甲冑は実際大事
特になし
「ぎゃああああああああああっ!!!」
初手でヨジョウは右目を抑えてのたうち回った。
「オードブルは『修羅の訃霞』。お味はいかがでしたか?」
『心優しき料理人』から『厨房の悪鬼』に変わった友広がにいっ、と笑う。
正体は辛味系調味料の精髄を煮詰め、相手の眼球目掛け容赦なく爪楊枝で振り飛ばす、『調味料の魔術師』友広ならではの目つぶしである。
絶技をいきなり披露したということは、強敵と認めた証ではあろうが、それにしても酷い。
「そうだな、何も失わずに得られる手柄首なんか、あるわけもなかった……」
痛む目には触れないようにして、ヨジョウが立ち上がる。
「目が覚めたところ申し訳ないですが、スープはいかがです」
ヨジョウの頭の周りを、澄んだ水の玉が覆う。そう、ただの『クリエイトピュリファイウォーター』の術だ。
「ごはっ、がっ、ぐはあっ!!」
ヨジョウは水精などの血を引いていない。友広の浄水作成の術もこう使うと、七王子を窒息で殺すに足る。
パチンッ!
友広が指を弾くと、ヨジョウの周りの水が消えた。
「うぇっ、げほっげほっ……! 手加減なんぞするな、殺るならきっちり殺れ!」
「そう言って雑な一撃を引き出そうとしても無駄ですよ。詠唱抜きでディスペル・マジックを掛けて魔法を解くのと、僕に斬りつけるのを同時にやるくらい出来るんでしょう?」
「同時は無理だ、買いかぶりすぎだ」
慎重に間合いと狙い所を計り、ヨジョウは仕込み杖の抜き付けの一閃を浴びせる。友広がよく手入れした鉈で受ける。
友広はむやみに剣に鉈を打ち合わせてこない・鍔迫り合いめいたものをしない。何と言うか、『映え』を考える気がない。
気がつけば当たり前のように斬られれば死ぬ、手足が落ちるところに鉈が迫っている。
「お坊ちゃん、俺は枝打ちされる木じゃありませんよ!」
「僕も貴方の注文通りに斬られる巻藁じゃありません」
もう百度以上斬撃を浴びせただろうか。
ヨジョウから見て、こんなにも「ああ、命を賭けて死合ってるんだ」と思わせる敵はなかなかいない。
しかし、勝ちまで行くのは、これでは無理だ。
「友広くん? さっきのワンダラーの人の食事、もう終わっ……」
ヨジョウは、一世一代の下手くそな芝居に賭けた。
「粥だけじゃ足りねえなあ! お土産貰って適当な場所で食うかぁ!」
いかにも安手の三下外道魔族と言った表情を作り、友広の仲間の真由子に襲いかかる。ヨジョウの背に友広が斬撃を浴びせる。ヨジョウが振り返らずに自分の身体ごと友広の心の臓を貫く。
「忠告……しておきます……卑劣な手は仕方ありませんが、無茶は……やめなさい……」
ゆっくりと……ゆっくりと友広は倒れた。
「何でまだ相手を気遣えるんだ……畜生……何で俺はこれほどの戦士相手にこんな手を使ったんだ?!」
頭を抱えてうずくまるヨジョウに、状況をだいたい理解した真由子が涙ながらに鉈を拾い上げて振り下ろす。頭への直撃は避けたが、肩から深く斬られた。
「お怒りごもっともだ。おいあんた、その人の死体は何とか氷漬けにしてくれ」
「な、何で貴方が命令するんですか……!」
「反魂丹……手に入れてくる。外道の魔族を信じるか信じないかはあんたら次第だ、さぁどうする」
16世紀後半のある日・尾張・稲富邸。
「稲富一夢殿はご在宅か!」
十万石以上の格式を持つ大名の身なりが似合わない荒武者に、祐直は無礼にも背を向けたまま銃弾を浴びせた。かわされた。
「桑名様(本多忠勝)! そこから左足を動かされぬよう。埋み火を仕掛けてございます」
「はったりだな。尾張の片隅でメソメソとべそをかく、へっぴり腰の屁垂れ武者が笑わせるでないわ」
「俺はあんたと立花(宗茂)様が忠興・主計頭様(加藤清正)の次に嫌いなんだ。手加減する理由がどこにもねえから、ナメてかかるならどうなっても知らねえぞ」
「ぽちっとな」
祐直がリモコンのボタンを押す。実際には、埋み火を警戒して動きが止まった一瞬に、点火済みの焙烙玉を投げつけた格好である。祐直謹製の、詰められる限り火薬と金属片を詰めた危うい代物だ。
東国無双は、巨大な爆炎に包まれた。
「げほっ、げほっ……流石に少し効いたぞ」
「殺す気で作ったものなんだけどな……ああ、この傷は戦傷にノーカウントでいいぜ、東国無双」
「マッドサイエンティストの花火の実験に巻き込まれたとでも言っときな」
「へっぴり腰の屁垂れ武者に火薬で吹き飛ばされたなんて恥ずかしくて言えないだろぉ?」
家康の砲術指南に就いた時から受けた嘲りをまとめて返す、会心の笑みで祐直は言う。
「それで桑名様、今日はどのようなご用件で?」
即座に居住まいを正し、祐直が頭を下げる。
「尾張に死に損ないの珍獣がいると聞いてな、笑いに来てやったのだ」
「お主は腸の腐れた屁垂れ武者だが、戦歴は永くてワシの知らん軍談を色々知っておる。聞かせろ」
「お代は?」
「蜻蛉切の写しでど」
「いらねえよ馬鹿。塩まいてやるから失せろ」
祐直は国友筒の銃身に岩塩の弾丸を込めた。
「結局、何がしたかったんだ?」
本当に忠勝の知らない昔話を聞きたかっただけとは、祐直には思いも寄らない。
「『魔戦鎧甲の腕輪』だ、こいつと引き換えに反魂香を一個譲ってくれ」
静かの森に一番近い街の冒険者ギルド支所。ヨジョウと正体を隠したグラシエラ姫は、そこの会議室で会っていた。
「気に入りませんわね」
眉をひそめるグラシエラを見ても、ヨジョウはどんな特大地雷を踏んだのかさっぱりわからない。
「何がだ?」
「『どうせ大怪我はしないから鎧は使わない』と言うその発想です。武は桑名様に遠く及ばないでしょうに……」
いくら対極の存在でどこをどうやってもわかり合えない間柄とは言え、権現様の砲術顧問をしていた頃、わざわざ射撃場に来てまでネチネチと嫌味を言いに来たのは忠勝だけだ。しかも、その理由が「祐直が乱心しないか監視する」で砲術に興味は微塵もないと来ている。わかりあえるはずがない。
「わかりました、腕輪はいりません。その代わり、私と立ち合いなさい。その後で貴方の剣をお代としていただきます」
「え? 剣は値打ちもんではあるが、反魂丹が買えるほどじゃないが……」
「私がその値でいいと言っているのですから、それでいいのです。さあ、ここの市長殿に死合場所の人払いをお願いしに行きますよ」
グラシエラはヨジョウを引きずって会議室を後にした。
結果は、初手二丁ミニガンでグラシエラがヨジョウを散々に追い回して圧勝した。
「お約束の反魂丹と、『しこみづえ』です。これで物足りなくなったら、もう少しだけいい杖を買いなさい」
ヨジョウが受け取ったのは、『慟哭の谷』でダークエルフの高尾太夫が佩いていたのを、脅し取って剣の刃を杖に入れたものだ。魔族には合うだろう。
「天に愛されたものを真似ようとしてはいけません。防刃・防弾ベストを鬱陶しがってはいけません」
よくわからない忠告まで添えられた。
「反魂丹、確かに用意したぞ……!」
走りに走って大汗を流したまま、友広の葬儀の席でヨジョウはどん、と薬研を置いた。
「これを持っていきなさい」
友広はヨジョウに炒り米と干し肉と乾燥野菜の袋を渡した。
「国士の剣を身に着けたら、また来る」
「お腹が空いた時に来ても構いませんよ」
ヨジョウは友広に深々と頭を下げ、よろよろと歩き出した。
特になし




