疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達
オペレーターの憂鬱
私は綺麗な声をしている。
昔から「いい声ね」と言われていた。声優というよりも、ナレーションに向いている声だ。
どうやら私の声には、人を落ち着かせる作用があるらしい。
小学生の時、教室で喧嘩を始めた女子がいたので、みんなで止めたことがある。
「やめなよ」
私がそう発した途端、言い合いをしていた二人がピタリと静かになった。
そして急に「ごめん、言い過ぎた」「私もごめん」と謝り合ったのだ。
それ以降も、両親が夫婦喧嘩を始めた時にも私が「ちょっと……」と呟くと怒号がやんだり、近所の犬が、きゃんきゃん吠える時も「おとなしくね」と語りかけると、吠えるのをやめたことがある。
だから、大人になったら、この声を生かせる職業に就こうと思っていた。
♭♭♭
――プルルー プルルー プルルー
電話が鳴る。
私はヘッドホンを装着し直し、応答ボタンを押す。
『お電話ありがとうございます。はなまるコーポレーション、お客様相談係、高橋がお受けいたします』
そう、私はコールセンターに勤務している。
お客様相談係という名のクレーム対応係だ。
上司から直々に「君には、お客様相談係で力を発揮してもらいたい」と言われた。
私の声が怒り狂った客の気持ちを落ち着かせると、よんだのだろう。
入社から二十年。
私は毎日毎日、客のクレームを聞いている。
――スキンケアクリーム、全然、効果ないじゃない!
友人から『なんか老けたね』って言われたわよ!
お詫びにスキンケアクリーム、一年分よこしなさい
よ!
「そうでしたか。申し訳ございません」
――お詫びに一年分のスキンケアクリームよこせって、
それ気に入ってるってことじゃん。
――おい! 筋力トレーニングベルト使ってるのに、腹
周りの贅肉が、全然落ちないぞ!
ジムを辞めてベルトを買ったのに、効果がないって
どういうことだ!
ジムの入会金と先払いした年会費返せ!
「そうでしたか。申し訳ございません」
――ジムの方が効率的だろうが。筋力トレーニングベル
トは、そんなすぐに効果でねーよ。
毒づきながら、一つ一つクレームを解決していく。
「はい。はい」「おっしゃる通りです」「まぁ、そのようなことが!」
と適当に話を聞いているうちに、相手も落ち着いてきて「ま、あなたに言っても仕方ないわね」と言って電話は切れる。
♭♭♭
この日も普段通りクレーム対応をしていた。
今日のクレーム内容は、二週間前にテレビで紹介された〈つるりん紅茶〉だった。
便秘解消を促す紅茶だ。
ご愛飲のお客様インタビューも流れた。
『十日も出ないなんてことがあったのに、つるりん紅茶のお陰で便秘が治りました』
だの
『いきまず自然なお通じがあるので、今までの苦しみが嘘みたい!』
だのと言っていた。
全部飲んでも効果なければ返金可! というのもこの商品の売りだった。
――つるりん紅茶のせいで、便秘解消どころか下痢が止
まらなくなってるのよ!
どういうことよ! 病院に行かなきゃいけないじゃ
ない! 医療費請求するわよ!
「申し訳ございません。お客様の体質によっては、効果が出すぎる場合が……」
――整腸剤、買って飲みやがれ。
お客の体が繊細な造りだと褒め、つるりん紅茶が効きすぎて申し訳なかったと、繰り返し謝るうちに相手もトーンダウンし、「とりあえず、様子見るわよ!」と電話は切れた。
♭♭♭
ヘッドホンを外す。
今日もフロアのあちこちで電話が鳴っている。
みんなモニターに向かってぺこぺこしたり、半泣きの顔になっている人も、言葉を失っている人もいる。
なんで、この仕事してるんだっけな? と時々思う。
――プルルー プルルー プルルー
電話が鳴った。
『お電話ありがとうございます。はなまるコーポレーション、お客様相談係、高橋がお受けいたします』
自分の声を聞いて、はっとする。
私はこの綺麗な声が武器なのだ。だから、それを携えて今日もクレームという敵と戦うのだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




