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彼のために無関心になりました

ヘキ詰め込んだだけの計画性のないお話。

オチないので雰囲気だけ楽しんでください。

タイトルはテキトーに考えたので深く考えないでいただけると幸いです。


 振り上がる手。怒号。打たれた頬の熱さ。


(痛い)


 じんじんと後を引く熱い痛みよりもなお、重く深く軋むような胸の痛みが強く主張する。


「なんだその顔は」


 呆然とする私を見て、憎たらしげに“彼”は言う。


「お前が悪いんだ。打たれて当然だろう」


 またひとつ、軋む。

 いっそのこと、そのまま破れてくれればいいとさえ思った。


「……申し訳ございませんでした」


 本当は別のことを言おうとした。しかしそれは、胸中に燻る諦観が止めた。言っても仕方の無いことだと。


「ほう、認めるとは珍しい」


 片眉を上げて、訝しげに放たれる言葉。

 そう、そうだ。もう、意味などない。何を言っても無駄。諦めた方が良いことだと、急に冷え込んだ脳内はいやに理性的に働いて思考を進める。


(私が求めるものを、この人はくれない)

(この人が求めているものを、私は与えてあげられない)


 どうして早くに気付けなかったのだろう。

 私は、どうしてこうも愚かだったのだろう。


(今からでも遅くはない)

(早く────離れてさしあげないと)


 不機嫌そうにその場を立ち去っていく後ろ姿を見送って、私はただ考えを巡らせた。






 私は侯爵家の娘だ。あの人も侯爵家だけれど、立ち位置的には向こうが格上。

 幼い頃に決められた、政略結婚の相手として婚約中の身である。


(嫌われてるのよね、取り返しのつかない程に)


 恋に盲目的になっていた私は、彼に好かれようと様々なことをしたが全て裏目に出てしまった。必要以上に付き纏ったのである。

 結果、彼に完全に嫌われた。タチの悪いことに、それに気付かず長い時を同じようにして過ごした。

 しかしあの日、打たれた際に私は正気に返ったのだ。もう何もかも手遅れなことにも気が付いた。本当に今更である。

 結婚式はもう目前だ。1週間後、私たちは正式に夫婦になってしまう。


(婚約破棄も、結婚後の離縁もできない)


 それならばと、考えを更に深める。


(好きの反対は無関心と聞く。彼の嫌がる“好意”さえ向けなければ、きっと迷惑にならないだろう)


 そう、私がこれから気を付けるべきはその1点。

 もう────私の持つ“好意”を伝えないことだ。






 結婚式は無事に終えられた。

 ちゃんと式の流れに沿って、形だけのものでありながら誓いも指輪の交換も、恙無く行えた。

 問題はこの後、初夜である。


(たぶん来ないよね)


 肌寒いネグリジェに着替えさせられたあと、寝室でぼんやりとしていた。


(来たとしても、抱かないんじゃないかしら)


 よくある恋愛小説で見た「お前を愛するつもりはない」っていう、ベタなセリフを吐かれそうでキツい。


(本でも読もうかな。来ても来なくても、結果は見えてるし)


 そう思って本棚に近付いた時だった。

 コンコン、とノックの音がした。


(案外早かったわね)


「どうぞ」


 本を選びつつ返事をする。お気に入りの旅行記を見つけて引き出したタイミングで、部屋に彼が入ってきた。


「……何をしている?」

「本を読もうかと」

「お前、今夜が何か分かってないのか?」

「承知しております。緊張を紛らわせようと思い、本を読もうとしておりました」

「……そうは見えないが」


 じゃあどう見えるというのか。

 馬鹿正直にそんなことは聞かない。

 私から彼に声をかけることなど、一生しないと決めたのだから。


(こういう言い方をするということは……義務は果たしてくれるようね)


 本を棚に戻してからベッドに歩いていく。

 縁に腰を下ろして、彼を見上げた。


「なんだその目は」

「申し訳ございません」

「謝れと言ったのではない。……何か言いたいことでもあるのか?」

「いいえ、何も」


 じっと見ていたのが良くなかったらしい。

 私は目を逸らした。


「……本当に、何も無いのか」

「はい」

「…………」

「?」


 急に無言になったのが気になり視線を戻す。

 彼は不思議な表情をしていた。いつもの不機嫌な顔でもなく、憎たらしげな顔でもない。


(言いたいことがあるけど言えない、そんな顔だ)


 人に言う前に自分はどうなのかと問いたくなってしまった。

 言いたいことがあるのなら、先に言えばいいのに。いつだって無遠慮に言葉を放っていたのは彼の方なのに。


(変なの)







 本日一番の難関も、無事に終わった。

 思っていたよりも彼は優しかった。事の最中ずっと無言だったけれど、無体を働くようなことはなかった。

 とても静かな初夜だった。私たちらしくて、ある意味良かったのかもしれない。





 侯爵夫人としての生活が始まった。

 幼い頃から決められていたということもあり、女主人としての務めは早い頃から学んでマスターしている。

 仕事と割り切ってしまえば、彼と接する時間も苦には感じない。

 それに、務めに精を出すのは思いのほか楽しかった。


「茶葉、茶器の準備はこれで良しと……お菓子は当日クッキーとタルトを用意して……うん、レシピも大丈夫そうね」


 2週間後に控えた、女主人になって初のお茶会の準備は順調だ。

 当日起きそうなトラブルも想定して、執事や侍女長が案を出してくれた。とても頼りになる。


「奥様、休憩されては」

「味見も兼ねて、当日提供するお茶とお菓子をご用意しました」

「ありがとう。頂くわ」


 侍女たちが用意してくれたお茶を飲む。

 うん、美味しい。優しい味がする。


「奥様、旦那様がお見えです」


 穏やかなティータイムを楽しむ私を邪魔するように、夫の来訪を告げられた。


「……お通ししてちょうだい」


 渋々とした自分の声に内心苦笑いをする。

 彼から来てくれることなんて滅多に無いのに、昔のように素直に喜べない自分がなんだか滑稽だった。


「準備はどうだ」

「滞りなく進んでおります」

「そうか。……その茶と菓子は?」


 テーブルにあるティーセットを見つけて彼は問う。


「当日提供するものです。味見をしています」

「……俺も確認しよう。同じものを用意してくれ」


 命じられた侍女はすぐに用意をした。私の席の向かい側に、同じようにセットする。


「珍しい色の茶葉だな。どこから仕入れた?」

「遠国出身の学友が教えてくれたのです。故郷で親しまれているものだと」

「学友?」

「はい。王立学園で同じクラスだった留学生です」

「……男ではないだろうな」

「女性ですよ。私に殿方の友人はおりません」


 淡々と受け答えをしながら違和感を覚える。


(どうして浮気を疑う夫のようなセリフを言うのだろう)


「…………」

「…………」


 夫からの質問が無くなったので、そこからはただ黙々とお茶を飲んだりお菓子を食べたりする。

 茶器の立てる音、ささやかな咀嚼音。会話の無い部屋ではよく響く。


「茶会が上手くいったら、褒美をやる。何がいい?」


 静寂を破って投げかけられた問いに、私は首を傾げた。


「女主人として当たり前の仕事です。褒美は不要かと」

「……俺が良いと言っている。何か欲しいものを言え」


 欲しいものと言われても。


(何も思いつかないわ)


 しかし一度断わってもなお強要するということは、これは最早褒美という名の命令なのだろう。

 何でもいいから答えなくてはならない。


「考えさせてください。何も思いつきませんので」


 本当に何も思いつかない。当たり障りない適当なものを考えて、無難に済ませてしまおう。


「お前、変わったな」

「そうですか」

「何も言わなくなった」

「そうでしょうか」

「……言いたいことは無いのか」

「ございません」


 言ったところで鬱陶しがられるだけだというのに。嫌がられると分かっていて意見するなど、あまりに馬鹿馬鹿しくてできない。


「まさか、離縁したいのか?」


 お菓子に伸ばしていた手が止まる。


「この結婚は両家の意向で昔から決められている。離縁は不可能だ。残念だったな」

「…………承知しております」


 残念だと思っているのは自分のくせに。

 私みたいなのと結婚させられて一番嫌がっているのは、自分のくせに。


(なんだか可哀想だわ、この人)


 悲しさや怒りを通り越して、哀れみの感情が浮かび上がる。


(わざわざ自分で自分を苦しませるようなこと、言わなくてもいいだろうに)






 簡易的かつお粗末な夫婦のティータイムは、夫の退席により終了した。

 部屋から出る前に物言いたげな視線を投げかけられたが、気付かないふりをした。

 言いたいことがあれば言える立場なのだから、私から問う必要は無い。






 2週間後に行われたお茶会は無事成功した。

 招待客の反応も上々で、女主人としての務めを果たせて満足のいく結果となった。


「褒美は考えたか」

「はい。本を賜りたく思います」

「……本、だと?」

「いけませんでしたか」

「いや、そうではないが」


 珍しくたじろいで、どんな本かと聞いてくる。


「“茶葉名鑑”という本です。今回のお茶会を通して興味が湧きましたので、勉強の一環で読んでみたいと思いました」

「……そう、か」


 苦々しい顔をしている。やはり、何を言っても嫌がられるのだなと思った。

 しかし、男の人はプライドの高い生き物だと聞く。ここで「無理しなくてもいいですよ」なんて言ってしまえば激昂されるかもしれない。

 辟易しながらもこれが一番無難な答えだと自分を納得させて、夫の反応を注視する。


「……本一冊だけでは足りないかもしれない。もうひとつ、褒美を考えろ」


 思わず素で「は?」と言いそうになった。

 何を言っているのだろうこのひとは。


「恐れながら“茶葉名鑑”は一般書籍に比べて高価な本です。充分こと足りるかと思いますが」

「……俺が足りないと言うのだから、従え」


 なんだその言い分は。

 まるで子どものようだと思った。


「…………それでしたら、来月参加する夜会のドレスをお願いします」


 呆れるあまり、頼むつもりのなかったものを口にした。

 ドレスや宝石の類は、本よりもはるかに高価だ。これならきっと納得するはず。

 しかし、経緯はどうあれ女から男にドレスを強請る構図である。それがとても嫌だった。


「ドレスだな、分かった。宝石も用意しよう」


 どんな嫌味が飛んでくるのかと身構えていたら、あっさりと了承した上、頼んでもいない付属品を勝手に付け足された。

 宝石は別にいいと私が言う前に、さっさと立ち去っていった。


(……どうしたのかしら)


 心配になってきた。変なものでも食べたのだろうか。







 夫のおかしな行動はその後も続いた。

 まばらだった食事の同席は朝昼夜すべて毎回になった。

 仕事の合間、休憩という名のお茶会を頻繁にするようになった。


(本当にどうしちゃったのかしら)


 首を傾げつつ、現状を享受した。

 拒否権など元から無いから、従うほか無いのである。







 強請る羽目になった(くだん)のドレスと宝石を身に付けて、夜会に臨んだ。

 場所は夫の友人である伯爵家の屋敷だ。会場入りして早々主催者自ら挨拶しに来たので、後は挨拶回りをするか、食事を楽しむか、ダンスをするか……もしくは、その辺りを適当に散策するかのいずれかになる。

 夫はどうするのだろうと、隣に立つ彼を見上げた。


「どうした」

「この後は如何なさいますか」

「お前はどうしたい」

「あなたに従います」

「……そうか」


 会場を見渡して、何かを認めた彼は私をエスコートしてある場所に向かった。


「ここのデザートは評判が良い。好きに食べるといい」

「はい、ありがとうございます」


 連れてこられた場所には、たくさんのデザートが並んでいた。

 さすが伯爵家。凄腕のパティシエでも雇っているのだろうか。羨ましい。


(私もこれだけのものが作れたらな)


 結婚する前までは、実家のシェフたちに頼み込んで厨房を借りてお菓子作りに励んでいたものだ。


(もう、する理由もなくなっちゃったけど)


 並べられたデザートを見るとなぜだか心が踊る。


(お菓子を見るのは、楽しいから好き)


 一番近くにあるものを手に取る。赤い果実が乗った、小さなカスタードタルトだ。

 フォークを突き立て切り取り、口へと運ぶ。甘くて美味しい。


「気に入ったか」

「はい、美味しいです」


 すぐ隣から夫の声が聞こえて、そういえば居たんだったと我に返りながら返事をする。


「……その菓子の名前はなんだ」

「タルトです」

「その隣のは」

「マカロンです」

「あっちの黒いのは」

「ザッハトルテです」


 律儀に答えながら不思議に思う。


(お菓子に興味無さそうなのに)


「……もう、……は、……のか」

「?」


 ボソリと、小さく呟くように言われたそれは聞き取れなかった。

 聞き直そうか悩んで、辞めた。

 いつだってハキハキと物を言うこの人が、聞き取れないようなことを意図せず言うとは思えない。

 ここはこのまま聞き流そう。そう思い、もう一度タルトをひと口食べた。うん、美味しい。






 夜会も無事終わり、帰路に着く。

 ガタゴト揺れる馬車の中、遠い星空を眺めていれば一筋の流星が見えた。

 その時、なんとなく願ってしまった。


(夫が幸せになれますように)


 そんなことを願ったって、特に意味など無いのに。

 叶っても、私には何の得も無いのに。


(それでも)


 言い訳じみた想いを胸に抱く。


(大好きなこの人には、できるだけ幸せになって欲しい)


 ずっと、ずっと。

 政略結婚の相手だと紹介されたあの日から。


(大好きで、大切な人)


 どんなに嫌われても、傷付けられても。

 その想いだけは────変わらなかった。


(そもそも、嫌われたのも傷付けられたのも、私が悪かったのだから……自業自得ね)


 思わず小さく笑ってしまうと、夫はやや目を見開いて私をまじまじと見た。


「……どうした?」

「流れ星が見えたので、つい」

「流れ星……」


 夫は窓から空を見上げた。


「何か、願いでも掛けたのか」

「はい」

「何を願った」


(それは野暮というものですよ、あなた)


 心の中で本音を返しながら、建前を言う。


「願い事というものは秘しておくもの。人に言ってしまうと叶わなくなってしまいます」

「……俺が叶えてやる。だから安心して言うといい」


 何を言っているのだろうか、この人は。

 あまりのことに、しまっておいた“毒”が垂れ落ちる。


「言って叶えられるものであれば、そもそも星に願いません」

「……っ」


(ねぇ、どうして?)


 彼の傷付いた表情に、心が凍てつく。


(私ごときの願いなんて、死ぬほどどうでもいいはずよ)

(あなたがそんな顔する必要なんて、これっぽっちも無いの)


 私を顧みないあなたが、私のことで傷付くことなんて。

 あってはならないことだわ。


(男の人特有の、プライドというものかしら)


 私の願いを叶えることで、優越感に浸りたいのかもしれない。

 それなら、納得がいく。彼が怒り狂う前に、こちらから手を打ってしまおう。


「代わりに、別の願いを叶えていただけますか?」

「……! どんな願いだ?」

「旅行に行きたく思います」

「旅行?」

「はい。仕事の息抜きとして、観光地に行ってみたいのです」


 ここしばらく立て込んでいて忙しかったから、ちょうどいいはずだ。


「東北の山脈地域にある温泉街をご存知ですか? 湯治ブームで、近頃活気が出てきた街です。身体を労えますし、腕の良いマッサージ師もいると聞きます。お土産の種類も豊富でその中でも温泉卵なるものが滋養に良いと評判でして。それと」

「待て」

「はい」


 制止が入り、口を止める。


「お前、旅行が好きなのか」

「?」


 質問の意味がよく分からない。


「旅行記を読むのは楽しいので好きです」

「そうではなく……いや待て。そもそもお前、()()()()()()()()()()()()()


 なぜそんなことを聞くのか。


「一度もございません。旅行に行くのは大人の特権であり、そんな時間があるなら勉強をするようにと言われて育ちましたので」


 旅行というものは、大人になってからするものだと教えられた。

 旅行へ出かけていく両親を見送って、ひたすら嫁入りのための勉強に励んでいた。


(大人になって、結婚もした)

(もう旅行に行っても良いはずだわ)


「お願い、叶えていただけますか?」


 叶えてやると言ったのだから、叶えてくれるはずだ。

 この人は私の想いに応えてはくれないけれど、自分の言った言葉にはきちんと責任を持つ。

 傷付けられたプライドも修復できるし、今更却下するとは思えない。

 そう思って彼を見つめたら、ひとつ違和感を感じた。


(顔色が悪いような……?)


「……分かった。旅行に行こう」


 おもむろに顔を手で覆い、何やら意気消沈した様子でそんなことを言う。


「旅行に()()()? もしかして一緒に来てくださるのですか?」

「……新婚旅行もまだだったからな。ちょうどいい」


 驚いた。まさか、一緒に来てくれるとは思わなかった。

 ひとりで行けとでも言われるかと思ったのに。


「ありがとうございます、あなた」

「……うん」


 いつもだったらぶっきらぼうに「ああ」と言うのに、珍しく子どもの頃のようなあどけない返事をされた。

 今の夫は明らかに弱っていた。顔色も良くないし、もしかしたら具合が悪いのかもしれない。


「随分とお疲れのようです。今日は早く寝ましょう」

「うん……」


(大丈夫かしら、この人)


 不安を覚えながら、早く屋敷に着くことを願った。

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