第七話 ミソラ
――演奏、どうだった?
謎の少女が確かにそう言った。
その言葉は、シドを動揺させるには十分すぎた。
(まさかバレてた!?)
シドの鼓動が早まる。
この時、彼は気が付かなかった。
演奏によって彼女が『音の実』を生み出していたことを。
そして、それが『五線譜の大樹』へと吸収されていったことも。
(逃げなきゃ!)
シドの頭には、それしか浮かばなかった。
慌てて駆け出そうとしたその瞬間――。
『五線譜の大樹』の根に足を取られ、鞄に入ったヴァイオリンだけは咄嗟に守ることができたが、彼は盛大に転んでしまう。
背後から軽い足音が近づいてくる。
「なんで逃げるの? あ、私の演奏どうだった? 聞いてたんでしょ?」
覚悟を決めて振り返ると――そこには、まるで夢から現れたような少女が立っていた。
淡い光を浴びた栗色の髪は、金の糸を織り込んだかのように輝き、風に乗ってさらさらと揺れている。
彼女が動くたびに微かな旋律が聞こえる気さえした。
透き通るような白い肌は、光の中で柔らかな桃色に染まり、触れずとも絹のような柔らかさと、きめ細かさが分かる。
大きな琥珀色の瞳は、まるで深い森の奥で見つけた秘宝のように輝き、真っ直ぐシドを見つめていた。
「わたし、ミソラ! 君の名前は?」
シドがミソラを見て呆けていると、彼女は頬を膨らませる。
「ねえ、なんで無視するの? 感想くらい言ってくれてもいいんじゃない?」
シドは焦りながら答える。
「な、なんで……なんでわかったの?」
「勘? かな。何となく気配を感じただけ」
「勘って……。すごいな……君、ほんとに人間?」
シドが皮肉混じりに言うと、褒められたと思ったのか「えへへ」と笑って頬を掻くミソラ。
そして、ハッと思い出したかのように言った。
「で、どうだったの?」
「え?」
「私の演奏!」
彼女が顔をぐいっと近づけてくる。
突然の距離の近さに、思わず一歩後ずさるシド。
「演奏の感想なんて……人に聞くものじゃないだろ? 音楽って、独りで完結するものじゃないの?」
「え、なんで? お願い、教えてよ!」
ミソラの真剣な瞳に押され、シドは観念したように口を開く。
「……わかった。言うよ。ただ、正直なところ、初めて聞く音で、うまく言葉にできないんだ」
シドが一瞬、言葉を選びながら続ける。
「でも、すごく心地よかった。優しくて、どこか温かい音色だった。君の人柄が出てるのかもしれないね」
その言葉に、ミソラの表情が一気に明るくなった。
シドの真っすぐな賞賛に少し照れた表情を見せる。
「……そっか、えっと……ありがとう!」
だが、次の瞬間、彼女は首を傾げた。
「ちょっと待って、初めて? どういうこと? 絶対に聞いたことあるでしょ? 少なくとも洗礼の時、村にある全部の楽器の音を聞くはずだもん」
今度は彼女の言葉に、シドが首を傾げる。
「洗礼? なにその儀式。知らないけど」
「嘘ついたらダメだよ? キミの持ってる鞄。それ楽器でしょ? あなたの担当は何?」
「僕はヴァイオリンだよ」
そう言って、シドは鞄からを楽器を取り出してミソラに見せた。
「なにこの楽器!? 私、初めて見た!」
ミソラの瞳が驚きに大きく見開かれる。
一瞬の静寂が流れ、2人は顔を見合わして言った――。
「「え、どゆこと?」」
お読みくださりありがとうございます!
やっとヒロインをちゃんと出すことができました……。
これから本格的に物語が動きます!
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追記 次回の更新は12月14日土曜日です。