花咲か爺
「一つ言っておきますが、私は飛び道具が得意ですが『組み討ちも出来ず介者剣術も使えない』とは一言も言っていません」
シウダード・デ・ピエドラの中の公園の一つに来て、祐直・グラシエラはコンスタンティンに礫を投げさせる間も与えず、L85(改修前)から銃剣を外して斬りかかった。
コンスタンティンはドワーフのお家芸というべき戦斧の腕は二流以下でしかなく、接近戦の武器はセカンダリ・ウェポンとして木に薄い鉄板を巻いたバトンを使っている。しかし、本当の戦の経験がないせいか動きはぎこちない。
「華も何も無い殺人術ですね……」
公園の遊具を使って相手を散々に翻弄するでもなく、がむしゃらに殺しにかかるグラシエラの技に酒井兵庫が嫌な顔をした。新撰組時代の幹部たちを思い出したのだろう。
「伊賀殿は一色家時代・慶長戦役と、戦場にいた時間は同世代の砲術師に引けを取らないからな。しかも俺と違って他の兵科も自分でしなきゃならない環境にいたんだ、『鉄砲術だけできればいい』で済むわけがない」
祐直は慶長戦役において虎狩りの一件で臆病者と仲間から軽蔑され、殺し合いの真っ只中で兵士としては使いものにならないと断じられる、とてつもない逆境にいた。
味方のためにどれだけ戦っても嘲られ罵られる異常な状況下で、背中撃ちされる最悪の事態を避けるためひたすら敵を殺し続けた技が、実戦で役に立たない代物と言うのなら『実戦で役に立つ技』というのは一体何なのだろうか。
「多分他の武器も超一流じゃないってだけで、俺にヤバいと思わせるくらいには使えるだろうよ」
孫市は祐直・グラシエラのナイフさばきに素直に感心すると同時に、戦の最中にいちいち集中を削ぐ罵声を浴びせる味方を、音もなく殺すために鍛えたと言うその武芸を心から哀れに思った。
一瞬、『俺を憐れむな』と言わんばかりに祐直は孫市に怒りと憎しみのこもった視線を向けた。
顛末から先に言ってしまえば、祐直・グラシエラはコンスタンティンに勝てなかった。
思いもよらぬ形で十三人の刺客の第一陣が横槍を入れたせいだ。
枯れ木に花を咲かせましょう 死出の旅路も賑やかに
枯れ木に花を咲かせましょう
全ての生者に呪いあれ 枯れ木に花を咲かせましょう……
幼子の腕をくわえた犬を連れて、体の随所が膿み崩れた老爺が、赤く染まった布の切れ端を笑顔でそこら中にばらまいている。グラシエラたちには目もくれない。
疫病で死んだ村人の、血膿にまみれた衣服を切ってばら撒いていると、祐直以外は知る由もなかった。
「ええと、死者の着衣の端切れを撒く……『今昔物語』の羅城門がどうとか……何だったかな」
孫市は今一歩のところで正解にたどり着けず、兵庫も斬らねばならぬ強敵だとは思っているが、相手の危険度に関してはよくわかっていない。
『刺客の初手がこれとか、嘘だろおい……』
仲間達が武器に手をかけつつも唐突な狂人の登場を訝しむ中、祐直は顔面蒼白になった。
物わかりの悪い細川の老臣と大坂に取り残された時でさえ、この時ほど命の危機を感じなかった。あまりに怖かったので、
「何で慌てなかったのかって? 『どうしてここでゾンビゲー要素入るかな、祐直さんならどうにかなるレベルだろう。僕ならどう斬ったものか』と思ったけど、あたふたする気にはなれなくて」
後できょとんとして言った行也を、
「戦を知らない奴が体験するのはなろう的ファッションピンチでいいと思っているし、お前の顎を一度本気で砕いてしまったことを詫びる気は今もさらさらないが、それ以上苦難を負わせる気はない」
「とは言え、お前自身も少しは危機感を持て。そこまでゲーム的に相手を測るのは、さぶかるとやらに毒されすぎだ。いいか……」
思わず長々とお説教してしまったほどだ。
祐直はお世辞にも英雄豪傑とは言えない。狙撃手でも現代的な兵士でもない。かと言って殺しを楽しむ殺人鬼でもない。
いかに悪しざまに言われようと申し開き一つせず、ひとごろしから花火師の祖に転じたのが不思議なほど、稲富伊賀守祐直は怨霊寄りの人間だ。
そんな彼は、流行り病や行倒れで生じた腐乱死体の切片について、敵陣に投げ込む以上の用途を真面目に思案するほど心を病んだことがある。
そして、眼の前にいる老人の恐ろしさを理解してしまった。
思いついた非人道的兵法についてはあまりにも酷すぎたので慌てて思考から追い出した。無論流派の伝書にも書き残していない。
「のうまくさらばたたぎゃていびゃくさらばぼっけいびゃくさらばたたらたせんだまかろしゃだけんぎゃきぎゃきさらばびぎなん、うんたらたかんまん!」
祐直もグラシエラも、未知の疫病に抗う妙薬など知るはずもない。
小西行也一行のヒーラーである平原美由紀が言うには、この世界ではまず患者の病気を知らなければ錬金術系ヒーラーは薬が作れず、聖職者系ヒーラーは病気快癒の法力が十全に機能しないのだそうだ。
恐怖で足がすくんだグラシエラに代わり、祐直が不動明王に祈って(注:よくある『魔法を直接イメージして発動する』ことが出来ないため、自分にわかりやすい『真言を唱える』行為で魔法の詠唱に代えている)一旦精神力を炎の法力に換え、老人と犬を一気に荼毘に付した……はずであった。
注意を全て老人に振り向けたため、直後に祐直はコンスタンティンの礫を後頭部に食らって昏倒している。
「伊賀殿起きろ、相手は刺客で間違いないだろうし、『御老体相手にそこまでやるか』などとたわけたことを言うつもりはないが……そこまで怯えるほどの強敵だったのか?」
孫市が持つ敵の実力に対する目利きが、明らかに誤作動を起こしている。秦の頃の墨者でさえ『死体は病のもとになるから念入りに埋めろ』と言っているし、孫市もそこまでは無論わかっていた。
だが、さしもの彼も疫病を能動的に用いる狂人をいくさ場で直に見たことはない。
「そこのお嬢さんの判断は……別段誤っておらぬ……儂も老いたりとは言え骨の髄までは呆けていないぞ」
老刺客は全身焼けただれて息も絶え絶えであったが、一刻も早く骨しか残らぬ姿にするつもりであった祐直からすれば、恐ろしいことこの上ない。
「まあ……聞きなさい……儂の住む村に疫病が流行り、孫とごく些細なことで仲の悪かった村長の息子が『孫が井戸に病毒を入れた』とぬかしおってな」
老人の目に涙が溢れた。
「よりによって村人たちは唯一の薬草師をしていた嫁と錬金術師の息子を孫もろとも、病を患った牛たちに一生懸命引かせて、このじじいの目の前で手間暇かけて八つ裂きにしたのだ。こんな、こんなばかな話があるか……」
「結局儂以外誰も助からなんだ。己の所業を咎められる覚えはないなどとは言わぬが、儂は現世と常世の区別もつかなくなってこんなことをしたのではない」
謀略で旧主を惨殺された重たい過去を持つ祐直は、その動機に対しては聞いても思ったほど動揺しなかった。
うっかり『鞭打たれながら懸命に村の救い主を引き裂く死にかけの牛と、悪意にまみれた無辜の村人と、押さえつけられやめろやめてくれと泣き叫ぶ老人』という、どこにも救いのない光景を想像してしまった美由紀と、よくある『異世界に来るまでは自称平凡な一般人』に過ぎなかった宮坂敦子は、病毒にも当たっていないのに目眩を起こして倒れた。そのさまは傍目にも気の毒なことこの上ない。
「痛い……ああ、そうですね。恐ろしい手練れであったことは認めますから、あの世で息子さん夫婦に誇ってください。貴方が浄土へ行けるとも思えませんが。第一戦からこちらの惨敗です」
重要なのは火炎魔法が思った通りに効いたかどうかであって、間もなく死ぬ老人を銃や言葉で撃ってもしょうがないと判断した祐直とグラシエラからは、老爺に対してそれ以上何かを言う気にならなかった。
「あの……礫に打たれた傷の薬です。残り十二人がどのような武芸を用いるか、何としても洗い出してきます!」
呆然と立ちすくんで、立ち直ってそこまで判断して走り出すコンスタンティンを、丸薬を手渡されたグラシエラは止めなかった。
魔族に与するドワーフがシウダード・デ・ピエドラの民を皆殺しにすることも辞さぬとは、コンスタンティンも思っていなかったし認めたくなかった。
「これ以上の外法を用いる者を二の矢三の矢と放てる相手なら、今から何をしても無駄だからまず落ち着け」
「病のもとは全部焼けたはずだし、今の時点で『人が過ちを繰り返す魔法』を連発するような精鋭を放ってくることはまずない」
……と祐直は言いたかったが、どうにも確信が持てなかった。




