第四話
コアトルが復活している。奴は太古に存在していた魔物。下手に手を出す事は出来ない。王族護衛隊を全員連れてきて、更に宮廷魔術師の一団が居てやっと封印出来る程……と聞いた事がある。まあ、かなり昔の話だが。
俺はエルを村に隠し、ヨランダと共に村人の後を追う。ヨランダの足に掴まって空を駆ければすぐだった。どうやら村人達は、この先の祭壇へと向かっているらしい。
「ヨランダ、コアトルを封印出来るか」
「無理無理。氷漬けになら出来るけども……したところで……」
簡単に破られるかもしれない。コアトルは太古の魔物だ。俺達よりも魔法に精通している。ヨランダの作り出した氷など、すぐに砕かれるかもしれない。それならば……首を落とすしかない。だが出来るか? 相手は伝説級の怪物だ。
ヨランダの足から手を離し、岩陰へと潜む。村人を先導しているのは……やはりあいつか。俺がぶん殴った貴族、ベイハム。父親の権力の影で生きる男。気に喰わない奴は、その権力に物を言わせて嬲るような、最低最悪な奴。まだヨランダが可愛く思えてくる。
「失礼な事思ってないかぃ?」
「黙ってろ……。様子を見るぞ。コアトルが村人を襲うようなそぶりをしたら……飛び込むぞ」
気配を消しながら、進み続ける村人達を追う。よく見ればレイドも居た。だがイリーナは……何処だ?
……居た。ベイハムの隣に。しかし……首輪をはめられている。そこから伸びる鎖を、ベイハムが握っている。
「あの野郎……」
「ナニナニ、どういう状況? あの子、気にいられたのかな?」
「……何?」
「ベイハムぼっちゃまは、現在……婚約相手を探している最中だったのだ。私も申し込まれたが、すぐに撤回された」
まあ、お前の性格の一端でも知られればな。見た目よりも中身が重要だと、お前に騙された男は口を揃えて言うし。俺もその中の一人だ。
そのまましばらく村人達は進み続ける。しかし何というか……生気を感じない。数十人の村人達の目に生気が宿っていない。まさか……魔法で意識を乗っ取られている? 精神汚染の魔法まで使えるのか、コアトルは。
「このあたりかなぁ。ささ、コアトル様ぁ、皆の意識を戻してやってくだいまし!」
するとベイハムの言う通り、コアトルは魔法を解除したようだ。村人達は我を取り戻し、辺りを見渡して現状を理解しようとしていた。そしてその中で……一人、明かな殺気を放つ人物が。
「……イリーナ! 何故……貴様ぁ! 何をしている!」
レイドだ。イリーナの首輪を見て激高している。当たり前だが。
「……出るか?」
「まて、様子を見る」
レイドはコアトルの魔法によって動きを封じられてしまったようだった。地面に倒れ込み、そのまま起き上がれない。
「イリーナぁぁぁぁ!」
「ふひょひょひょ! そのまま這いつくばっていろ。イリーナちゃんは、僕と結婚するんだからぁ」
絵に書いたようなアホ貴族だな……。今すぐ首を飛ばしたい。
コアトルか……。見上げる程にデカいが、あれに勝てるだろうか。ただの蛇なら問題ないが、魔法を駆使してくる。魔法すら封じてしまえば……なんてことは無いのだが。
「んー……! んー!」
イリーナには猿轡か。徹底してるな。
そのまま首輪に繋がれた鎖を引き、ベイハムはイリーナを近くの岩へと座らせる。そして村長を指名すると、神父役になれ、と言い始めた。
村長はわけが分からない……と言った様子。
「おい、ヨランダ。コアトルの魔法は封じれるか?」
「一瞬だけなら……」
「十分だ。俺が合図したらやってくれ」
ベイハムは村長へとコアトルの姿を見せつけた。あんなものを見せられれば誰でも怯える。そして平服するしかない。
「ふひょひょひょ、逆らえば、コアトル様のご飯になるだけひょー!」
「……な……わ、我々が一体何をしたと!」
「ふひょひょひょ、恨むなら、アルフェルドという騎士を恨め。奴が諸悪の根源ひょー!」
あの野郎……もう決めた、確実に……
「……アルフェルド?」
その時、レイドが魔法で抑えつけられてるにも拘らず、少しずつ体を起こし始めた。馬鹿っ、無理に起きるな……体がバラバラになるぞ……!
「……お前、アルフェルドに……何か恨みでもあるのか」
「ふひょひょひょ、良くぞ聞いた! あいつはぁ……酷い奴なんだ! 僕が声をかけて、頑張って家に連れ込もうとした女の子を……奪っていったんだ! 僕を殴って!」
……オルレアン家のご令嬢が攫われた時だ。自分のやったことが理解出来ているのか? オルレアン家は王家直属の護衛騎士を輩出してる名家だ。そんな所の娘を攫えばどうなるかくらいわかるだろう。俺に殴られたくらいで済んだんだ。逆に感謝してほしいくらいだったが……間違っていたのは俺の方だったようだ。あの時に斬っていれば……。
その時、レイドが笑みを浮かべ始めた。そのまま、魔法で抑えつけられながら、少しずつベイハムへと一歩、また一歩と近づいていく。
「な、なんだお前は……! コアトル様ぁ!」
更に魔法が上乗せされたようだ。レイドの体が深く沈む。だが倒れはしない。その背中は笑っていた。この程度か、と。
「……おい、お前、イリーナを離せ」
「な、なんなんだ、貴様ぁ! くるな、くるなぁ!」
「……アルフェルドを侮辱するなら……俺は許さん。イリーナを貴様にくれてやるくらいなら、道連れにしてやる」
「お、おま……お前に何が分かる! アルフェルドは僕を殴ったんだぁ!」
「……だからどうした。俺は……貴様を斬るぞ」
一歩、一歩と近づいていくレイド。イリーナは泣きながらレイドに動くなと訴えるように。もう魔法で抑えつけられて……全身の骨が歪んでいるのが分かる。しかしそれでも、レイドは進む事をやめない。
「……おい、まだ行かないのか?」
「待て。もう少し……」
レイド……お前、凄い奴だな。普通なら潰れている筈なのに。好きな女の為に、そこまでするのか。いや、好きな女だからか。
「ふひょっ……ふひょっひょひょ……! コアトル様ぁ! もっと、もっとしっかり抑えつけてくださせえ!」
するとレイドの足元の地面が抉れる程、レイドの周りだけ空間が歪む。
「不味い……時空間魔法だ。ミンチになるぞ」
「……まだだ」
レイドは諦めていない。その腰にある剣へと手を掛けている。
「潰れろぉ! 潰れろぉ! くふ、くふふ……さてはお前、イリーナちゃんの事が好きなんだな? 残念だったひょ! イリーナちゃんは僕と結婚するんだひょ! さあ、イリーナちゃん……猿轡を取って……僕と誓いのキッスを……」
「イリーナぁぁぁ! 鎖を張れぇ!」
その時、レイドが叫んだ。言われた通りにイリーナは大きく仰け反り、ベイハムが握ったままの鎖を張った。その瞬間、レイドの長剣が鎖を断ち切った。魔法で抑えつけられているのにも関わらず、見事な太刀筋で。
どこが体がデカいだけの臆病者だ。
「……逃げろ……イリーナ……」
「ふひょ……馬鹿め! 逃げれるわけないだろ! コアトル様ぁ! 全員を抑えつけて……」
「ヨランダ!」
思わず叫んでしまった。レイドに当てられたのかもしれない。
俺が叫んだ瞬間、ヨランダは魔法の氷で山一つを一瞬で包み込んだ。その瞬間だけ、この場所は世界と切り離された。
まるで凍り付いたように時間が止まる。動けるのはヨランダと俺だけ。
「ふひょ! んな……あ、アルフェルド!? そこに居たかぁ! コアトル様! そいつです、そいつがアルフェルド! 僕を殴った奴です!」
剣を納め、ベイハムを睨みつける。
そのまま一歩ずつ、レイドのようにゆっくり近づいていく。
「ふひょ! 無駄だひょアルフェルド! お前も……潰してやる! コアトル様! コアトル様! ……コアトル様?」
ようやく気付いたのか、ベイハムは言葉を失った。コアトルには既に頭は無い。
「んな……なっ……え? なんで?」
「レイド、お前の騎士道、見せてもらった。汚れ仕事は任せろ」
「ちょ、おい、おま……ヨランダ! ヨランダ! 居るんだろう! こいつを斬れ!」
ピョコっと岩陰から顔を出すヨランダ。しかし手をヒラヒラさせながら
「あー……ちょっと今は無理ぃ。魔力切れですぅ」
「なんで?!」
一歩、また一歩と近づいていく。
ベイハムも下がり続けるが、もう後ろは崖だ。退路など最初から無い。
「ま、まて、アルフェルド……また、また俺を殴る気かぁ!?」
「……そんなわけあるか」
ベイハムの口元を掴み、握りつぶしながら、その心臓に剣を突き上げる。
剣先が心臓に達したのを確認し、さらに刺し上げる。
「地獄で待っていろ。もう一度お前を殺しに行く」
そのまま剣を引き抜き、そのまま崖へと投げすてた。
死体が確実に崖下の、奥深くへと落ちるのを確認する。
「……アルフェルド……お前……」
村人達が俺へ畏怖を込めた視線を。
そりゃそうだ。平和な村で、人が刺殺される事など見た事もない人達ばかりだ。目の前でこんな物を見せられれば……誰でもこうなる。
その中で、レイドは他の村人に肩を借りながら、俺の目の前へと。そのまま拳を俺の胸に突き立ててくる。
「……また、獲物を取られた……俺が斬ってやりたかったのに」
その一言で村人達の空気が変わった。
自分達は助かったのだと、安堵する声が。
しかし、コアトルの死体だけ……いつのまにか煙のように消えていた。