第十話 始まりのデュオ
シドがヴァイオリンを構える。
その一連の所作は、静かでありながら研ぎ澄まされ、積み上げてきた彼の研鑽が滲み出ているようだった。
彼がどれほど洗練された技を持つのか、ミソラには直感的に伝わり、思わず息を呑む。
弦に乗せた弓が引かれた刹那――、張り詰めた空気を切り裂くように最初の一音が、森の静寂を震わせた。
音と音の粒が滑らかに繋がり、優美な旋律が生まれていく。
その旋律は、澄み切った小川の流れのように滑らかで、それでいてどこか切なく、胸を締めつけるような余韻を帯びていた。
「……綺麗」
ミソラの口から自然と感嘆の言葉が漏れる。
その声が空間に溶け込むように、シドの音色は一層深みを増していく。
彼女は、自分が言葉を発したことすら気づかないほど、その音に全身を委ねていた。
その時、ふわりと周囲が淡く明るくなった。
シドの周りに、小さな輝く光の玉――『音の実』が次々と現れ、静かに宙を漂い始めた。
まるで音楽が命を宿したかのように、その光は演奏に寄り添うように揺れ動く。
ミソラは目の前の光景に心を奪われながらも、そっと自分の手元に視線を落とす。
両手で握りしめていたフルートが、いつの間にか熱を帯びているように感じた。
そして、ふと顔を上げ、決意したように構える。
掟のことなど、ミソラの頭からはすっかり消え、「今はただ、この音色に自分の音を重ねたい」その想いだけが心を支配していた。
フルートの歌口にそっと唇を合わせ、静かに息を吹き込む。
春風のように穏やかで柔らかな音色が、シドのヴァイオリンの音と重なり合う。
しかし、その音に反応したシドは、思わず弓を止め、驚きの表情でミソラを見つめる。
独り演奏を続けるミソラの方に目をやると、彼女と目が合う。
彼女の瞳は、どこまでも真っすぐシドを見つめていた。
「一緒に」
たった一言。それだけを言い、再びフルートに唇を寄せるミソラ。
彼女の奏でる音は、言葉以上にその想いをシドに語りかけている。
その想いに答えるように、シドは再びヴァイオリンを構え、演奏を始める。
シドとミソラの生み出した音が、まるで1つの命が宿ったかのように溶け合い、豊かな調和を生み出していく。
瞬間、周囲が眩い光に包まれるが、二人はその光に気を取られることなく、ただお互いの音色に没頭し続ける。
いまは、この『無音の森』の強烈な静けささえ心地よいものに思えた。
誰にも、何にも邪魔されない二人だけの世界。
(あぁ……終わってしまう)
曲の終わりを名残惜しいと思ったことなんて、今まであっただろうか。
そう思いながら、シドは最後の一音を弾いた。
曲が終わると、辺りが強烈な光を放っていることに気づく。
光の正体――それは今まで見たこともないほど大量の『音の実』だった。
お読みくださりありがとうございます!
ちょっと情景描写が多くなってしまいましたが、二人の演奏回でした!
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