石礫と鉄砲
特になし
バルベルデ王国内のドワーフ族の最大拠点である、シウダード・デ・ピエドラに向かうことになったグラシエラ姫一行。
「ところで伊賀殿、おぬしは四百年以上経った未来まで臆病者と思われ、鉄砲の腕があって、実際の公式殺害数が残ってないと言うと……」
グラシエラ姫の馬の影に潜む孫市が声をかけた。
「ああもう、いつか誰か言うと思ったよ。最初に言うのはよりによってあんたか鈴木殿」
「そういう奴が裏で歴史を動かすウェットワークやブラックオプスを行い、人知れず活躍しているなんてのは、フィクションの中だけなんだよ」
「やりたくもない殺しをさせられるのが嫌で、まとわりつく悪評を迂闊に大功で返上するわけにも行かなかった俺の苦労くらいわかれ」
起死回生の反魂丹でも助からぬはずの死を遂げたが、グラシエラ・プリンセサ・バルベルデに再召喚されて彼女の魂と融合した稲富伊賀守祐直は、心底嫌そうな顔をした。
「狙撃手・鉄砲撃ちとしては鈴木殿やカルロス・ハスコックの方が正解だ。世界に対して自分を欺くために、敢えて汚名を着るやつなんていないんだ」
「シモ・ハユハやヴァシリ・ザイツェフは普通に勲章を受け取ってるはずだ。クリス・カイルもな。俺の勲章は『臆病者』『ヘタレ』『肝心な時に使えない鉄砲撃ち』。それでいいんだ」
「正体をくらますためにそんな勲章を敢えて付けたわけじゃない、俺は本物の臆病者だ」
「だいたい俺が杉谷殿のように鋸引きで死んだか? 事実は何も」
「伊賀殿知ってるか、下手な嘘つきほどよく喋るんだぜ?」
孫市の表情は見えないが、にやりと笑っているのだろうとグラシエラは思った。
「ユキヤたち、真っ当な武人が絶対に聞いちゃいけない話するからちょっと耳ふさげ」
グラシエラに付き添う兵庫と孫市以外は耳をふさぎながら歩く。
「本当に強い奴ってのが、相手の読みと対処が完全に追いつかないレベルで技を出すのなら、そんな奴が不審死したニュースを遠くで聞いてビール飲んで眠りにつくのが、俺の求める強さの境地なのは間違いない。たまたま俺の家に伝わっていたのが鉄砲術というだけで、ひとをころす手段は何でも良いんだ」
「どこかで心の中でブッ殺すと思ったら云々って言ってたが、それじゃ遅すぎる」
「俺も相手もお互い知らない強者がいて、ある日ふと俺が起きたら知らないうちに血に濡れた手を洗った跡がかすかに残っていて、相手の強者はどこかで死んでる。これでまあ早いかなってところだ」
「でもな、相手がいかなる業に長けていようとあらゆる盤外戦術を仕掛けて対峙する前に殺し、どんなにいかれた歴史学者や小説家が後世に首をひねっても、その一件と全く繋がりのない人物として過ごす。俺がそんなスーパーダークヒーローなわけ無いだろ。冗談言っちゃいけねえ」
けらけらとグラシエラ姫が笑う。
「かの超A級スナイパーで言えば、Gと依頼人が会う前に標的はもう死ぬか破壊済みで話が始まらないレベルを自分が死ぬまでほぼ毎話やって、依頼自体が存在しないのだからもちろん報酬は一文もなし」
「こっちが死んだらそれきりで、真実はいつも一つの人でも人物相関図に名が挙がらない手際で仕事を終える」
「こんなことをタダでやる奴がどこに存在しうるかよく考えてみろよ」
「名前が出ても扱いはモブ同然の奴が裏では皆傑物ってんなら、宋万や潘鳳が大活躍するような異世界転移作品が山程できることになるぞ」
「そりゃあタダなわけ無いだろう。伊賀殿はそれを公務員の給料でやる、太閤様や権現様お抱えの隠密だったんだろ?」
「……想像に任せる。どこかの国のように時間経過で真実が明かされるわけじゃないんだから、どのみちそんな証拠は出ない」
饒舌に笑顔で語っていたグラシエラが、孫市の指摘で一気に不機嫌な顔になった。
「……というわけで、全員が腕の立つ悪党揃いです。ご用心を」
「これから来るグラシエラ姫一行が偽者ですと?! それは困りましたなあ!」
シウダード・デ・ピエドラ内数万と号するドワーフの長である老人は、馬謖幼常の言葉に大仰に驚いて見せた。
「まあ、市内一番の捕り手を揃えて歓待するとしましょう。お礼の王国大金貨です。国の造幣所が認めるものより上々の出来ですから、安心してお使い下さい」 老人は気前よく金貨の詰まった革袋を馬謖に手渡した。笑顔に見えるが目は笑っていない。
「ところで、湯漬けなどいかがですかな」
「くそっ、僕を体よくあしらいやがって、司馬仲達並みに食えないジジイだ」
歯噛みする馬謖の肩に、姜維がそっと手を置いた。
「兄弟子、得体の知れない異世界人の我々が即座に長に会えただけでも上出来。相手は王国にも魔族にも武器を卸してる恐ろしい商人の頂点で当人も稀代の武人。噂を集めた時点で仲達くらい老獪なのは薄々わかっていたでしょう?」
「そもそも、こちらが煽らなくてもどわーふにはのうきん鍛冶屋さんも多いのです。どうせ人魔どちらに注力するか見定めるための一戦を、ピエドラの街が避ける気はないのですから、とりあえず高みの見物と行きましょう。幼常殿、良い肴を揃えてくださいね? どわーふは筋張って堅くて困ります」
がらしゃだけは上機嫌である。
「我が街で魔族に武器を卸す同胞が雇った選りすぐりの刺客十三名が、城塞の中で手ぐすね引いて待ち構えておりまする」
「本当なら同胞というもおこがましい賊とその番頭・手代・徒弟・末端店員も、敵ながら人族の使い手に引けを取らぬ勇士揃い」
「グラシエラ様、ここはどうか一度お戻り下さい」
鍛冶の技もバトルアックスの技も商才も無いというので、誰も成りたがらなかった隠密の職に就いたという異色のドワーフの青年、エグムントはいきなりグラシエラの前で土下座した。
「お立ち下さい親切な方。このグラシエラ・プリンセサ・バルベルデは病み上がりの身とは言え、皆様に一手披露もせず立ち去る手弱女ではありません」
四ノ姫ジャンバラヤは先代魔王を倒した凄まじい剣技で知られているが、そのすぐ下の異母妹グラシエラは出歩けば何かに躓き、前触れもなく降ってくる花瓶の直撃を食らう不運の持ち主という噂しか伝わっていない。
「それよりも、貴方こそどうして危険を冒して城壁の外に出ようと思ったのですか?」
「普段は捕り方の役人、裏で隠密御用などしていると、どうしても前日まで元気にしていた同胞が不意に亡くなると疑り深くなります」
「親友の老いた父御が急逝したとき、亡骸には人の噛んだ歯型とかすかな瘴気がありました。姫様ならこの件について何かご存知かと」
『奥方様……本当にどうしようもねえな』とグラシエラ・祐直が呟いたのは孫市も聞き取れなかった。
「その下手人は私の剣にかけて討ち取りますとご友人にお伝え下さい」
「はあ、そうですか……」
仕方なく就いた割に星型都市では敏腕の隠密と言われているエグムントも、グラシエラの剣技など聞いたこともない。グラシエラも『下手人には私が砲術の真髄をお見せします』などと言えば魂の身元が割れるので、剣で討ち取ると答えたまでである。
「バルベルデ国王が使者、グラシエラ・プリンセサ・バルベルデとその供の者、故有って事前の知らせなく罷り越すことをご容赦願いたい! 差し支えなくば大門を開けていただけまいか!」
ドワーフ建築の粋が詰まったシウダード・デ・ピエドラの正門前で、平原美由紀が内力を込めて大声を張り上げた。
「さすが官を束ねる国と、江湖の義侠を束ねる武門の家を兼ねた王家の方々。見事な内功に感服いたしました」
豊かな髭を蓄え、ドワーブンスケールアーマー一式に身を固めた長身の男性が通用口から騎馬で現れて、下馬して深々と頭を下げた。
「当節の魔族から聞こえる不穏な噂に豪傑を召喚して備えるとは、当代の長も深謀遠慮に長けてらっしゃるようで何よりです」
目の前の男性は祐直と孫市からは、青龍偃月刀を持っていないことを除けば三国志演義で伝わる関羽にしか見えない。概ね短躯の者が多いドワーフ族の中にあっては堂々とした長身だったので、星の街に住むドワーフの血を引いているとは誰も思わない。
「ははは、当市に立ち寄った転移者の方にたまに言われますが、その英傑と思しき関雲長なるお方は、水兵の服を着たばいんばいんでどたぷーんの女性と伺っております」
男性の言葉は馬謖と姜維が聞いたら頭を抱えただろう。
「それがしなどは鍛冶も商才も凡庸な一文官にて、姫様に武人とお褒めいただくのは面映ゆい限り」
どうも男の言うことがわからないことだらけなのでグラシエラが問おうとしたところ、ふと急に血の気が引いて真っ青になり、馬上から無様に落ちかけた。兵庫が慌てて支える。
「ど、どうなされました姫様!」
兵庫が声を低めて言う。
「わ、若殿(一色五郎義定)が……『一色軍記』にしか名前がないから架空の人物の可能性があると言われている。筆者が気づいたそうだ……そりゃ架空の人物に仕えていれば、俺の事績もなかなか出ないよな、あは、あはは……」
「それがしの中身は、没羽箭・張清なる人物に近いとどなたかが申しておりました」
グラシエラからスッと抜けて消えかかった祐直を救ったのは、皮肉にも目の前のドワーフの男性が放った石礫であった。
石はこんっ、とグラシエラの額に軽く当たった。
「待て……! ノーモーションの神域に行った相手とは言え、俺が原始的な印地打ちに不覚を取っただと?!」
グラシエラが再度真っ青になったが、今度はその中の祐直の魂がはっきりしている。
「こっ、このっ……この野郎っ!!!」
グラシエラ・祐直の手の中にバントラインスペシャルが現れる。『これを抜くときは相手を絶対殺す』と決めた時に出すことにした銃だ。
「伊賀殿、そんなざまでまともな戦いができるか。まず俺が出る」
石礫は何と孫市の手にも軽く当たっていた。
かのシモ・ハユハでさえ敵の銃弾に顎を砕かれ、クリス・カイルは自分が救おうとしたPTSD患者の凶弾に倒れたのだから、飛び道具の絶対強者などそうそう出るものではないと祐直も孫市もわかっている。
だが、互いに方向性は違えど銃は己の生き様だ。そこは間違いない。石礫が異邦では神の加護を纏って巨人を討った由緒正しい武器とは言え、こうも腕前を見せつけられては冷静にはいられない。
「孫市殿、伊賀殿から伝言です。『あんたはいつまでも俺のトラウマの元でいろ、「強キャラだけど主人公の前座の噛ませ」になってくれるな』と」
グラシエラはL85(改修前)を手に改めて謎の投石師と向き合う。
散々な評価を受けたL85(改修前)は、祐直にとっては『火縄銃の次に愛おしい銃』であり、冷静さを欠いて使おうものならたちまち『たまに銃弾の出る手槍』になってしまうため、『クールダウンしよう』と思った時にこの銃を使う。
「全く……そういうことは自分の口で言え、伊賀殿」
孫市はグラシエラの乗る馬の影に戻った。
「事情は存じませんが、何を言われても転移者の方が言った『柳に風』で受け流すのは、非常に良い考えだと思います」
「それがしのようにこの地では禁忌であるドワーフとエルフ双方の血を引く者は、街の中にいるだけで皆が困った顔をいたします」
「『余程聞くに耐えない侮辱を吐かない限り、いちいち礫を飛ばしたりせぬからコソコソ言わず思うままに言って下さい。それがしの振る舞いが気に入らぬと言うなら、改善できることならする』といつも言っています」
エルフの長身とドワーフの見事な髭を合わせて関羽のような偉丈夫になったドワーフの壮年男性・コンスタンティンは、先代の長の子が静かの森の有力氏族の娘と出奔して設けた子だ。
長は世襲で決まるものではないので、当代と血の繋がりはない。何を作り出すでもなく勘定方の課長めいたことをしているのは別に疎んじられたからではなく、単純に鍛冶・商才で抜きん出たものがないからだと当人も認めている。
「まあ、ここははみ出し者同士楽しくやりませんか」
ぎらり、とコンスタンティンの眼が殺意を帯びて光る。
「良いですわね、貴方。そのご提案は悪くありませんわ」
グラシエラもニヤリと笑って手製の銃剣の鞘を外した。
「あ、でも一つだけ伺って構いませんか?」
ピーター・フォークの如き渋さを感じさせる顔で、グラシエラはコンスタンティンに言う。
「貴方は十三人の刺客の一人なのかしら?」
「こんな目立つ刺客がいてたまりますか。断じて違います」
「誰にでも支払った金額よりちょっと嬉しい逸品を売る我らですが、魔族のお客様の人となりも聞かずにものを売る一部の同胞にはどうも閉口します」
『魔族があえて人を普通の政治で統治することにより、最早人族は何一つ他に抜きん出ていないと広く世に知らしめ、拭い難い屈辱を後々まで与える』と考える当代魔王派。
『恐怖と暴力で他を圧して光の側に属するものを奴隷として扱い、血と悲鳴が娯楽となる魔族だけが楽しい世を作る』旧態依然とした先代魔王の老臣派。
『何でもいいから早く皆殺しにしてしまえ』と言う、若い魔族を中心にした破滅主義者達。
破滅主義者にすら武器を売る同胞は自分より余程忌むべき存在だとコンスタンティンは考えている。
特になし




