邯鄲(かんたん)
初手バイオテロと言う敵の悪逆非道に驚き、後頭部に思い切り拳大の礫を食らった痛みも忘れ、グラシエラは輿の上でぐったりしたままドワーフの薬師・薬草医と一緒に方々を駆けずり回った。
そして、愛犬とともに焼死した老刺客がまずグラシエラたちから殺すつもりだったことに胸を撫で下ろし、一度昏倒して、空腹で起き上がった。
「煮売酒屋が数多く並ぶところで、一店舗だけ刺客が開いた店にわざわざ飛び込むとは、あの鉄砲撃ちやはり『持ってる』な……稀代の凶運を」
「主を惨殺され、たった一回皆の目がある余興で虎を撃ち損じて、積み上げた名声も何もかも台無し。次代宗家の甥の子は痴れ者に斬り殺され、幕府鉄砲方の家をあっという間に潰えさせた奴ぁ、運の悪さも一味違う」
「気の毒に」と言いたげな顔をしてから、上級武士めいた服装の中年男性は物陰で苦笑いした。
「コーズケの旦那、わかってるなら助けなくていいんですかい?」
言いつつも従者であるゴブリンの中年男性は、男の気性を知るがゆえに諦め混じりで言う。
「俺が拙い二本差しの腕でしゃしゃり出るような男じゃない、あいつは運以外がめっぽう強いんだ。あんなのが幕府歩兵の教官だったらどんなに良かったか……」
八町先の的に銃弾を当てる腕があり、背中に眼があり、暗中に眼があり、ブラフを張れる強かさがあり、鎧を重ね着して駆け回る肉体がある。
最初に誰が実戦で彼を役立たずと言ったのか知らないが、稲富伊賀守祐直の武に無いものは英雄性と愛と不確実な運で、彼が必要としていないものだけだ。
「それと、ただまささんでいいと言ってるだろう……この世界じゃ俺は一介の痩せ浪人だぜ」
ただの侍に過ぎないが、自分を召喚で引き当てたゴブリン族に対しては知略の限りを尽くしてあらゆる障害から守る気でいる。この男・小栗忠順は律義者なのだ。
「旦那はあっしらゴブリン族に、久しぶりにケイブ・エルフの誇りを取り戻させた大恩人だ。痩せ浪人なんて言っちゃバチが当たる」
(注:当作品ではドワーフに一服盛られたりなんか凄い呪いをかけられたりして、ス◯ーエルフがファ◯マーになったス◯イリムをリスペクトして、『洞窟住まいに馴染んだエルフが変化したのがゴブリン』説を採用しました)
「読み書き算術を教えて、『浅ましく山賊などして食うな』と賢しげに人の道を説いてやっただけだ。お主らには余計なお世話ではなかったのか?」
武は直心影流の皆伝、知は『将軍がもう少し彼に協力的だったら、普通に幕府が新政体に変わって私の出る幕はなかった』と、大村益次郎が内心恐れたチート幕臣がそれだけで済ますはずがないが、ここでは『とにかくゴブリンたちの生き様を変えるだけの何かをした』と言っておくに留める。
「まだ山賊団をやってたら名高きシウダード・デ・ピエドラを中から拝むなんざ一生無理でしたよ」
「俺達や他の七十一洞の意見をまとめて、人と魔族の争いから身を守る武具をドワーフから買い付けるまで持っていくたぁ全く大したお方だ」
従者のハチ(ハッチンソン)は暗中でも短剣が使える手練れであり、彼もまた律義者で、身命を賭してこの主を守る気でいる。
「二度も何も出来ないまま斬られる気はないからな。お前たちの長に金打したんだ」
この『コーズケの旦那』は世界を相手に戦う剣を学び、幕府の残り一ピースを隠し通して世界の何処かに置いてきた男だ……と言うことになっている。兵を率いて戦うなら雑賀孫市には劣るだろうが、一勢力を挙げて戦うなら今の馬謖と祐直が組んでも勝てるかどうかだろう。
かつてバルベルデ王国には、人々の間に恐怖とともに語られる暗殺組織『働く者たちのギルド』があった。
その『働く者たちのギルド』の名うての毒使い達でさえ、かの者たちが動いたと聞けば速やかに逃げだしたと言う恐るべき一団が、シウダード・デ・ピエドラにいる。
それは、『公営食堂のドワーフのおばちゃん達』だ。星型城塞都市の内情を知らぬ者は一様に何の冗談かと思うのだが、彼女らの仕事ぶりを知る男性ドワーフ達は「そうなるのは当たり前だろう」と口を揃えて言う。
何しろエルフ族に伍する長寿で、世界中から星の街に集まる珍しい食材を、ドワーフの超一流鍛冶師が何気なく贈る調理器具を用いてひたすら調理し続けるのだ。
飾り気のない食堂に奥さんたちが実家秘伝の薬草学や食品学の知識を持ち寄って、貧乏旅を続けるグルメな旅人や気難しい男性鍛冶師たちの空腹を満たすうちに、目端の利くものが彼らの体調を整えるレシピを積み重ねていく。
それは悪用すれば、バルベルデ国王の命すら難なく奪えると言われる恐ろしいものだ。
「王国の五の姫様と申されたな。お勘定は長が全部持ってくれるゆえ、料理は遠慮なくじゃんじゃん頼むとよかろう」
百年同じものを使うと言う木の踏み台に上がって厨房で鍋と玉杓子を器用に操る、一見付け髭を付けた童女にしか見えない店長のマクシーネ。
彼女は王国五指に入る毒使いでもある。
人懐こい笑顔に他種族からは奇異なものにしか見えない、ひょうげた髭を付けている姿を稀代の殺し屋と思う者はまずいない。宴席料理では人族加担派に腕の良い姉弟子がいるのでそちらには及ばないが、「何となくホッとする」家庭料理では星の街有数、すなわち王国内のドワーフ族でも屈指の技量の持ち主である。
『驚いたのう、セニョール・イナドメ。ひと目で分かった。あんたの魂は自分も他人も信じない、どす黒いひとごろしのそれじゃ』
『だからこそ絶対毒を警戒するだろうと、ごく少量口にしたら一番ひどい毒になる料理を、心を込めてこしらえたのだぞ?』
『あんたが取り憑いてるグラシエラ姫とて、生まれた時から父親に見捨てられ、母に自害されたジャンバラヤ姫ほどではないが運は桁外れに悪い』
『それがどうして、今日に限ってわしの料理を涙を流してがっついておるのかね?』
マクシーネは隙のない笑顔の裏でしきりに首をひねっている。
「あの男には、『一命を賭してでも、死力を尽くして相手を倒す』と言う信念がない。『俺を笑う馬鹿なやつらのために死ねるか』と言う憎しみが人並み外れて強いから、どんな下劣な手段でも普通に使って土壇場で生きて帰ってくる」
「そして、誰にも悲しまれずに畳の上で死ぬ。何が楽しいのかねえ、そんな人生ってやつぁ。丹後の武士の心意気は良くわからねえよ」
『コーズケの旦那』は自分もろくな最期を迎えていないのに、祐直を憐れんで彼に再度過酷な生き様を課す天を眩しそうに仰ぎ見た。
『ふざけやがって……温かな家庭料理のフリをして、こいつはがらしゃさまの件を復命しに行った時忠興が俺に出した茶と同じだ』
『旨味の裏に毒虫のような悪意がとぐろを巻いてやがる……反吐が出る』
グラシエラは何事もないかのように笑みを浮かべ、魂の奥底で祐直は怒り狂っている。
「あの老刺客がばらまいた病のもとが、シウダード・デ・ピエドラの片隅に一欠片でも残っていないかと駆けずり回って、本当に疲れました。お腹が空きました。甲冑二重ねを着て駆け回るのは、えねるぎいを大量に使うのです」
グラシエラは孫市の膳の皿も、行也の膳の皿も全て取り上げて片っ端から中身をろくに噛まずに胃の腑に送り込んだ。
「店長、今回の料理を一人があんなに沢山食べたらどうなるんです?」
「ちょうど刺客の第三陣があいつらを囲む頃に、手足が震え出すじゃろう。セニョール・イナドメは飛び道具使いとしては何も出来ぬまま怯え、すくんで死ぬ」
怯え、泣きわめき、てっぽうを取り落として膾に刻まれるグラシエラ・祐直を想像してマクシーネが微笑む。
「フリーデリーケ、マゴイチ殿・ユキヤ殿・ヒョウゴ殿に、甘くて旨くて一定の時間後に確実に腹を下す冷たい薬草茶をお出ししなさい」
「かしこまりましたぁ」
メイド服を着て、マクシーネと同じように髭を付けた給仕のフリーデリーケは、嬉々としてグラシエラ達に飲み物を運ぶ。
「姫様、少しは俺にも飲み食いさせてくれよ……結局何も腹に入ってねえ」
心底呆れた顔で孫市が嘆くが、最初にフォークとナイフを握った時点でグラシエラに目配せをされ、何事かはだいたい察している。
「『ごっそさん!』ですわ、女将さん」
「おう、気に入ってくれたようで何よりじゃ!」
「そんなわけねえだろ」
「ユキヤ、こいつらをきっちり地獄まで送ってやれ」
「レシピは焼け、一人たりとも生かして店から出すな」
グラシエラ・祐直は孫市すら震えが走る憎悪のこもった声で言い捨て、王国金貨数枚と王国銅貨六枚を会計の台の上に置き、店を出た。
十三人の刺客改め十三段の刺客・第二陣であるこのおばちゃん達と、未知の第三陣は恐らく連携が十分に取れていない。
店の中をざっと見回した祐直の予測である。
「そういうわけだからお嬢さんたち、悪く思わないでくれ」
ユキヤは久しぶりに『なろうしゅ御用達デザインのロングソード』を抜き放った。
「ふん、一皮むけば鼻持ちならぬ嫌なガキのくせにやたら『ざまぁする』だの『無双する』だのほざくくっさい『なろうしゅ』がわしらを斬ると? 聞いたかフリーデリーケ、笑ってやれ」
マクシーネは侮蔑の笑みを浮かべてユキヤを見た。
『シウダード・デ・ピエドラの公営食堂のおばちゃん』は数度の戦を経て、城内に突入した敵兵や星型城塞を中から破綻させようとする間者を、ことごとく三枚におろして帰した強者揃いだ。
彼女らが包丁を戦斧に持ち換えれば、若いドワーフなどはしめやかに失禁してしまう。
「笑いたければ笑えばいい。僕も所詮は『がらんどう』だ」
ユキヤは自分が人に誇れる中身など何もない人間であることを知っている。
だから『チート』だの『自称外れスキル』だのに頼りっぱなしで冒険者の道を歩いてきた。
妬みと僻みにまみれた下劣な本性を隠して、謙譲の美徳と一般的な道徳心を持ち合わせた転移人のフリをしながら、無意識にイキり散らして生きてきたのだ。
祐直にちっぽけなプライドを顎の骨ごと砕かれるまでは。
れでぃすあんどじぇんとるめん
おとっつぁんあんどおっかさん
今宵ご覧に入れますは
『かんたんのゆめ』でございます
とかく浮世のはかなさよ
そのさま粥のゆげのよう
まずひとねむりなさいませ
めがさめるかは、しりませぬ……
「奥義・『邯鄲』……! ユキヤ、今日は仕方ないが伊賀殿が能の名を冠した技はもう使うな」
「伊賀殿は門弟が基礎をしっかり練習して、鉄砲の手入れを怠らないかぎり、応用まで手を出さずとも生き延びられるように伝書を編んだ」
「紀州様(浅野幸長)にも教えなかった技は『いかなる強者も自分を侮るように仕向け、無意識のうちに隙を生じさせて確実に射殺する』忌まわしいひとごろしの技ばかりだ」
相手の油断を引き出し、運を天に任せず己の技量で敵だけを殺す。
そのためにどんな浅ましい振る舞いも辞さず、本気で怯え、泣きわめいて全力で逃げながら背後の相手を見ずにその額を撃ち抜く境地に至ったのは、『実戦でその技は何の役にも立たなかった』とまで己を否定され、最早名も知れぬ誰かの笑顔のために戦う理由が何一つなくなった祐直なればこそだ。
「伊賀殿が歩いたのは茨の道だぞ。今一度、良く考えろ」
ユキヤが仕損じた時のために、傍らには孫市が控えていた。
何一つ褒められない、暗い決意だけが頼りの魔道を進みつつあるユキヤを、心配そうに見ている。
慶長十八年(1613年)八月二十五日・和歌山城。
自身の死の少し前に、内府様(家康)から「豊臣家に未練のある大名を始末してくれ」と言われて、祐直は断っている。
だが、一度は唾棄すべき技まで余さず伝えるところまで考えた、浅野幸長とは個人的に決着を付けることにした。
浅野家は分家の播州赤穂が大名火消しで知られる、つまり火術の恐ろしさを良く分かっている。そして、幸長が町を効率よく焼くにはどうしたらよいか、と言う旨の質問をした時、『まず江戸の天気、特に風向きと強さを日記に几帳面に付けるところから始めるといい』と祐直は答えた。羽柴筑前の治世は大嫌いだったが、内府様の築く世を歓迎する気もさらさらなかった。『皆殺し合って屍になれば良い』とさえ思っている。
だがかすかに疼く良心が、「民衆は戦乱より平和を望んでおり、幸長の武は内府様がもたらすであろう泰平の世には危険過ぎる」と告げていた。
「師匠、一昨年前に身罷られたと聞きましたが?」
「わしの葬儀に使者一人寄越さず、良くそのようなことが言えたものですな」
「できる限り敵の死亡は確認しろ、と以前口を酸っぱくして申し上げたはずですぞ」
浅野幸長と稲富祐直は城内の一室で睨み合った。
「敵……か。して、今日は幽霊殿がどのような用件で?」
「病の身を押して、秘術の披露がてら不肖の弟子を始末に来た次第で」
祐直は先端に何やら奇妙な筒の付いた短筒を懐から出した。
「はばかりながらこの浅野紀伊、師匠の一番弟子を自負しておりました。それが不肖とは?」
幸長は慎重に脇差しを手元に引き寄せた。
「紀州の木を切って、一見便利な車長持を量産して江戸で広める遠大な計画を立てていると聞きましてな」
「以前、和歌山城下の民には大火事が起きたら家財道具のことは忘れてまず逃げるよう触れを出しなされ、と教えました」
「だが、そう思っても身一つで逃げられぬのが人間の性。皆が持ち出せば道を塞ぐ車長持とは、良く考えなさった」
「無辜の人を大勢焼いてでも、自分の代で成し遂げられなくても内府様の世を覆す事は可能だと思わせたのは、火術について色々教えたわしの責任だ」
祐直が大真面目に言うと、幸長が爆笑した。
「師匠、他人ならいざ知らず、私を何だとお思いか」
「貴方にそんな責任を取る善性など欠片もないことは、誰よりも良く存じ上げておりますぞ」
幸長が祐直を睨みつけると、今度は祐直が爆笑した。
「さすがにわしのことを良く分かっておる……技量を読み誤っていることを除けば」
「『三河花火』はもうわし抜きでやっていける。そして本当の死も近いと思ったら、今一度ひとごろしに戻りたくなってな」
「だが、これぞという敵がおらぬ。だから、ここに来た」
医学というものを知らぬ祐直であるが、剣も銃も密かに無類の強さを誇る内府様は何らかの病に臓腑を蝕まれていて、個人の武では最早自分の敵ではないと知っている。
他の戦国を生き残った武人は倒すために入念な仕込みのいる規格外の化生か、もう見栄を気にして盤外戦術を含めた殺し合いになど乗ってくれない者ばかりで、限られた時間で戦いの場に引きずり出せる手頃な相手がいない。
結局小うるさい外野のないところで思う存分に戦いがしたければ、相手には浅野幸長しか思いつかなかった。
「今、『師匠の腕が口程にもない事はこの私が一番良く知っている。亡くなったと聞いてどうしようかと思ったが、まさか自分から倒されに来てくれるとは』と思っただろう?」
はあ、と祐直はため息をついた。
「細川家に対して師匠のやらかしをとりなした、この私の目まで常日頃から欺いていたと仰せで?」
祐直はこと砲術に関しては興味のあるものには惜しみなく技術を授け、教育者としての姿勢に関して嘘はない。
ただ、「大将の武には意地汚い殺しは必要ない」などとうそぶく手合には、祐直も「勝つだけなら当流の基礎と応用で十分でござろう」と讒言や社会的に殺す方法まで含むひとごろしの技は教えていない。
幸長は稲富流ではない祐直の後ろ暗い戦術まで積極的に聞きたがったので、逆に困ったほどの良き弟子であった。
「わしの生き様を思い出してみるといい。どうやったら他人を信用すると思う?」
慶長戦役で虎を撃ち損じて皆に『口先ばかりで使い物にならぬ』と断じられて以来、味方の背中撃ちを恐れるあまり銃を片時も離さず、ほとんど眠りもせず戦い続けた祐直の気の毒なさまを、幸長は良く知っている。
いとも簡単に主君を謀殺した細川家のやり口に接した時は、打ちひしがれて飯もろくに喉を通らなかったことも聞いている。
「一つ聞いていいですか師匠。私はどんな死因でこの世を去るんです?」
「数日後に、城下に噂が流れることになっている。『殿様は性病で身罷られた』と」
ぶうっ、と幸長はどこからともなく取り出した瓢の酒を吹き出した。
「しかし師匠らしいといえば、らしいですな。一度敵と決めたらどこまでも情け容赦がない」
幸長が苦笑して、酒杯を渡す。祐直が一息にあおる。
「その仕打ちだけではあまりにも酷いので、冥土の土産に文殊堂で開眼した『減音の妙術』、今日は眼福間違いなしの逸品を持参しておりまする」
「では、決着をつけようか」
祐直が花火師の好々爺からひとごろしの顔になった。
数分後。
「元々理論はいいが大した腕ではないと思っていたが、それがさらに衰えていたか……」
血のついた脇差しを拭い、幸長は悲しげに血溜まりの上に伏して息絶えた祐直を見た。
和歌山城下。城内の騒ぎをよそに、城下の民はいつも通りの日々を過ごしている。
「紀州様……『目は己の見たいものしか見ない』『全てを疑え』とわしは常々申し上げて来たはず」
「日頃の講義をきちんと聞いておれば、『減音の妙術』などわしらの時代に完成するはずがない、本命のひとごろしの術があると気づいたはず。貴方様もわしの話を何も聞いておりませんでしたな」
「こちらを軽んじて、侮っているものほどかかりやすい幻術を組み込んだ『邯鄲』。あの世で語り草になさいませ。わしも間もなく後を追いまする」
死病の身を押して来たという点に関しては、偽りでもなんでもない。尾張の自宅へ生きて戻れるかどうかも怪しいほどに足がふらついているが、どうせこの世に未練はない。
花火師・一夢理斎としてはともかく、砲術師・祐直の話を真面目に聞いた門弟など誰一人としていなかったのだ。
六人の『公営食堂のドワーフのおばちゃん』は皆一様に薄気味悪い笑みを浮かべたまま死んでいた。ユキヤは血刀を拭った後、死骸のそばで激しく嘔吐した。
「ようやく自分がひとごろしの道を歩み始めたことに気づいたか。気分はどうだ?」
孫市が背中をさする。
「僕はこれまでゲーム感覚で『モンスター』を殺してた……馬鹿だ……本当に馬鹿だ……」
「俺や伊賀殿・兵庫殿がやってたのってそういう本物の殺し合いだぞ。慣れろ、いや、慣れるな」
特殊メイクや擬死の技術を砲術に取り込んで、相手が祐直を倒したと思い込ませて侮り・油断を引き出す『邯鄲』に対して、ユキヤは魔族の間ですら禁呪となっている精神操作や、単なる手品ではない魔力ベースの幻術を交えた異世界ならではの『外法・邯鄲』を使っている。
相手が思う通りの映像を目と脳に与え、会心の笑みを浮かべた時に殺す。
粥が煮えもせぬ時間の間に、願う通りの夢を見たまま敵は死体になっている。
それが祐直の思いついた『邯鄲』だ。
「無理に今すぐひとごろしの道を極めずともよいのですよ。稲富流が伝書に記せなかった技は、つまるところ『ぷれでたあ』や『りーぱー』なのですから。からくりがやってくれることは、からくりに任せれば良いと祐直殿が言っておりました」
グラシエラ・祐直がユキヤの肩に手を置き、ニッコリと笑った。
20世紀から21世紀における稲富流の体現者は、シモ・ハユハやヴァシリ・ザイツェフ、クリス・カイルのような『英雄』ではない。
使用者がオフィスでコーヒーをすすっている間に、敵をある年の死者数の一つにしてしまう殺人ドローンに他ならない。
生半可に人の心があると日常空間に居ながら生きた人間を殺す行為に精神が耐えられず、PTSDに罹ると言う。
しかし、祐直の人間性は削れてすり減っている。英雄性を演出するための武器へのこだわりなど欠片も持ち合わせていない。
相手に気取られないところから殺す手段があるなら、極超音速ミサイルでも『あいつは敵と通じている』と言う陳腐で汚らしい讒言でも、何のためらいもなく使えるのは彼の強みであり弱みでもある。
「おじさん(祐直)……第三陣の刺客と戦うために店を出たのでは?」
逃げて来たのか、と言いたげにユキヤはグラシエラを見ている。
「もう一人残らず殺してきましたよ。ちょっと手足が震えて困ったので、『弱法師』を使おうかと思いましたが、その必要もありませんでした」
「歴史上の英雄豪傑はともかくただの馬やいくさ船までもが褒め称えられるご時世で、時代劇一つ出演できない私が『映える死闘』を演じる義理など、どこにもないのです」
グラシエラがどこからともなくノートPCを出して、バルカン砲を搭載した飛行ドローンに刺客団を追わせて全員何の見せ場もなく射殺した時、それを見ていたドワーフとエルフのハーフの官吏・コンスタンティンは心の底から震え上がった。
『主人公側のやることじゃない』
役所の窓口にいる係員めいた何一つ心のこもっていないスマイルを浮かべながら、震える手で敵を始末するグラシエラの有り様がとてつもなく恐ろしかったのだ。




