第一話 シド
礼拝堂の扉が開かれた。中から出てきたのは一人の少年。
少年は、年の頃十五、その整った顔立ちにはまだどこかあどけなさが残る。
闇のように深い黒髪は短く整えられ、肩には薄手の白いトガが無造作にかかっていた。
足元には革のサンダル。神官を思わせるその装いは、儀式の余韻をまとっていた。
「今日の『音の実』は3個だけか……」
自らの演奏に満足できず、少年――シドが不満そうにつぶやく。
彼は、大樹様へ『音の実』を奉納する儀式――『音捧げ』を終えたところだった。
ヴァイオリンの入った鞄を肩にかけて家路に着こうとしたとき、不意に背後から声をかけられる――。
「おいおい、なんだなんだァ? 相変わらず辛気臭せェ顔してやがんなぁ!」
振り返ると、村で1番の悪童ソーヴァが立っていた。
その両脇では取り巻きである双子のゾラとジジが、クスクスと笑っている。
「……はぁ、また君たちか、何か用?」
この3人によく絡まれるのが彼の最近の悩みの種となっていた。
彼らの顔を見ると自然とため息がでてしまう。
そんなシドを見てソーヴァの横にいた、小柄だが筋肉質で、ツンツンと逆立つ髪の毛が特徴のゾラが口を開いた。
「3個しか出せなかったって!? あ~あ、村の人たちがこのことを聞いたら悲しむだろうなぁ! とんだ無能を奏者に選んじまったってなァ!」
わざとらしく肩をすくめながら言う兄のゾラ。
その仕草には、明らかにシドを挑発する意図があった。
「や、やっぱり『奏者』にはソーヴァさんがなった方がいいんじゃないかな……」
ゾラの言葉に続けて、弟のジジがゾラの後ろでおずおずと口を開く。
ゾラとは対照的にヒョロヒョロとした長身に加え、前髪が長すぎて目が隠れているその姿は、どこか頼りなさげだ。
「用がないなら、僕は行くよ。演奏の後で疲れてるんだ」
シドは静かに彼らをかわして前を通り過ぎようとすると、ソーヴァに肩を掴まれた。
「おい、気に入らねぇなぁ。おめェ、父親の七光りで『十二奏者』に選ばれたからって調子に乗ってんじゃねぇか?」
「そうだそうだ! ただ運良く族長の家に生まれただけの木偶の坊が!」
ソーヴァの言葉にゾラが同調する。
シドは、しばし目を閉じた。胸の奥で何かが燻るような感覚が広がっていく。
普段ならこんな言葉は気にしない。だが、今日は違った。
演奏に納得できなかった自分への苛立ちが、彼らの挑発を必要以上に重く受け止めさせ、今なお続くソーヴァ達の悪口に限界が近づく。
シドは自分でも真面目で温厚な方だと自負していたし、村の人々からもそのように評価されている。
それは若干15歳でありながら、次期族長としての自覚を持った行動の賜物なのだが、彼と親しい人々は知っていた――どうしても治せない悪癖があることを。
「……あのね、全く調子に乗ってるつもりはないけど、そう見えるなら大変に光栄だね。もしかしたら僕は今絶好調なのかも。それに、僕が木偶の坊だとしたら、その僕に『奏者決め』の演奏で負けたソーヴァは何の某なのかな?」
それは、怒りが抑えきれないとついつい皮肉めいたことを言ってしまうという癖だった。
事を荒立てたくない気持ちとは裏腹に、シドの口から悪意ある言葉が漏れる。
「なんだテメェ! 俺ァ、そう言う態度が気に入らねぇって言ってんだ!」
「ソーヴァさん、もうコイツやっちまいましょうよ!」
「さ、流石に、族長の息子に乱暴するのは……。ま、まずいような…… 」
シドの言葉に激高するソーヴァとゾラ。そして、その後ろでおどおどしているジジ。
今にも飛び掛かってきそうな勢いの2人を前にしてもシドの口は止まらない。
「いやぁ、そんなに変わってほしいなら今すぐにでも変わってあげるんだけどね。ただまぁ、君が僕より多くの『音の実』を出せるならの話だけど」
実際、シドが普段出している『音の実』の数にはソーヴァは敵わない。
それは、プライドの高い彼にとって許せない部分だった。
痛いところを突かれたソーヴァの怒りは頂点に達する。
「あ? なんだァ? 今日はやけに突っかかってくるじゃねぇか。テメェ、覚悟はできてんだろうなァ!」
怒声ともに、ソーヴァがシドに向かって拳を振り上げた――。
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