第五話 無音の森
村を抜けて、草原を進むと徐々に森の輪郭が近づいてくる。
シドが村を出てから数刻が過ぎ、目的地に着いた時には既に日が傾き始め、空には赤みが差し始めていた。
「ここが『無音の森』……」
シドは目の前の森を見上げ、息が詰まるのを感じた。
風が木々を揺らす音すらなく、静寂が支配するその光景には、ただ見られているような圧迫感が漂う。空気は冷たく張り詰め、背筋に微かな寒気が走る。
「こんな近くまで来たのは初めてだ」
幼い頃から、村では『無音の森』にまつわる数々の怖い話を聞かされて育つ。
そのため、わざわざ森に近づく者はいない。
ラミーはもちろん、あのソーヴァでさえも今まで森に近づこうとは思わない。
(本当に、『五線譜の大樹』に異変が起きているのか?)
村を救うため、異変の原因を突き止める――。
その使命感が、今のシドを突き動かしていた。
自然と足が一歩前へ進みそうになるが、掟と森の持つ得体の知れない威圧感が、シドの足が踏み出すこと抑えていた。
シドはじっと目を凝らし、森の中を覗く。
鬱蒼と茂る木々の奥には、暗闇が広がり、生き物の気配どころか風の音すら感じられない。
まるで生と死の狭間にいるような、不気味な静けさだった。
(森の植物は枯れてない……少なくとも、この辺りでは)
シドは森の縁を見回したが、異変を示すような兆候は見当たらない。
もしかしたら、自分の見立てが外れているのかもしれない――そう思い始めた時だった。
森に背を向け、村に戻ろうとしたその瞬間。
微かな音が耳に届いた。
「……音?」
音がした方向を振り返る。
耳を澄ませば、森の奥から確かに聞こえる。
それは、これまで聞いたことのない不思議な音だった。
静寂を裂くようなその音は次第に旋律を帯び、美しい調べを奏で始める。
(この音は……なんだ? 綺麗な音色……)
音色に引き込まれるように、一歩、また一歩とシドの足が動く。
その時、彼はハッと我に返った。
(しまった……!)
気づいた時には、彼の足はすでに森の中へと踏み込んでいた。
掟を破った、という冷たい現実が心を突き刺す。
それと同時に、シドの頭にある考えが巡る。
(一度入ってしまったなら奥まで行ってしまっても変わらないんじゃ……)
ただの正当化の言い訳だったかもしれない。
けれど、彼の中の使命感はそれを後押しする理由になっていた。
森の奥へと向かう覚悟を決めると、シドは慎重に歩みを進め始めた――。
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