第六話
コアトルの件も含め、ベイハムの事を王都へと報告した。すぐさま俺に出頭命令が下された。まあ、腐っても奴は貴族。良くて国外追放か、悪くて投獄か。どちらにせよ魔物を使役したのは奴だ。村人の証言もあるし、処刑される事はないだろう。たぶん。
「アルフェルド……」
身支度を整えている俺の元へとレイドがやってきた。杖で体を支えながらやっと立っている状態。あれだけの魔法に身を晒したのだ、命があるだけ奇跡という奴だろう。実際、レイドの体中の骨は骨折かヒビが入っていた。ヨランダが応急処置でくっつけたが……治癒が専門でないのもあって、まだ完全回復は遠そうだ。
「どうした、レイド。見送りか?」
「……お前、これでいいのか。王都に戻ったら、もう戻ってこれないんじゃないか?」
「かもな。まあ、懇意にしてる貴族連中もいる。殺される事はまずない」
レイドは渋い顔をしながら、杖をつきつつ俺に近づいてくる。なんだ、最後に俺に熱い抱擁でもしてくれるのだろうか。
「アルフェルド……俺は、イリーナが好きだ」
「……だから、それを俺を言ってどうする」
「イリーナは渡さない。今後何があっても、誰一人イリーナを他の男に指一本触れさせない」
まるで決意表明するかのように……いや、今更だな。そしてその決意表明を俺にしてどうする。もうこのツッコミも何度目になるか分からない。
「あのなレイド……」
「今に見ていろ、イリーナはこれから世界一……いや、人類史の中で一番幸せにしてみせる」
「レイド、その言い回しは少し古いが俺は好きだぞ、そういうの」
コツン、と拳と拳を合わせ、挨拶を済ませた。
さて……ヨランダの首根っこを掴んで……王都に帰るか。
※
村長にも挨拶した後、村のご婦人達から食料や酒、ついでに熱い抱擁を頂いた。ここ一年間で一番の報酬を今日頂けるとは。
「元気でねぇ……お手紙書いてね?」
「ええ、落ち着いたら。では私はそろそろ……これ以上ご婦人達を拘束していると男共に殺されそうだ」
冗談交じりに別れを告げ、俺はヨランダと共に村を出た。
たった一年だったが、それなりに楽しめた。貴重な体験も出来たし、ご婦人にも抱きしめられて俺の心は満たされている……。
「……アルフェルド、逃げないのか? 王都に帰ったら……」
「逃げても同じ事だ。どうせお前みたいな変態が追ってくる。そんな生活はごめんだ」
何もない村が、もう懐かしい。
願わくば……イリーナとレイドが幸せになれますように……。
※
アルフェルドさんへ。
お元気ですか? 僕は元気です。
王都へお手紙を書くのは初めてなので、少し緊張しています。
アルフェルドさんが居なくなった村は、なんだか寂しく感じます。でもレイド兄は僕よりもっと寂しそうで、この前も寂しすぎて家畜に抱き着きながらアルフェルドさんの名前を呼んでいました。ごめんなさい、嘘です。でも寂しそうなのは本当です。
レイド兄とイリーナさんの結婚式は、つつがなく終わりました。二人とも幸せそうで、イリーナさんは渡された花束を投げ捨てるという暴挙に出ましたが、なんとか僕がキャッチしました。あとからおばさんたちに怒られてましたが、そういう風習がるとヨランダさんから教えられたようで……。
では、お返事は必ず返してください。王都のかっこいい栞とか同封してくれると嬉しいです。
アルフェルドさんへ。
お返事は必ず返すようにお母さんから習いませんでしたか?
でも僕は心が広いので許してあげます。なので近況報告です。アルフェルドさんがこの村を去って、早三年。僕は少し背が伸びました。イリーナさんのお腹の中には子供も居て、村では皆でいつまでもお祝いムードです。
そういえば、魔物ってなんなんですかね。最近、この村の周りを魔物が徘徊しているそうです。羽の生えた蛇だと、村の人が言っていました。
なんだかすごく不安です。何かあったらアルフェルドさんが助けてくださいね。
では、今度は必ずお返事返してください。
アルフェルドさんへ。
私の書く手紙は読んで頂けたでしょうか。もう私も十六歳になってしまいました。
アルフェルドさんは私の事、男の子だと思い込んでましたが、実は私は女の子です。今更ですが。
以前の手紙に書いた羽の生えた蛇の事ですが、特に害もないので放置しています。今ではすっかりこの村の守り神のようになってしまいました。毎日お供え物を持っていくのが私の日課になっています。
ところで、アルフェルドさんはお元気なんですか?
返事が無いのは元気な証拠だと、おばさんは言っていましたが、やっぱり私は返事が欲しいです。
お願いなので何でもいいので返事ください。
かしこ
王都直属騎士団様へ
突然のお手紙をお許し下さい。私はアイゼン村のエルと申します。そちらの騎士団にアルフェルドという騎士が居ると思いますが、彼は生きていますか? どうか教えて頂きたく存じます。よろしくお願いします。
王都直属騎士団様へ
お返事ありがとうございます。アルフェルドとヨランダ、双方が処刑されたとお手紙を頂きましたが、私は信じる事が出来ません。どうか、真実を教えてください。二人は……
王都直属騎士団様へ
ご丁寧なお返事、ありがとうございます。アルフェルドとヨランダ、双方が処刑された旨、ようやく受け止める事が出来ました。二人は私達の村を救ってくれた騎士です、英雄であり、決して貴族殺しの罪人などではありません。私は真実を知っています。その真実をこれから広めます。その事をご了承ください。
そして二人は死ぬまで互いに戦わされたとの事ですが、あの二人なら……きっと喜んでいたでしょう。最後は互いの心臓を貫いたという、羨ましいくらいの信頼関係。私はあの二人の騎士道を、これから世界中に広めます。
どうかお許し下さい。
『……ヨランダ、生きてるか』
『虫の息さね……』
『……逃げるぞ』
※
随分昔から、私の夢の中に羽の生えた蛇が出てきていた。まるで餌を求めるかのように、私に望みを言えと訴えてくる。私に叶えたい望みは……これまで無かった。アルフェルドさんからの返事は欲しかったけど、それを魔物の力で叶えるのはなんか違うし。
でもようやく……自分の望みを言える時が来た。
私の望みは……二人の無実を広める事。むしろ英雄だったんだと、人々に知らしめる事。
イリーナさんも同じような夢をみたらしい。そこでレイド兄の幸せを願ったそうだ。
望みはその通りになった。
『対価ヲ。コレマデの望みの、対価ヲ』
望みを持ってきたのに。
そうか、これが魔物か。私の望みは叶えてくれないのか。
まあ、いいか……アルフェルドさんが居ないなら、もう私は……生きる意味も無い。
大口を開けて迫ってくる蛇へと、私はその身を捧げるように……
「あーあーあー、ほら、アルフェルドがレイド君ボッコボコにしてるから」
「呆けてる奴の目を覚まさせてやったんだ。今度こそ完全に殺すぞ」
完