のウィッグを外し、艶やかなキャラメルブラウンのウェーブがかったロングヘア―を揺らしつつ刃兵衛の目の前に迫ってきている。

 普通の男性ならば目のやり場に困ってしまう程のセクシーな姿だったが、刃兵衛はその辺の感覚が他者より少しズレている為、然程気にはならなかった。


「君しか居ないのよ。だから、本当にお願い出来ないかな?」


 左側からは、スレンダー体型で男装コスが良く似合うイケメン系美女の安土香奈子(あづちかなこ)が、真剣な面持ちでその端正な細面をぐいっと寄せてきた。

 彼女は今、刃兵衛もよく知っているアダルトゲームの男性キャラという若干倒錯した姿だ。その外観は明らかにオスなのだが、その顔立ちが余りに美し過ぎてメスみが半端無い。

 香奈子も先程まで着用していた青みがかった黒髪ショートヘアのウィッグを脱ぎ去り、今はショートボブの柔らかな髪がとてもよく似合う可愛らしい顔立ちで迫ってきていた。

 このふたり、実はいずれもプロを名乗ることが出来るレイヤーさん達だ。

 魅玲は某ゲーム会社所属の公式レイヤーとしても活躍しており、香奈子は芸能事務所所属のプロレイヤーとして幾つものメディアでその顔が知られている。

 いわば、コスプレイヤーとしては雲の上の存在とでもいうべき両者だったが、どういう訳かそのふたりから、男の娘コスをして欲しいと迫られてしまっていた。


「いや、ですから僕はコスプレとかそういうのは全然興味無くてですね」


 刃兵衛は自他共に認めるアニメオタクであり、大のライトノベル好きだ。サブカルチャーには相当前から足を突っ込んでおり、それなりに造詣も深い方だと自負している。

 しかしながらコスプレには余りというか、ほとんど関心が無かった。

 厳密にいえば、他のレイヤーがコスを纏うのは好意的に見ているし、実際今までもコスプレイベントには何度も足を運んで、レイヤー達の高レベルな再現度をそれなりに堪能してきた。

 が、自分でコスを着たいかと問われれば、Noであった。

 刃兵衛は飽くまでも見る専であり、着る側には立ちたいと思ったことは一度も無かったのである。

 にも関わらず、今彼はふたりのプロレイヤー美女に、男の娘コスをして欲しいと迫られている。

 何故、こんなことになったのか。

 少しばかり、時間を遡る。


◆ ◇ ◆


 R大学法学部に合格した刃兵衛は、諸々の手続きを終えてからキャンパス内をぶらぶらと散策していた。

 数多くの部活やサークルが新入生を勧誘すべく、色んなところでビラを配ったり声掛けをしている。

 そんな中、刃兵衛は何度も驚きの声に呼び止められた。


「あれ? 君、中学生? ご家族の方は?」

「あ、御免ねぇ。今日はうちの学生しか入れない日なんだ。オープンキャンパスはまた別の日にあるから、その時にもう一度来てくれるかなぁ?」


 などなど。

 要はいずれも刃兵衛を中学生か高校生かと間違えてしまい、それなりに心配して呼び掛けてくれているのだろう。そういったひとびとには当然、悪意は無い。純粋に気に掛けてくれているだけなのだ。

 それ故、


「いえ、僕こんな顔してますけど、ここの学生です。もう18になってます」


 と、その都度学生証を示しながら説明する際には本当に申し訳無く思ってしまった。

 高校の時でも似た様なことは何度もあったが、大学生になってからはその頻度や度合いが更に激しくなった様な気がする。


(まぁ、こればっかりはなぁ……)


 余りに幼く、中性的で、場合によっては少女の様な顔立ちに見えることがある己の容貌に、刃兵衛はすっかり諦めていた。

 体毛も極端に薄く、髭らしい髭が全然生えてこない為、本当に自分はちゃんと成人男性として見られる日が来るのだろうかと不安に思うことも少なくなかった。

 それでも一応、年齢だけはしっかり重ねている。

 既に18歳の誕生日を終え、選挙権も得たからには、ひとりの責任ある男として振る舞わなければならないだろう。

 そんな決意を胸にしてキャンパス内をふらふらしていたところ、妙に異質な空間が学生会館前に展開されていた。見ると、コスプレサークルが陣取って様々なアニメやゲームの衣装を披露していた。

 新入生のみならず、二回生や三回生と思しき顔ぶれもそれらの美麗なコスプレに見入ったり、足を止めてスマートフォンのカメラ機能を向けている者が数多く見られた。


(へぇ~……今どきの大学て、コスプレとか普通にすんねんや……)


 そんなことを漠然と考えながら通り過ぎようとした刃兵衛。

 ところが彼の存在に気付いたのか、不意に恐ろしく綺麗な美女ふたりが一瞬顔を見合わせてから、大慌てて追いかけてきた。


「ちょちょちょ、ちょっと待って! キミ、もしかしてうちの学生?」

「えっと、急に呼び止めて御免ね。でも、すんごい綺麗な顔してるから、どうしても気になっちゃって」


 そのふたりが、R大学コスプレサークルで2トップを張る美女レイヤーコンビ、魅玲と香奈子だった。

 一体何故このふたりが自分なんぞに声をかけてきたのか、刃兵衛にはよく分からなかった。

 ともあれ、ふたりの美女は幾分困惑気味ながらもそれぞれ自己紹介した。彼女らの名は、この時に知った。


「キ、キミさ、コスプレやってみたいって思ったこと、ある?」

「いえ、全然」


 魅玲が豊満な乳房を盛大に揺らしながら、幾分興奮気味に食いついてきている。その余りにセクシーな姿に、周囲の男子学生らが鼻の下を伸ばして見入っていた。

 しかし刃兵衛は、それどころではない。物凄く嫌な予感がしていた為、早々に立ち去りたかった。

 が、ふたりの美女レイヤーはそうはさせじと、刃兵衛の肩を左右からがっしと掴んでいた。


「あのさ、実はうちら、ある男の娘コスを着こなしてくれるひとを探しててさ……それで、その、もし良かったら君に、是非お願いしたいな、なんて思ってるんだけど……」

「結構です。他を当たって下さい」


 刃兵衛はやや食い気味に拒否った。そんな話、まともに耳を貸したらエラい目に遭う――彼の本能がその様に警鐘を鳴らしていた。

 ところが魅玲も香奈子も一向に刃兵衛を解放してくれる様子が無い。

 とうとうふたりは、ちょっと部室会館まで来てくれないかと強引に刃兵衛を連行し始めた。


「いや、ちょっと待って下さいよ。僕まだ、他に見て廻りたいとこあるんスけど……」

「イイから、ちょっとだけお願い! お昼、奢ったげるから!」


 そのひと言についつい釣られてしまった刃兵衛。

 結局彼は、部室会館内のコスプレサークル部屋へと連れ込まれ、そうしてこのふたりの美女レイヤーから切々と訴えられる破目に陥ったのである。


(あかん……初日から何やねん。僕、女難の相でも出てたりしたんか?)


 高校でも入学式や始業式早々に色々と揉めてきた記憶しかない刃兵衛。

 歴史は繰り返すのか――もう溜息が止まらなかった。

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