古代遺跡にて
特になし
石畳の街道から外れた深い森の奥にある古代遺跡・『死せる都』。その浅い階で淡々とスケルトン・ゾンビ・グールなどを掃除していると、ゴーマーはふと思うことがある。
「雑賀孫市はいいなあ……俺も修羅の人に無空波とか虎砲とかなんか凄い技喰らってみたいなあ……」
「そうは言っても、陸奥の中の人も大変なんですよ。箱館の一本木関門で、死合を目撃した人の記憶処理したりとか」
「嘘だろおい、そんなことしてたのか……強者には強者の苦労ってあるんだな……」
とりとめもない話をしながら、ゴーマーは六尺の遠町筒を振り回し、兵庫は南紀重国を抜いてひたすらアンデッドを屠る。
「セニョール・イナドメ、モリ・ソーイケンとか言う人がガチャ券くれたので、早速引いて凄い魔人連れてきたぞ! 今度こそちゃんと負けて死ね!!!」
「『いなどめ』?! 待って待って! 聞いてない聞いてない! その人だけはダメ!」
とてつもない剣気……と妙な臭気を放っていること以外はほぼテンプレ通りの、黒髪の女騎士を一人伴ってジャンバラヤ姫がやって来た。
「くっさ! どのくらいお風呂入ってないんです?! ちょっと消毒しますね!」
ゴーマーが銃を抜くより早く、グラシアが女騎士に浄化の大火炎を浴びせた。
「どこのレイダーだお前は……それにしても今日は厄日か? 人間不信のニヒリストで通ってる俺のイメージをコントでぶち壊す日か?」
アンデッドと異なる悪臭と、女騎士の強大な剣気はもっと早く気づいて対処できたはずだ。既に剣の間合いに入ってしまい、しかも攻撃でグラシアに出遅れた。ゴーマーの立つ瀬がない。
「はじめまして。熊本藩士・新免 玄信、です……」
女騎士は一太刀で火炎を斬り捨てた。
「ああ、宮本武蔵殿か……御高名はかねがね。お会いできて誠に光栄だ」
武蔵に消臭スプレーを浴びせるゴーマーのリアクションが、兵庫の想定より遥かに薄い。
「えっ?! 『映画や大河ドラマの稼ぎで食う飯は美味いかこの野郎!』『こっちは出禁同然だぞ、くたばれ!』くらい言って早速暴れると思ってたのに……」
「うーん……相手が柳生但馬殿(宗矩)か御子息(十兵衛三厳)ならそうしてただろうな」
気乗りがしないと言う風でもなく、ゴーマーは武蔵を見てしきりに何事か考え込んでいる。
「俺も若い頃は細川幽斎様・三斎様相手にやんちゃしてたこともあった。肥後細川家とは長いお付き合いの怨敵だ」
「それと、丹後一色家のお隣・若狭武田家のバックに付いてる朝倉家、その武の要たる中条流の系譜については情報収集してたわけでな」
「それで思ったんだ。富田勢源殿に剣を学んだ、肥後の支藩・小倉の剣術師範『佐々木巌流』って誰だよ?」
「ええと、その人は神域の抜刀を極めるために我流で鍛え抜いた農民上がりの青年で……」
「どこかで聞いたような面白いジョークだ。死ぬほど疲れていて休みたいなら続けてくれ」
ゴーマーはMAXIM9を武蔵に向けた。
武蔵が同時にクラリックガンを抜いたのを見て、ゴーマーの頭上にいくつものクエスチョンマークが浮かぶ。
「年齢はもっと若くて、柘植流とか一刀流とか修めてた凄い人なのは確かなんですが……その、決闘は色々と話を盛ってます……あと、吉岡一門相手の話とかも……」
武蔵がゴーマーと対峙したくなかったのは、要するに細川家の事情を軸に、自身の高次情報にツッコミを入れられたくなかったからである。
「話を盛るのは別にいいんだよ。自分の売り込み、大変だったろ?」
「『佐々木巌流』って俺の細川家中・殺すリストや要注意リストになかったから、どうもスッキリしなくてな……とりあえず武蔵殿の売り込みに協力した人だってのはわかった」
珍しく祐直は血を見ずに銃を収めた。
「ところで、武蔵殿の銃の師匠は……」
「沢庵宗彭殿です!」
武蔵は胸を張った。
「あー、やっぱり……」
ゴーマーはアスピリンの錠剤を香草茶で流し込んだ。
「なあジャンバラヤ姫、どこの世界線から連れてきたか知らんが、どうしてもこの武蔵殿と戦わないとダメか?」
「駄目に決まっているだろう。さっさと死んでひとごろし天下一の座を譲れ」
ゴーマーは舌打ちして、懐から鉢巻を出して目に巻いた。初手でうおっ! と唸るような眩しい閃光が来ることは容易に想像がつく。何かガッダイとかテッジョウとか妙な呪文が聞こえた気がするが、聞かなかったことにする。
「兵庫、酒くれ。シラフでやってられるか」
「あいよ」
兵庫は腰の瓢を外し、祐直に放った。白酒を飲み干し、L85(改修前)を構え、銃剣をセットする。
「来やがれ……!」
「宮本武蔵、参る!!」
まず祐直の銃剣が勢いよく動き、武蔵の前に光芒で『月下独酌』を書き出す。そこから身を乗り出して月をすくい取らんとする、危うげな動きで武蔵の銃弾をかわした。
対する武蔵は銃弾と拳脚を盛んに飛ばし、合間に音もなく刺繍針で祐直に突きかかる。破邪顕正の砲術と言うより、化生の武芸だ。壁と天井を駆使して立体的に二刀の攻撃もするので、流石に祐直も二重のブレストアーマーをパージした。軽くならねば追いつかない。
武蔵は武蔵で、何処までもトリッキーな祐直を攻めあぐねている。何しろ酔うと頭に墨をつけて大書したショドー史上最もロックな書家・張旭の体捌きだ。
「兵庫、グラシア、ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」
対戦相手を孤島に残して悠々去った塚原卜伝と、無害な通行人に化けて雁を撃ち落とした祐直はメンタリティが似ている。無論この一声はブラフである。
武蔵が一瞬身構えれば隙としては十分だ。
二丁のミニガンが、その一瞬で武蔵を『宮本武蔵だった何か』に変えた。
「そういうブラフとか多用するから、修羅の人に論外扱いされるのでは?」
ジャンバラヤが森宗意軒からおまけに貰ったというシビュラの託宣を読むと、何故か女騎士・武蔵が蘇生した。そして、蘇生した途端ゴーマーはダメ出しされた。
「鉄砲撃ちと死合がしたければ重秀孫市殿と戦えばいいんだから、俺はこれでいいんだ。皆が『お前は役立たずのビビリ野郎だ』って言えば、そうなんだよ」
「陸奥だろうが孫市だろうが殺すだけなら、核を何処かの管理のずさんな基地から素早く音もなく奪って使えばいい」
「いちいちどうでもいい思想とか絡めて、関わる勢力が大掛かりになると露見して失敗する率も上がるんだ、そういうのは」
祐直の目つきがだんだんおかしくなってくる。
「……四百年以上『その砲術は実戦で全く役に立たないものだった』と罵られるとか、俺の砲術がお前たちにそこまで言われるほど迷惑をかけたのか?! あの世良田二郎三郎とか言う老いぼれも、お前らも元和偃武で鉄砲の可能性を台無しにしただけじゃないか!」
祐直は家康替え玉説などはなから信じていない。世良田二郎三郎といったのは家康への当てこすりだ。
「日の本の歴史で祟りをなして祀られた神様だって、ここまでひどい侮辱を受けたわけじゃないだろう?! 俺が、俺が一体何を……」
「お客様、現世に強烈な遺恨を残して、死の淵に居るってありますよねー。そこで今日は、『魔界転生セット』¥10000でのご紹介です」
夢グ◯ープ社長めいた森宗意軒が現れ、突如CMを始める。
「えっ嘘ぉ! 俺も真◯広之氏とかに演じてもらえるのか?!」
祐直がノリノリで大げさに驚く。
「お客様でしたら大◯洋氏とか野村◯斎氏とか、おすすめですねー」
「いや、ノブヤボで二線級扱いの砲術師が主役の魔界転生とか、まずスポンサー付かねえよ……はぁ」
祐直が急に素に戻る。
「本日もう一つのご紹介は、作・和田竜 画・オザワミカの『最後の一色』。北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞で好評連載中ですねー」
「『の◯うの城』の人なら安心だ! それが映画化されれば、宮津・舞鶴観光ブームが起きて、俺も再評価されるわけだな?!」
演技再開。
「宮津・舞鶴観光ブームは起こるかもしれませんが、お客様の再評価は正直わかりませんねー」
「ですよねー……って、励ましに来たのかトドメ刺しに来たのかどっちだよ」
祐直はS&W M629を抜くのを何とかこらえた。
「それはさておき、どうです? 魔界転生。お試しで魔人になってみませんか?」
「それより、武蔵殿を洗うどこでもシャワーユニットとかないのか?」
「それでしたら、¥5000でのご紹介ですねー」
武蔵の臨時加入で古代遺跡のクリアリングは捗りそうだが、ゴーマーの気分は晴れないままだ。
特になし