マヨネーズ無双
特になし
古代遺跡・『死せる都』跡・入口前。
「ところでお前さん、警護騎士を連れてきてないってことはギルドの用事じゃないようだが、どんな凶報か教えてくれ」
ゴーマーがメルセデスを見て言う。
「何で凶報ってわかるんです?」
「いい知らせを聞いたためしがないからさ」
多少誇張があるとは言え、いつもそんな感じだったのだろう。
「『月琴と油条亭』のご主人と女将さんが亡くなりました」
「……殺ったのは誰だ」
月琴と油条亭、そして周りのスラムは、落武者同然の姿で放り出されたゴーマーを笑わずに受け入れてくれた場所だった。
「クラーヴジャ、と宿屋の壁に血書してありました。その時いたお客さん共々、御夫婦の首は玄関前に晒されました」
「死体は精神体共々溶かして始末したはずだ。どういうわけだ?」
「侯領都の治安の悪い地域は、元々呪われた古代墳墓の上に物乞いや盗人達が住処を構えたものです。ある出入りの業者が宿屋の地下にあった封印を雑に張り替えて、漏れた瘴気を溶けた魔人が吸い込んだのだと思います」
「その貼り替え業者も災難だな。数日中に一家全員いなくなるだろう」
一瞬ゴーマーの顔がどす黒い怒りに染まった後、すぐに鎮まった。
「行也、頼みがある」
「何です?」
行也は祐直と師弟の礼をかわしていない。それはそれとして、反魂丹四個分と言う絶望的な金額の借りがあった。
「侯領都が一望できる丘のてっぺんに箱を埋める。毎日鐘が鳴る仕掛けにしておくから、音がしなくなったら、細い竹の筒が生えている場所から箱を掘り出せ」
行也のパーティメンバーで山形出身の平原美由紀は、後でこの言葉を聞き逃したことを生涯最大の不覚だと語っている。
祐直が縁の深い智恩寺は臨済宗と聞いていたので、聞いても彼が土中入定するとすぐ気づけたかどうかはわからない。
「箱の中にクラーヴジャをぶち殺す一世一代の絡繰り仕掛けの設計図を用意してやるが、ちょっと聞きたいことがある」
祐直は自身で鉄砲鍛冶ができると、行也は聞いている。
「僕は鍛冶なんて出来ませんが」
「マヨネーズとやらの作り方を教えてくれ。何だかよくわからんが、なろうの古典ではよく出たんだろう?」
「はあ……」
マヨネーズ無双なんて古典も古典だろ、カラクリと何の関係があるかもわからないし……と行也は思った。
マヨネーズ地下注入工事真っ最中の月琴と油条亭跡。
『この手紙を見ているということは、ちょっと乾いてスリムになったニュー・俺を目にしていることと思う。それは僧衣・袈裟と適当な帽子を被せて月琴と油条亭跡に祀ってくれ。鍛冶・外道働きをしない盗人・貧者を守る。からくりの中身は油条亭の古代墳墓が完全に埋まるまで流し込んで、鉄の蓋をして厳重に封をしろ。俺は辞世なんぞ詠む気はないので、用件は以上だ。兵庫殿とお前達に騎獅文殊の加護があるように 稲富伊賀守祐直』
行也は即身仏と化した祐直を見て、長いこと黙り込んだ。自ら死を選ばれると、無論反魂丹は通用しない。
「メルセデスさん、稲富さんってひょっとして油条亭の用心棒とかやってました?」
兵庫たちのいないところで、『また大事な人達を失った……』と悄然としていたのであろう。
「よくご存知ですね」
『守るべきところを二度失ったのは己の不覚がなせることであるが、武人ではなく砲術師である以上、腹を切るつもりはない』と追記で小さく書いてある。
『腹を切っても笑われる、守るべき人をまた失って生きておればなお笑われる……』と言う祐直の声が即身仏から聞こえるようだ。
また、祐直の棺となった木箱の中には、『メルセデスへ』と札の貼られた『魔力を失われた上限ごと回復する薬』が入っていた。借りを作るのが嫌いな質らしい。佩刀の無銘・美濃物には『兵庫殿へ』とある。貫一郎に戻ると刀が研ぎ減りしているのをしっかり見ている。
行也は奥義『弱法師』を含めて祐直の砲術全てを既に授かっている。
「鍛冶も、学んでおけばよかったなあ……」
祐直が存命であれば、『嘘っぱちの涙なんぞより、正直に俺を笑え』と言ったと思うので、行也は泣かずに彼の不機嫌な表情を受け継いだ。
それにしても、腐らない魔法のかかったマヨネーズを流し込んで、墳墓のアンデッドごとクラーヴジャを封じるとか、どうすればそんな頭のネジが飛んだ発想ができるのだろうか。数奇とはそういうものではないはずだ。
「何が起こるかわかっていたかのように反魂丹を持ち歩いてる人が、自分から死ぬってちょっと考えられないんですよね」
もっと色々話をして、自分のなろう的甘さをぶち壊してほしかったな、と行也は思う。
「何処かからひょっこり出てきそうな気はしますね」
よく手入れしてある濃州無銘は、当座行也達の面倒を見てやってくれ、と言っているように兵庫には思えた。
「王国第五王女・グラシエラ様のお成りです。陛下の名代でこの国最初の砲術師に弔意を示しても構いませんか、と姫様は申されています」
よくわからない練り物が入る(二つで十分らしい)スラムの蕎麦売に扮した、近衛の精鋭らしい中年男性がメルセデスに話しかけてきた。
「ひゃ、ひゃい?! ももももちろんでしゅ!」
メルセデスが盛大に狼狽する。そもそもジャンバラヤのように初対面で空から降ってきて戦闘を始める王族は例外中の例外である。バルベルデの普通の王族はだいたいこんな感じだ。
普通はお忍びでスラムを訪れないが。
ボディ・ヘッドが黒・四肢が白の服喪塗装魔道プレートアーマーをまとい、王女は現れた。異母姉のジャンバラヤと違いヘルメットを着けているので、顔がわからない。ちなみにプレートアーマーと言うが見た目はどう見てもパワードスーツだ。
「そこの転移者の方、この方にはどう祈りを捧げればよいのですか?」
合成音声から横柄さは感じられない。
「あ、仏教式で……深く帰依していたのは文殊菩薩だそうです」
概ね洋風の国家なので土下座も何だな、と思い行也たちは深々と頭を下げた。
「おん あらはしゃのう……」
グラシエラは祐直の即身仏に手を合わせた。
「では、失礼いたします」
軽く会釈してメルセデスが唸る香典料を渡し、グラシエラ姫と近衛騎士は去った。
時間は遡る。
「グラシエラ……最後になにか望みはあるか」
一つ上の姉にはジャンバラヤと名付けた情の薄い王は、グラシエラ王女の病床に付き添っていた。
「父上、王家の務めたる国家を難事から救う英傑の呼び出しを、私だけがしておりません」
「私も抽選機を回しとうございます」
「そ、それは……」
グラシエラが成長して、城下の視察や貴族学院に行くたびに過失が原因の怪我をして帰ってきて、王女に怪我を負わせた咎で死刑を覚悟する住民や学院生を近衛がなだめるのに苦労した。
それから王はグラシエラに召喚式を行わせていない。正式な魔術陣を作るのも時間がかかる。
「やむを得ん、宗意軒を呼んで参れ」
回転式抽選機の簡易召喚を行えるのは、国中に森宗意軒一人である。
「特等に……ございます」
宗意軒が手にしているのは、紛れもなく白のハズレの玉だ。王女はもう視界もぼやけて、天寿の灯明も消えようとしている。
「それは良うございました」
王女の臨終の言……のはずであった。
『ハズレのちり紙と同じ評価をされている稀代の銃使いならいるが……最期にそこを引き当てるとはとんだ強運の王女様だ』
翌朝・王と家族の食卓。
「おはようございます父上」
そこにはエレガントにロイヤルブレックファストを箸でかっこむグラシエラ王女が。
「お、おう……」
辣腕で鳴らした国王もそれきり開いた口が塞がらない。
「父上、病でなまった身体を何とかしたいと思いますので、どこかに弓道場を作ってください」
「お、おう……」
『弓道場』からは、何故か銃声が響くことになる。
パチンっ!
行也が指を弾くと、現代衣服が当世具足に、ロングソードがステアーAUGに変わる。
『だからな、冒険なんてドラ何とかやファイナル何とかでやるようなことと、ファッションピンチでいいんだよ』
「アンタ(稲富祐直)が夢見て、たどり着けなかった世界へ行きたい」
「そこは多分地獄より楽しくて、天国より苦しいところだ」
特になし