第九話 巡る可能性
ミソラの言葉の中で、シドが引っかかっていた違和感。
「君は、この場所を『無音の森』って呼んでるんだね?」
「そうだけど……どうして?」
質問の意図をつかめず、困惑するミソラの顔を横目に、シドはさらに話を進める。
疑問の正体を、確実なものとするために。
「そして、入ってはいけないという掟もある」
「うん。昔からそう決まってるの」
「……そうか」
シドの中で、漠然としていた疑念が、ゆっくりと形を成し始める。
「何かわかったの?」
「実はね。僕の村でも、この場所は『無音の森』と呼ばれていて、掟で立ち入りが禁じられているんだ」
「えーっと、つまり……どういうこと?」
「つまり。僕たちはお互いの村の存在すら知らなかった。でも……」
シドは一呼吸置いてから言葉を続ける。
「お互いの村に、森の呼び名と立ち入り禁止の掟っていう共通点がある。それって、村同士がかつて何らかの形でつながっていた可能性を示してると思わない?」
「……あっ、確かに! シドって頭いいのね」
「たまたま今日が冴えてただけかも。最近の僕、調子がいいらしいから」
「素直じゃないんだから」
そう言ってクスクスと笑うミソラ。
「と、とりあえず、他に共通点がないか探そう。まず、僕の村の掟は――」
シドはミソラに、弦族の掟を説明していく。
『弦族の掟』
その1.許可なく楽器を奏でることを禁ずる。
その2.二人以上での演奏、音を重ねることを禁ずる。
その3.『無音の森』に立ち入ることを禁ずる。
その4.村の中から十二の奏者を選定する。
その5.奏者は、毎日『音捧げ』の儀式を行う。
シドが、掟を1つ挙げるたび、ミソラの琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
「どう? 掟で特に重要な最初の5つなんだけど」
「え~びっくり! ほとんど一緒だ!」
弦族の掟が、ミソラたち管族の掟とほぼ変わらないものだったからだ。
「違うのは、わたしの村では奏者は9人なところくらいかな!」
「そうか……。なんでだ? 一体、いつから交流が途絶えたんだ?」
シドは深く息を吐きながら、改めて自分たちの村とミソラの村がどうしてこんなにも似ているのかを考えた。
共通点があまりにも多すぎる。楽器の演奏に関する厳格な掟、立ち入り禁止の森、そして奏者を選定すること。
これらが異なる村で同じように存在するのは偶然では済まされない。
しかし、いくら頭をひねっても答えにはたどり着けそうになかった。
項垂れるシドのそばで、何故かそわそわしてるミソラが、何か言いたそうに口を開きかけては閉じる。
「どうしたの?」
「……ねぇ、シド。今じゃないってわかってるんだけど……どうしても気になっちゃって……」
「そのヴァイオリンって楽器、弾いてみてほしいなぁって……ダメ?」
突拍子もないお願いに、シドは面を食らう。
「それは、できないよ」
そして、首を横に振った。
「楽器は一人で、独りの時に弾くもので、誰かに聞かせるものじゃない。掟にもあるでしょ?」
「えー、シドのケチ! ちょっとだけ!! それに掟なら、この森に入った時点で1つ破いちゃってるし……1つも2つも変わらないよ! ねぇ、お願い! ……だめ? どうしても?」
「ごめん」とシドが断ると、ミソラは肩を落とし、悲しげな表情でその場に座り込んだ。
両膝を抱えて小さく丸くなると、指先で土をいじり始める。
(あ、不貞腐れた……)
ミソラの口から、ボソボソと不満の声が漏れ出してくる。
「シドは私のフルート聴いたのに……私はシドのヴァイオリン聴けないんだ……。あーあ……不公平だなぁ」
ため息まじりのその言葉に、シドは苦笑いを浮かべる。
「……はぁ、まったく」
結局、ミソラの態度に根負けしたシドが折れた。
「少しだけ、ほんの少しだけね」
「ほんと!? やった! シド、ありがとう!! 楽しみ!」
ミソラは、ぱっと顔を輝かせ、手を軽く叩いて喜んだ。
(この子には何故かペース崩されるなぁ……)
鞄からヴァイオリンを取り出して準備しながら「今日で掟、何個破るんだろ……」などと考えるシド。
しかし、ぐちゃぐちゃの頭を整理するのに、演奏するのはちょうど良いという気持ちもあった。
そうして、ミソラの頼みを断り切れなかったシドは、ヴァイオリンを構えた――。
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