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がらしゃさま

特になし

 ここで少し、17世紀が始まったばかりの大坂に話を戻す。

 

「まず基本的なおさらいをしますが、当家の戦力では奥方様の引き渡しを求める使者に抵抗できません」

「ですが、石田治部(三成)も適切な距離を取って鉄砲を撃てば、死にます」

 稲富祐直は頭の血の巡りが悪い、細川家の老臣たちに内心苛立ち歯噛みしながら言った。

「貴公がその距離まで近づけると? 一色の腰抜け侍がぬかしよる!」

 老臣や下男、がらしゃの侍女までがどっと笑う。


「雑賀の重朝孫一は伏見へ向かったそうです。おかげで作戦が成功する確率はたしかに低いですが、皆無ではありません」

「……俺を腰抜けとほざきやがったな。だったら治部射殺の大役は譲ってやるから、腕に覚えのある者は名乗り出ろ」

 祐直はいつも通りのどこか卑屈な笑みを浮かべたまま、国友筒を聴衆に向けた。名乗り出た者を即座に殺すつもりだ。


「では私が」

「どうぞどうぞ……じゃない!」

 がらしゃがはよう国友筒を寄越せとキラキラした視線で訴える。


「オーケーわかった、斬首戦術はやめよう。コントをやってる場合じゃないんだ」

 祐直は手ぬぐいを出して冷や汗を拭った。


「俺が奥方様役の囮を後ろに乗せて、馬で逃げる。それで馬鹿どもの注意を引いてる間に全力で前田屋敷まで逃げろ」

 ここでまたしても、聴衆の間から陰口や忍び笑いが聞こえてくる。

 

「馬を思い切り走らせて、後ろを向かずに追っ手を射殺できる奴がいるなら喜んで代わってやる」


 数百年経ってもなお散々な評価が揺るがない祐直であるが、彼は背中に眼がある。


「俺はお前らの殿様に主を膾切りにされた一色家の遺臣だ。今でも。これからも。こんなことを手配する義理なんか何一つないのにお前らと来たら……」

 苛立ちのあまり頭をかきむしりながら、祐直は嘆いた。

 

 山陰の街道。

「月の~さばくを~は~る~ばると~」

 どうせ臆病のへっぴり腰侍に石田三成はいちいち追手を差し向けないであろうから、気楽なものだ。盗賊や落ち武者狩りは額に穴を開けてやればいい。歌の一つも出ようというものだ。


「これ祐直、長崎へ行きなさい。卓袱料理が食べたいです」

「この時代にまだねえよ。似たようなものを作るったって、祖師様(佐々木義国)も唐(実際は明国)から学んだのは砲術だけで、料理なんか知らん……ちょっと待て」


 がらしゃのフリをする囮役には、祐直に弾を込めた鉄砲を渡せる手練れの侍女を選んだはずだ。

 そして、がらしゃは父親譲りの鉄砲の腕がある。


「あのなあ奥方様……俺は糜夫人を護衛する趙子龍じゃない。と言うか、あんたの親父さんの謀反で殿は死んだようなもんだ」

 祐直は初めて泣いた。細川幽斎・忠興父子は一色五郎義定を謀殺し、丹後の残り半分を略取するつもりで『一色家は明智日向守に同心した』と言いがかりを付けたのだと祐直は信じている。

「今更そんな昔の話を蒸し返さないでください。蒸し物は好きですが」

「食欲のことしか頭にないのか……見てるだけのくらいすと様の話でもしろよ」

「神様はぱんとぶどう酒を全ての衆生に与えるためにおわすのではありません。晩御飯の確保は貴方の務めです。猟師でしょう?」

「その通りだが少し黙れ。サプレッサーなんかない。銃声を響かせるわけにはいかないんだ」


 忠興の苦い茶も悪趣味な数奇も大嫌いな祐直であるが、この変わり者の奥方にも到底敬意を払う気にはなれない。


「目的地は肥後だ。加藤様は俺を売名家呼ばわりした嫌な奴だが、部下には俺の弟子が多い。そこまで奥方様を送ったら後は知らん。俺は長岡家の家臣じゃない」

「肥後ですか……どんな美味があるのでしょうね」

「知るか」


 大坂屋敷で自刃したという話も、ダビンチ砲を乱射して華々しく散ったという話も、祐直が臆病を発して弟子の手引で逃げたという話も、なんとがらしゃ当人が面白おかしく長崎の宣教師に語ったものである。戯曲『強き女』の原作小説までサイン入りで渡した。

 

 

 細川忠興は自邸の明かりを煌々と照らし、がらしゃの死に関して釈明に来る祐直が、こっそり現れることが出来ず恥をかくよう計らった逸話で知られる。

「俺の講義を聞き流してやがったな、あの阿呆……!」

 祐直は暗視スコープなどなくてもひとごろしが出来るのだ。厳重に人払いしたうえで目隠し射撃も経験しろと言ってある。

 いったい何を聞いていたのか。それとも、撃てるものなら撃ってみろと喧嘩を売っているのか。

 ならば望むところだ。

 

 現代にも伝わっている通り震え上がって額を床にこすりつけ、忠興から直々に奉公構の沙汰を聞いた後、祐直はこう言った。


「俺がお前の放った刺客を、4人殺ったか5人殺ったか考えてるな? 実を言うと、俺もこのオーパーツにゾッコンでつい忘れちまった。こいつはプファイファー・ツェリスカ、この時代に存在しねえはずの銃だ。ご自慢の兼定で弾丸を切り払えると思うなら、試してみるか?」




「昔は言い訳速射天下一とか散々に言われて不貞腐れたことはあるが、弟子に当たり散らしたことはないんだ。意外に思うかもしれんが」

 祐直ことゴーマー・パイルがいつも通りの不機嫌な顔で言う嘘を、兵庫はつい信じ込んでしまった。

「ところで、今何でそんな話を?」

 怪訝な顔の兵庫の前で、ゴーマーはアスピリンの錠剤を香草茶で流し込んだ。

「有りもしない神を語り、妙に食い意地が張ってる……何でこんなヒーラーを雇った、言え」

 いわゆるシスターめいた一見凛々しく優しく美しい女僧侶・グラシアはパーティー参加届を街道沿いのギルド支所に出した後、一行に丁寧なお辞儀をした。

「たまには古代遺跡に寄り道したくなることもあるでしょう。そうなれば、前衛だけでいいってものでもありません」

 兵庫が放置すると危険な古代遺跡の噂を聞いたようだ。

「魔法使いも見つかったら勧誘しましょう。味方増強と敵の弱体化魔法は実際大事と日本書紀も言ってます」

「それはたしかに火力じゃ解決しないな。ところでグラシア、術の系統は何だ。そのなりで法力じゃありませんって後で言われるのは嫌だからな」

 カロリーを法力に変えて治癒や病魔退散の術を使う、というのは多分あるだろうとゴーマーは踏んだ。

「食事を十分に取らないと法力が使えません。それと死の経絡を突いて人型の生物を爆発四散……ではなく、経絡を針で突いて体内の魔力の流れを正常にします」

「ちょっと兵庫、衛兵呼んで! 誰が一子相伝の暗殺拳使いを雇えと言った」

 ゴーマーは『ん? 間違ったかな~?』と言う声を聞いた気がした。外孫に管針を世に広めた鍼灸師・杉山和一がいる、と言うことになっているので鍼術に理解がないわけではないのだが……

特になし

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